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8,畑と希望と、次の現場

 畑を蘇らせたあの日から、俺の心はすでにあの日見た崖崩れの現場へと向かっていた。


(ウズウズするな……。早くあの大規模な『現場』に取り掛かりたい)


 (たかぶ)る気持ちを、俺はぐっと抑え込んだ。


 やるべきことは、順番通りにだ。


 再生したばかりの畑は、生まれたての赤子と同じ。 水やり、雑草取り、害虫対策と、収穫までの数ヶ月は片時も目が離せない。村の限られた労働力は、まずこの未来への希望が詰まった畑に注ぎ込むのが最優先だ。


 ここで下手に大規模な街道工事を始めて共倒れになっては、元も子もない。


 だから、俺はこの「待ち」の時間を、次なる大事業のための徹底的な「準備期間」に充てることにした。


 俺の新しい日課は、こうだ。


 午前中は、村人たちと共に畑仕事に汗を流す。


「そこ、少し土が乾いてるな。水を撒いておこう」

「こっちの雑草は根が深い。この角度でクワを入れれば、楽に抜けるぞ」


 スキルで土の状態を把握し、最適な作業方法を、俺は自ら手本を見せながら伝えていった。


 そして午後になると、若者の中で特にガッツのあるガスたち数人を連れて、崖崩れの現場へと「調査」に向かった。


「うおっ、ケンさん、足元危ねえ!」

「大丈夫だ。ここの岩盤は安定している。俺が先に登って、ロープを垂らす」


 俺はスキルで安全なルートを確保しながら、巨大な崖の崩落断面を睨む。脳内には、地層の構造、亀裂の走り方、岩盤の強度などが、青いワイヤーフレームで精密に描き出されていく。


「ガス、あの木に目印をつけてくれないか。そこが第一発破点になる予定だ」


 俺が即席で作った測量具を使い、若者たちは目を輝かせながら技術を学んでいく。彼らは、俺が率いる未来の「建設チーム」の第一期生だった。


 夜は、ドルゴさんの工房に入り浸った。


「ドルゴさん、これを見てくれ」


 俺が広げた羊皮紙には、岩を砕くための新型の削岩機や、巨大な岩を動かすためのウインチの設計図が描かれている。


「ふん、こんな複雑なもん、見たこともねえ。歯車とテコの応用か……。だが……面白い!」


 ドルゴさんの職人の魂に、再び新しい火が灯っていた。


 そんな、未来への準備と、地道な農作業を続けること、数週間――。


 その報せは、村を揺るがす歓声となってやってきた。


「出た! 芽が出てるーっ!」


 子供の叫び声に、村中の人々が畑へとなだれ込む。

 そこには、信じられない光景が広がっていた。

 俺たちが耕した畝に沿って、無数の、小さな、しかし力強い緑の芽が、一斉に顔を出していたのだ。


「おお……」

「生きてる……俺たちの畑が、本当に生きてるぞ……!」


 村人たちは、その小さな生命の息吹を前に、ただただ涙を流していた。


「ケンさんっ!」


 喜びで弾けるような声と共に、リーリエが俺の元へ駆け寄ってきた。

 

 嬉しさで足がもつれたのか、彼女の体がぐらりと傾く。


 俺はとっさに腕を伸ばして、その華奢な体を支えた。


「わっ……!」


 俺の腕の中に、リーリエの体がすっぽりと収まる。 ふわりと、花のようないい匂いが鼻をかすめた。

 俺の胸に顔をうずめる形になったリーリエが、ゆっくりと顔を上げる。その距離、数十センチ。潤んだ大きな瞳が、真正面から俺を捉える。


 彼女の顔が、喜びの表情から、一瞬で茹でダコみたいに真っ赤に染まっていく。


「きゃっ!? ご、ごめんなさいっ! わ、私、その、嬉しくて……!」


 リーリエはバッと体を離すと、両手で顔を覆ってしまった。


(どうしよう……顔が熱い……ケンさんの腕、大きくて、硬くて……)


 そんな彼女の心の声など知る由もない俺は、ただ照れくさそうに頭を掻いた。


「お、おう。まあ、それだけ嬉しいってことだろ。よかったな」


 黄金の季節がやってきた。

 畑は見渡す限りの金色の海となり、野菜は見たこともないほど大きく実った。


 収穫作業は、もはや「快進撃」という言葉そのものだった。


 ドルゴさんが新たに開発した、魔法の力を少しだけ応用した新型の鎌は、面白いように麦の穂を刈り取っていく。収穫量は、村の歴史を遥かに塗り替える、圧倒的なものとなった。


 その夜の収穫祭は、村が始まって以来の大騒ぎになった。


 何年かぶりに焼かれたパンの香ばしい匂いが、村中に広がる。


「うめえ……うめえよぉ……!」


 年老いた村人が、涙を流しながらパンを頬張っていた。


 宴の中心で、村人たちから次々に感謝され、俺の周りには大きな人だかりができた。


 みんなが一緒に頑張ってくれた結果なのに、ちょっと申し訳ない。


 宴の喧騒から少し離れて、月明かりが照らす丘の上にやってきた俺の元に、いつの間にかリーリエが立っていた。


「ケンさん、本当にありがとうございました」


 彼女は、収穫だけじゃない、村に笑顔が戻ったこと全てに感謝してくれているようだった。


「これからも……こうして、ケンさんと一緒に、この村を守っていけたら……」

 

 月明かりに照らされた彼女の横顔を見ながら、俺も「ああ、そうだな」と、素直にそう思った。


 数日後。俺の元に、リーリエと、ドルゴ、そしてガスが集まった。


 彼らの顔にはもう、俺に何かを頼むような色はない。同じ未来を見据える、仲間の顔だ。


 ガスが、崖崩れの現場を親指で指し示す。


「ケンさん。次は、あれだろ?」


 ドルゴも、腕を組んで憎まれ口を叩く。


「ふん。あれくらいの崖、お前の設計と、俺の道具があれば、赤子の手をひねるようなもんだろう」


 そして、リーリエが、村全体の想いを背負って、俺の目を真っ直ぐに見て言った。


「お願いします、ケンさん。この村が、本当に立ち直るために。外の世界と繋がる道を、私たちにください」


 その真っ直ぐな瞳に、俺は力強く頷き返した。


「ああ、任せろ」


 俺は、信頼してくれる仲間たちの顔を見回し、ニヤリと笑う。


「この世で一番安全で、頑丈な道を造ってやる。――さて、次の『現場』の仕事始めだ」


ここまで読んでくださりありがとうございます!!!

村の復興はこれからも進んでいきます。

続きが気になる!と思ってくださった方はぜひ、ブックマークや⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎を、お願いします!!!

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