6,魔物の撃退
森を震わせる雄叫びは、恐怖の合図であると同時に、戦いの始まりを告げるゴングだった。
暗い森の茂みがガサガサと大きく揺れ、一匹、また一匹と、忌まわしい緑色の影が姿を現す。
手には粗末な棍棒や、錆びた刃こぼれのナイフ。涎を垂らし、血走った目で、一直線にこちらへ向かってくる。ゴブリンの群れだ。
「ひっ……!」
土塁の上に立つ村人の誰かが、息を呑んだ。
数年前の惨劇が、悪夢のように蘇る。あの時も、こうして奴らは畑を蹂躙し、仲間を喰らった。
恐怖が伝染し、全体の士気が下がりかける。
その空気を、俺の怒声が切り裂いた。
「慌てるな! 計画通りだ! 奴らが堀に落ちるまで、絶対に手を出すなよ!」
俺の声に、若者たちはハッと我に返る。
そうだ、俺たちにはケンさんがいる。ケンさんの作った、この『城』がある。
彼らはゴクリと唾を飲むと、手にした武器を強く握りしめた。
ゴブリンの群れは、一直線に、俺たちがわざと開けておいた正面の侵入口へと殺到する。
奴らの頭には、最短距離で獲物にありつくことしか無いらしい。
先頭を走るゴブリンが、罠の始まりとも知らず、全速力で駆けてくる。そして――
「ギャッ!?」
突然、その足元の地面が消えた。
勢いを殺しきれず、ゴブリンは悲鳴を上げながら、深さ2メートルの空堀の底へと転がり落ちていく。
後ろから来た仲間も、次々とその穴に吸い込まれていった。
堀の中は、あっという間にパニック状態のゴブリンで埋め尽くされる。
「今だ! やれっ!」
俺の号令が飛ぶ。
それを合図に、土塁の上から一斉に反撃が始まった。
「うおおおっ!」
村で一番の大男・ガスが、抱えていた頭ほどの大きさの岩を、堀の底へ向かって投げ落とす。鈍い音と共に、ゴブリンが潰れた。
他の男たちも、ドルゴが打った新品の槍を手に、土塁の上から安全に、堀の底でうごめくゴブリンを次々と突き刺していく。
「(よし、第一陣は計画通り……!)」
俺が戦況を分析していた、その時だった。
「炎よ、敵を討て――“火球)”!」
凛とした声が響いたかと思うと、彼女の手の先から、バスケットボールほどの火の玉が撃ち出された。
火の玉は放物線を描いて堀を飛び越え、後続のゴブリンの集団のど真ん中で炸裂。
数匹のゴブリンが、火だるまになって断末魔の叫びを上げた。
「(は……? 火の玉だと……?)」
松明じゃない。火薬でもない。明らかに、それは人の手から放たれた魔法だった。
混乱する俺をよそに、今度は別の場所で声が上がる。
「“一閃”ッ!」
堀を飛び越えようと、壁をよじ登ってきたゴブリンがいた。その前に立ちはだかったのは、まだ若い剣士だ。彼の持つロングソードが淡い光を放ったかと思うと、ゴブリンの胴体は一瞬で二つに分かたれていた。
「(剣が、光った……?)」
なんだ、これは。
槍や斧を振るう戦士たち。火の玉を放つ魔法使い。光る剣で敵を斬る剣士。
目の前の光景は、俺が知っている「現実」とは明らかに異なっていた。
そうだ、忘れていた。ここは、そういう世界だった。
俺は異世界にいるんだ。
だが、不思議と心は冷静だった。
なぜなら、魔法やスキルが飛び交うその戦場で、最も多くのゴブリンを足止めし、無力化し、戦況を支 配しているのは――間違いなく、俺が設計したこの『堀』と『壁』だったからだ。
どんな強力な魔法も、どんな鋭い剣技も、この圧倒的な地形効果の前では限定的にしか機能しない。
「(そうか……。この世界では、俺の土木技術も、魔法やスキルと同じ、一つの『力』になるんだな)」
確かな手応えが、腹の底から湧き上がってくる。
戦いは、すでに一方的だった。
俺の作った要塞に閉じ込められ、上からは岩と槍の雨、さらには魔法や剣技まで飛んでくる。ゴブリンたちに、なす術はなかった。
やがて、生き残った数匹が、恐怖に駆られて森の奥へと逃げ帰っていく。
「……勝った」
誰かが、ぽつりと呟いた。
それを皮切りに、地鳴りのような雄叫びが、土塁の上から巻き起こった。
「うおおおおおおおっ!!」
「やったぞ! 俺たち、勝ったんだ!」
村人たちは、抱き合って勝利を喜び合った。
数年前の惨劇を、自分たちの手で乗り越えたのだ。死傷者は、ゼロ。
彼らは、自分たちが築いた土の壁と堀を、そして、その中心に立つ俺を、畏敬と信頼の眼差しで見つめていた。
俺は、煙の立ち上る戦場を見下ろし、満足げに息を吐いた。
さて、これで心置きなく、畑仕事に取り掛かれる。
最高の『現場』は、整った。
畑がまもなく完成する。
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