31,調査
工房での、あの奇妙な会議から一夜。
俺は、自分の立てた仮説を検証するため、行動を開始した。
リーリエや村人たちに、直接「村長」の話をしても、答えは返ってこない。彼ら自身が、渦中にいるのだから。
俺がやるべきことは、ただ一つ。
誰にも歪められていない、動かぬ「事実」を探し出すことだ。
まず向かった先は、村の集会所の片隅にある、リーリエの小さな執務室兼、資料室だ。
扉をノックすると、「はい、どうぞ」という、澄んだ声が聞こえた。
「――リーリエ、今、少し時間いいか?」
「ケンさん! もちろんです。何か、問題でもありましたか?」
俺の顔を見るなり、彼女は心配そうに立ち上がった。昨日の会議で、俺が少し考え込んでいるように見えたのを、気にしてくれていたのだろう。
「いや、問題じゃない。相談だ」
俺は、彼女を安心させるように、穏やかに言った。
「昨日の会議で、皆が村の未来について、色々考えてくれているのが分かって、嬉しかった。だが、もっと良い計画を立てるためには、この村の『過去』を、俺が、もっと知る必要があると思ったんだ」
「村の、過去……ですか?」
「ああ。過去の人口の移り変わりや、災害の記録、収穫量のデータ……。そういう客観的な事実が、未来の計画を立てる上での、最高の道標になる。だから、この資料室にある古い記録を、少し見させてもらえないだろうか」
俺のもっともらしい口実に、リーリエは、一瞬、きょとんとした顔をした。
そして、次の瞬間、その表情は、ぱあっと、花が咲くような、満面の笑みに変わった。
「……もちろんです! ケンさんが、この村のために、そこまで考えてくださっているなんて……嬉しいです」
彼女の声は、心からの喜びに弾んでいた。
「私では、まだ、日々のことで精一杯で……。ケンさんがいてくれて、本当に、心強いです」
彼女は、そう言うと、壁に掛かっていた、一本の古い鍵を、ためらうことなく手に取った。
「ここにある記録は、すべて、自由にご覧になってください。何か、私に手伝えることがあったら、いつでも声をかけてくださいね」
リーリエは、その鍵を、俺の手に、そっと乗せた。
彼女の小さな指先が、俺の手に触れる。その、かすかな温もりに、俺の胸の奥が、少しだけ、ちくりと痛んだ。
(……悪いな、リーリエ。本当の目的は、別にあるんだ)
彼女の、一点の曇りもない信頼が、今は、少しだけ重い。
俺は、そんな罪悪感を胸にしまい込み、彼女に力強く頷いてみせた。
「ああ、ありがとう。助かるよ」
俺は、その鍵を握りしめ、資料室の奥へと、足を踏み入れた。
この村の、そして、彼女の、閉ざされた過去の扉を開けるために。
ひんやりとした、埃っぽい空気。
そこには、この村がまだ「城塞鉱山都市」として栄えていた頃からの、膨大な記録が、静かに眠っていた。
俺は、まず「村長が何か問題を起こした」という仮説を検証するため、過去の議事録や処罰記録を調べ始めた。
だが、そこに村長が罪を犯したような記述は一切見つからない。
むしろ、彼の判断がいかに的確で、村人たちから深く敬愛されていたかを示す記録ばかりが、そこにはあった。
(……これじゃ、話が逆だ。嫌われるどころか、誰よりも慕われている)
次に、俺は村の戸籍が記された、分厚い革の台帳を手に取った。
村長の家族構成の欄に、リーリエの名前を見つける。
そして、俺は、その名前の横に、小さく、しかしはっきりと記された二つの文字に、息を呑んだ。
「養女」と。
記録によれば、彼女は、十数年前の冬、森で倒れていたところを、村長自身が発見し、引き取ったという。
血の繋がりはない。だが、記録の端々から、村長が、リーリエを実の娘のように愛していたことが伝わってきた。
俺は、最後に、診療記録の棚へと手を伸ばした。
村の歴代の薬師が記した、治療の記録だ。
村長のページを、一枚、一枚、めくっていく。
数年前までは、たまの風邪程度の、ごくありふれた記録しかない。
だが、あるページを境に、その内容は一変していた。
「原因不明の消耗病」
そう記されたのを皮切りに、記録は、日に日に、彼の生命力が失われていく様子を、克明に綴っていた。
「治癒魔法への反応、鈍化」
「意識混濁の兆候あり」
「もはや、薬での治療は困難」
そして、その絶望的な記述は、ある日を境に、ぷっつりと、途絶えていた。
死亡したという記録も、村を去ったという記録も、どこにもない。
まるで、そのページだけが、物語の途中で、誰かに無理やり引きちぎられたかのように。
俺は、静かに、台帳を閉じた。
全てのピースが、揃った。
(そういうことか……)
謎は、解けた。
あまりにも、悲しい形で。
(村長は、重い病に倒れた。そして、彼を父と慕うリーリエや、村人たちは、その事実を受け入れるのが、あまりに辛い。だから、誰もが、その話題に触れない。……村全体で、優しい『嘘』をついているんだ)
俺は、一つの結論にたどり着いた。
これが、あの奇妙な反応の、全ての答えなのだろう。
だが。
(……本当に、それだけか……?)
俺の心の隅で、技術者としての冷静な部分が、警鐘を鳴らしていた。
(あの、あまりに完璧で、不自然な反応。あれは、ただの『気遣い』や『優しさ』で、説明がつくものなのか……?)
俺は、まだ、この村の謎の、本当の深淵に、気づいてはいなかった。
少しずつ、地道に。
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