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5,魔物の襲撃に備えて

 ドルゴの工房から、希望の槌音が響き渡るようになって数日。

 村には、安堵とは正反対の、じっとりとした嫌な空気が漂い始めていた。


「おい、昨日の夜、森の方が光ったのを見たか……?」

「ああ……気味の悪い、緑色の光だったな」

「また、あれが来るんじゃ……」


 井戸端に集う村人たちの会話は、いつしか魔物の噂に終始するようになった。


 森の近くまで姿を見せていた鹿や兎は、ぱったりと姿を消した。風向きによっては、獣の生臭い匂いが、ふと鼻をかすめることがある。


 それらはすべて、数年前に村を襲った「あの大惨事」の前に起きたことと、まったく同じ前兆だった。


 村は、静かなパニックに陥っていた。


 陽が落ちると、人々は戸口に粗末な閂をかけ、息を潜めるように家に閉じこもる。子供たちの笑い声は消え、誰もが怯えた目で森の方角を窺っていた。


 村長の娘であるリーリエは、気丈に村人たちを励まして回っているが、その笑顔の下に隠された不安と疲労の色は、俺の目には明らかだった。


「(このままじゃ、本格的な工事を始める前に、村人たちの心が折れるな)」


 俺はポケットの工具を握りしめると、一人、また一人と村人の家を訪ねて回ることにした。


「じいさん、その家の柱、だいぶ傾いてるな。俺が見てやるよ」

「な、なにを……」

「いいから、いいから」


 俺はスキル【構造解析】で、老夫婦の家の構造的な欠陥を瞬時に見抜く。


「なるほど、土台の石が半分沈んでるのか。ここにこうやって、太い木を噛ませてやれば、とりあえずは大丈夫だ。少なくとも、魔物が壁にぶつかったくらいじゃびくともしねえよ」


 俺が手早く補強作業を終えると、老夫婦は何度も何度も頭を下げた。


「そこのお嬢ちゃん、椅子が壊れて困ってるのか?」

「うん……お父さんが作ってくれたのに……」


 メソメソと泣く少女の前にしゃがみこみ、俺はガタガタになった椅子の脚を手早く修理してやる。ついでに、余った木切れで、手のひらサイズの小さな馬を彫って渡した。


 少女の顔に、久しぶりに笑顔が戻った。


 俺は魔法使いじゃない。できるのは、こんな地道なことだけだ。


 だが、壊れたものを「直し」、弱い部分を「補強する」という俺の行動は、口先だけの「大丈夫」よりも、遥かに具体的な安心感を村人たちにもたらしているようだった。


「ケンさんがいれば、何とかなるかもしれない」


 そんな小さな希望の光が、恐怖に覆われた村に、少しずつ灯り始めていた。


 ドルゴさんの工房は、すっかり様変わりしていた。

 炉には真っ赤な炎が燃え盛り、


 カン! カン!


 と、リズミカルな槌の音が響いている。

 熱気と、鉄の匂い。

 ここには今、確かな『生命』が満ち溢れていた。


 俺とドルゴの間に、長々とした会話はない。

 俺が設計図を渡せば、ドルゴはそれを一瞥して、短く「おう」と頷くだけ。

 それで全てが伝わる。

 最高の道具を作るためだけの、プロ同士の連携だ。


 数日後、ピカピカのクワとシャベルが、ついに完成した。

 ずらりと並んだそれらは、納屋にあったガラクタとはまるで別物。

 手に取ると、ずしりとした重みがありながら、驚くほどバランスがいい。

 まるで自分の腕の延長みたいに、しっくりと馴染んだ。


「……できたぞ」


 ドルゴが、ぶっきらぼうに言う。

 その顔には、失われていた職人のプライドがはっきりと戻っていた。

 俺はニヤリと笑うと、完成したシャベルを一本担ぎ、工房の外で待っていたリーリエに向き直った。


「道具は揃った。次は、安心して畑仕事ができる『現場』を作るぞ」



 

 俺は村の若者を中心に、男たちを十人ほど集めて、あの呪われた畑へと向かった。

 畑の入り口に近づくにつれ、みんなの口数が減っていく。

 まあ、無理もない。仲間が殺されたトラウマの土地だ。

 足がすくむのも当然だろう。


 俺は朽ちた柵の前で立ち止まると、振り返って宣言した。


「いいか、よく聞け。これから俺たちは、魔物と戦うための『城』をここに造る!」

「し、城!?」


 若者の一人が、素っ頓狂な声を上げた。


 俺はニヤリと笑うと、地面にざっくりと絵を描きながら説明を始めた。


「魔物ってのは、頭は悪い。いつだって一番楽なルートで突っ込んでくる。つまり、狙いはこの正面と、あっちの獣道、川沿いの三つだけだ」


 俺が指さした場所は、確かに草が他より踏み固められている。


「だから、その三つをガッチリ固めて、奴らをたった一つの場所に誘い込む! そうすりゃ、俺たちの楽勝だ!」


 俺が示したプランは、こうだ。


「まず、畑の周りにデカい『堀』を掘る!」

「次に、その土で堀の内側に『壁』を作る!」

「最後に、わざと一か所だけ通り道を残して、そこを『トラップだらけの歓迎会場』にしてやる!」


 それは、正面から殴り合うのではなく、相手をハメて一方的に叩くためのプラン。

 絶望的な戦力差を、知恵と工夫でひっくり返す。

 恐怖に強張っていた若者たちの顔に、「それなら、勝てるかも」という光が灯った。


 そして、作業開始。

 ドルゴが打った新品のシャベルが、ザクリ、と大地に突き刺さる。


「うおっ、なんだこれ!?」


 シャベルを使った男が、驚きの声を上げた。


「すげえ! 土が豆腐みてえに柔らかいぞ!」

「こっちのクワもだ! 全然疲れねえ!」


 あちこちから上がる歓声。

 最高の道具が、彼らの肉体的な負担だけでなく、精神的な壁までぶち壊していく。

 昨日までのつらいだけの労働が、今日はまるで祭りのように活気に満ちていた。


 俺は現場監督として、常に声を張り上げた。


「そこの堀! 角度が甘いぞ、もっとだ!」

「壁の土、しっかり踏み固めろ! サボると雨で流されるからな、それでもいいのか!」


 俺自身も泥まみれになりながら、現場を走り回る。

 ああ、懐かしい。これこそが、俺の戦場だ。


 数日後。

 俺たちの目の前には、見違えるような光景が広がっていた。

 畑の周囲を、深くえぐられた空堀と、堅牢な土の壁がぐるりと囲んでいる。

 もはや、ただの畑ではない。難攻不落の、小さな要塞だ。


「すげえ……俺たちが、これを……」


 若者の一人が、自分たちの仕事の成果を前に、呆然と呟いた。

 その顔は、泥だらけだが、誇りと自信に満ち溢れている。


 だが、その時だった。

 ふいに、森のざわめきがピタリと止んだ。

 気味の悪い静寂。


 やがて、森の奥深くから、地を這うような低い雄叫びが響き渡った。

 グルルルル……!

 一つじゃない。何十という魔物の声が、空気を震わせる。

 奴ら、自分たちの縄張りが荒らされたことに気づいたんだ。


 俺は土塁の上から、暗く染まった森を睨みつけた。

 口の端が、自然と吊り上がる。


「……来たな」


 俺は、集まった全員に聞こえるように言った。


「道具を構えろ。歓迎パーティーの始まりだ」

そろそろ魔法を描きたい、、、。

せっかくのファンタジーだし、、、。

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