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追放されたおっさん、ハズレスキル【構造解析】で崩壊寸前の貧乏村を開拓する〜俺を捨てた勇者たちが今更泣きついてきても、もう遅い〜  作者: あもる
リーリエ編

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30,村長

 クラウスとの最初の交易で得た資金の使い道を話し合うため、俺は、リーリエ、ドルゴ、ボルガ、そしてガスを工房に集めていた。


 村の未来を左右する、初めての「予算会議」だ。


 テーブルの上には、クラウスが置いていった、ずしりと重い革袋。皆の顔には、これからの計画への活気と希望が満ちている。


「まずは、老朽化している、ドルゴの工房の炉を修繕すべきだ。あれがなければ、俺たちの武器も、農具も、生まれない」


 ボルガが、そう口火を切る。


「たしかにな。若者たちのための、森での活動に適した防具を揃えなければならん」


 ドルゴは、そう言って、隣に座るガスに視線を送った。


 活発な議論が交わされる。


 ああ、いい光景だ。皆が、村の未来を、自分のこととして考えている。

 

 様々な議題が挙がる中、俺は、ごく自然な流れで、一つの議題を切り出した。

 リーリエと共有した、あの秘密。彼女との間に生まれた信頼関係を元に、慎重に言葉を選ぶ。


「この資金は、村の共有財産だ。一度、正式に村長にご報告すべきじゃないか?」


 その瞬間、だった。


 それまで活発だった会議の空気が、ほんの一瞬、奇妙に、静まり返ったように感じた。

 いや、静まり返ったのとは、少し違う。


 まるで、俺が発した「村長」という言葉だけが、誰の耳にも届かずに、空気の中にすっと消えてしまったような、奇妙な感覚。


「……そうですね、ケンさん!」


 リーリエは、穏やかに微笑んだまま、滑らかに言葉を続けた。


「このお金で、まずは新しい農具を揃えましょうか!そのためにはまず、ドルゴの工房の、炉の修繕が必要ですね」


 彼女は、俺の言葉の「村長」という部分だけが、まるで聞こえなかったかのように、ごく自然に、別の話題へと話を繋げたのだ。


(……気のせいか?)


 俺は、違和感を覚え、今度はドルゴに話を振ってみる。


「ドルゴ、どう思う? 村長もお喜びになるだろう」

「……ふん。そうだな、俺の工房の修繕が先だ。鉄を打てなけりゃ、何も始まらん」


 ドルゴもまた、村長という言葉を、完全に無視した。ボルガも、ガスも、同様の反応を示す。


 彼らは、話を逸らしているのでも、口裏を合わせているのでもない。


 まるで、俺が発した「村長」という単語そのものが、彼らの耳に届く前に、霧散してしまっているかのようだった。




 ◇




 会議の後、俺は、自分の抱いた疑念を検証するため、村の中を歩いていた。


(皆が、申し合わせたように、村長の話を避けた。何か、村長は、よほど村人たちに嫌われるようなことでもしたのか? それとも、話題にすることすら、はばかられるような、悲しい出来事でも……?)


 俺は、まず、薬草を栽培している温室へと向かった。

 そこには、腰を曲げながらも、熱心に薬草の手入れをしているハンナ老婆の姿があった。


「ケンさんじゃないか。どうしたんじゃ」

「いや、少しな。……こいつは、見事に育ったな。さすがだ、ハンナさん」


 俺は、彼女が育てている「癒やし草」を指さして、自然な会話を装う。

 そして、本題を切り出した。


「これだけ見事な薬草があれば、村長の療養にも、きっと役立つだろうな」


 勝手に病気を患っていることにしてしまって申し訳ないが、違ったら指摘してくるだろう。

 通常なら、だが。


「まあ、ケンさんにそう言ってもらえると、婆さんも嬉しいよ」


 ハンナさんは、しわくちゃの顔で、にこりと笑った。

 そして、何事もなかったかのように、言葉を続ける。


「それより、見ておくれ。こっちの月見草も、立派な芽を出したんじゃ。これも、あんたのおかげさね」


(……ダメだ。ハンナさんも、同じ反応だ。俺の言葉が、半分だけ、届いていない)


 俺は、彼女に礼を言うと、温室を後にした。

 次に向かったのは、中央広場。そこでは、炊き出し班のサラが、昼食の準備で大忙しだった。


「よう、ケンさん! 味見していくかい?」

「ああ、頼む。いつも美味いな、サラさんのスープは。ありがとう」


 俺は、木の器を受け取ると、彼女に尋ねた。


「ふと思ったんだが、村長は、どんな食べ物が好きなんだ? 今度、何か特別なものを作ってやれないかと思ってな」


「あら、嬉しいこと言ってくれるね!」


 サラは、大きなしゃもじを持ったまま、快活に笑った。


「うちの亭主は、この猪肉のスープに目がないのさ。男たちは、みんな肉が大好きだからね! さあ、おかわりも持っていきな!」


 その反応は、ハンナさんと、寸分違わぬものだった。


 悲しんでいるわけでも、怒っているわけでも、話を逸らそうとしているわけでもない。

 ただ、俺の言葉の一部が、綺麗に、抜け落ちている。


(……間違いない。これは、ただのタブーじゃない。村全体にかけられた、何かだ)


 俺は、スープの温かさとは裏腹に、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。




 ◇




 その夜。俺は、一人、工房で思考を巡らせていた。

 手帳を開き、自分の思考を整理していく。


 まず、俺の頭に浮かんだのは、単純な可能性だった。


 村長が、何か村人たちに恨まれるようなことをしたのか。あるいは、口にするのも辛いような、悲劇的な事故にでも遭ったのか。


(だから、村人たちは、無意識のうちに、その辛い記憶を呼び起こす『村長』という言葉を、避けている……?)


 まずは、その線で調査を始めることにしよう。


 俺は愛用のメモ帳を開くと、調査に向けて思考の整理を始めることにした。

やっと、伏線をひとつ回収できそう。


もしよろしければ、ブックマークとお星さまをお願いします。

いつも執筆の励みにさせていただいております。

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