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29/33

28,取引

 ガスの出発から、2週間後。


 俺は、村の入り口で、歴史的な瞬間を待っていた。


 出発前に持たせた使い捨ての連絡用魔道具に反応があったのだ。


 隣には、リーリエと、ドルゴ、そしてボルガの姿がある。


 やがて、街道の向こうから、一台の荷馬車が、ゆっくりとこちらへ向かってくるのが見えた。


 先導しているのは、誇らしげに胸を張る、ガスだ。

 

 荷馬車の御者席には、見慣れない男の姿があった。


 年の頃は三十代、少しみすぼらしい格好だが、その目は、やけに鋭く、そして、好奇心に満ちているようだった。


 彼らの荷馬車が、俺たちが造った「夜明けの橋」に差し掛かった時、男は、あんぐりと口を開けて、天を仰いだ。


(あの橋を見て、驚いているのか。無理もない。あの光景は、この世界の誰にとっても、初めて見るもののはずだからな)


 村に到着した男――ガスから、クラウスという名前だと紹介された。


 彼が、この村にとって、何十年ぶりとなる、「最初の商人」だった。







「単刀直入に聞こう。この村、この橋……一体、どんな『魔法』を使ったんだ?」


 リーリエの家で行われた、正式な交渉の席。


 クラウスは、値踏みするような目で、俺をじっと見つめていた。


 どうやら、この村の奇跡的な復興の裏に、俺がいることまでは見抜いているらしい。


 俺は、穏やかに答える。


「魔法じゃない。俺のスキルは、戦闘には向かない、地味なものだ。【構造解析】と【最適化】、という」


 その言葉を聞いた瞬間、クラウスの、人の良さそうな商人の顔が、初めて驚愕に凍りついた。


 彼の纏う空気が、明らかに変わる。


「【構造解析】と、【最適化】、だと……?」


 彼は、ゴクリと唾を飲むと、信じられない、という顔で俺を見つめる。


「おい、あんた。いや、ケンといったか。王都から、妙な噂が流れてきてるんだ」


 クラウスは、声を潜めて語り始めた。


「少し前、勇者召喚があった。その時、一人だけ、戦闘に使えねえ地味なスキルを授かって、パーティーから追放された『無能なおっさん』がいた、ってな。その男のスキルが、確か……」


 クラウスがそこまで言った時、俺の隣に座っていたリーリエの肩が、びくりと、わずかにこわばったのが分かった。


 リーリエは、俺と目を合わせることなく、俯いている。


「おっさん」という言葉に、反応したんだ。俺がこの前、その件で騒いでしまったから。


「確か、あんたが今言ったのと同じ、つまらない生産系スキルだったはずだ。その男の名も、ケン。いや、ケンはあだ名で、本名はケンスケと言ったか。そして、この谷に捨てられた、と」


 完全に俺の名だ。

 噂のおっさんは俺でまず間違えはない。


 クラウスは、目の前の若々しい(ように見えるらしい)俺と、噂のおっさん像との、あまりのギャップに、混乱したように頭を掻いた。


「だが、妙だな。噂じゃ、四十近い中年のおっさんだって話だったが。人違いか? いや、しかし……」


 彼は、俺の顔と、外に見える橋とを、交互に見比べる。


 そして、何かに納得したように、深く、一度だけ頷いた。


 それまでの探るような目つきが、獲物を見つけた狩人のような、ギラギラとしたものに変わる。


 どうやら、俺が噂の男だと、彼なりの結論が出たらしい。


「なるほどな。噂なんざ、やはり、全くアテにならねえもんだ。尾ひれどころか、頭まで別の魚にすげ替えられてやがる」


「それに、スキルなんて使い手次第だからな!」


 クラウスは、そう言うと、ニヤリと笑った。


「よし、話が早くなった。ケンさん、あんたに、この俺が、最高の提案をしてやろう」


 クラウスは、革袋から羊皮紙とインクを取り出し、自信満々に言った。


「あんたたちの村の産品――野菜、薬草、そしてそこの爺さんが作る加工品、その全てを、今後三年間、俺が独占的に買い取ってやる。もちろん、対価は弾む。これだけの金があれば、あんたたちは、もう食うに困ることはない。どうだ、悪い話じゃ――」


「その話、お断りさせてもらう」


 俺は、彼の言葉を、きっぱりと遮った。


「なっ……!?」


 驚くクラウスを尻目に、俺は続ける。


「あんたの提案は、一見、俺たちに都合がいいように聞こえる。こんな貧相な村の商品を三年間も独占的に買い取ってくれるって言ってんだからな。だが、この村が貧相なのは、今この瞬間の話だけだ」


 俺の頭の中では、【最適化】スキルが、この取引が未来にもたらす結果を、瞬時にシミュレートしていた。


(……3年間の独占契約。これは罠だ。俺たちの村の生産力は、これから爆発的に上がる。三年後には、この野菜の価値は、今の十倍以上になっているかもしれない。この契約は、その未来の利益を、全てクラウスに渡すためのものだ)


 俺は、静かに、だがはっきりと告げた。


「この村は、毎日、成長している。三年後の価値を、今の俺たち自身ですら、正確にはじき出すことはできない。そんな状態で、未来の可能性を安売りするわけにはいかない」


「ぐっ……」


 クラウスが、言葉に詰まる。


 俺は、彼に向かって、逆に一つの提案をした。


「代わりに、別の取引をしよう。今回は『試験販売』だ。あんたが今、現金で買い取れるだけの最高品質の野菜と、ドルゴの打ったこのナイフを、一本だけ、破格の値段で売る。その代わり、契約はこれ一回きり」


 俺は、不敵な笑みを浮かべた。


「もし、あんたがこの『投資』で儲けを出せて、俺たちの村の将来性を本気で信じられるなら、その時、また次の取引の話をしに来てくれ。もちろん、その時は、今日の値段じゃ済まないがな」


 俺の言葉に、クラウスは、しばらくの間、あんぐりと口を開けていた。

 やがて、彼は、ぷっと噴き出すと、腹を抱えて大笑いした。


「はっはっは! こいつは驚いた! あんた、本当に、ただの技術者か? 王都にいる、どのふんぞり返った大商人より、よっぽどタチが悪いぜ!」


「俺は商人としては優れてないよ。ただ、技術者として、魂を込めた技術の結晶を安売りするのが許せなかっただけだ」


 クラウスは、涙を拭うと、俺に向かって、がしっと、力強く手を差し出した。


「気に入った! いいだろう、ケンさん。あんたの勝ちだ。その取引、乗ってやる!」


 こうして、俺たちの最初の取引は、互いの腹を探り合い、そして、互いの器量を認め合う形で、成立したのだった。


 村の広場では、初めて手に入れた「外貨」の入った革袋に、村人たちが歓声を上げていた。




 ◇




 その夜。


 歓迎の宴の席で、クラウスは、俺への投資のつもりなのか、勇者パーティーに関する、より詳細な情報を語って聞かせた。


「そういえば、あんたを追放したっていう、その勇者様ご一行、大変らしいですよ。なんでも、『ガームの迷宮』とかいう古代ダンジョンに挑んだはいいが、構造的な欠陥があったとかで、大規模な落盤事故に巻き込まれて、命からがら逃げ出したそうです。今は、身動きが取れず、近くの領主様と、今後の進路を巡って揉めてるとか」


(構造的欠陥……。専門家がいなかったのか? いや、それ以前の問題か。面白い)


 俺が、ほんの一瞬だけ、鋭い目を光らせたのを、隣に座るリーリエだけが見ていた。


 彼女は、何も言わなかったが、その瞳は、少しだけ、心配そうに揺れていた。

ようやく第二章がスタート!と言った感じですね。

勇者パーティー、ここで噂として登場。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎やブックマーク、感想などをいただけると幸いです。


これからも健介ケンのフルネームと愉快な仲間たちをよろしくお願いいたします!!!!!

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