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24,食い違う世界

ハッピーエンドは確約します。

 あれから、一睡もできなかった。


 工房の隅に置かれた水桶を、俺は夜が明けるまで、何度も覗き込んだ。


 そこに映るのは、見慣れない、しかし、記憶の奥底では知っているはずの、若々しい男の顔。

 見慣れたはずの、目尻の皺も、無精髭の跡も、どこにもない。


(一体、何がどうなってるんだ? 俺は、この村に来た時から、ずっとこの姿だったのか? なのに、なぜ俺は今まで気づかなかった……?)


 混乱する頭で、これまでの出来事を思い返す。


 ドルゴやボルガが、俺を「小僧」「若造」と呼んだこと。


 リーリエが、俺と歳がそう変わらないように見える、と言ったこと。

 全てのピースが、一つの恐ろしい答えを示していた。


 俺の精神と、この肉体は、ズレている。


(……いや、今は、俺個人の問題を考えている場合じゃない。橋だ。橋をどうするか、決めなければ)


 俺は、頬を強く叩いて、無理やり意識を切り替えた。

 自分の存在が何であれ、俺がこの村の技術的なリーダーであることに、変わりはないのだから。




 ◇




 工房には、通夜のような重い沈黙が満ちていた。


 俺が工房に入ると、リーリエとドルゴ、そしてガスが、一様に暗い顔で迎えた。


 その沈黙を破ったのは、ギィ、と重い音を立てて開いた、工房の扉だった。

 ボルガだ。

 彼の顔は、まるで石膏の仮面のように、一切の感情が抜け落ちていた。


 彼は、工房の隅に積まれた、失敗作の鉄くずの山を一瞥すると、冷たく、そして静かに告げた。


「この話は、終わりだ。俺は、ここを去る」


「ボルガさん!?」


 リーリエが、悲痛な声を上げる。


「ミスリルがない以上、俺の求める『完璧な橋』は造れない。妥協した醜物を、俺の名で世に出すつもりはない」


 その言葉は、このプロジェクトの、完全な死亡宣告だった。


「待ってくれ、ボルガさん」


 立ち去ろうとする彼の前に、俺は立ちはだかった。


「あんたの言う通りだ。今の俺たちじゃ、ミスリルは造れない。それは、俺たちの完全な敗北だ」


 俺は、一度、自分たちの失敗を認めた。


「だが、それは『終わり』じゃない」


 俺は、ボルガの目を、真っ直ぐに見据えた。


「今回は無理だった。だが、それは俺たちが手を抜いたからじゃない。俺たちの力が、まだ及ばなかっただけだ。だから、今ある最高の材料――あんたが自ら切り出した、あの完璧な石材で、今できる最高の橋を造ろう」


「……何だと?」


 ボルガの声に、明らかな侮蔑の色が混じる。


「そして、その橋を渡って村を豊かにしながら、時間をかけて、いつか必ずミスリルを創り出すための研究を続けるんだ! これは、妥協じゃない。未来へ繋ぐための、次の一手だ!」


 俺の必死の説得。

 だが、その言葉は、完璧主義者である彼には、最も屈辱的な響きを持っていたらしい。


「黙れ、若造が」


 ボルガは、俺を睨みつけ、冷たく言い放った。


「お前のような、理想論しか語れん若造には、まだ分からんだろうがな。妥協は、技術者にとって死を意味するんだ」


(……若造)


 その言葉が、俺の胸に突き刺さる。

 やはり、そうだ。俺は、こいつらの目には、そう見えているのか。

 37年の経験も、知識も、この若い見た目の前では、説得力を持たないのか。


「石の橋だと?」


 彼の声は、怒りと、深い失望に震えていた。


「そんなものは、ただの『道』だ! 俺が造ろうとしたのは、天に架かる『芸術』だ! それが分からんのか! 貴様のような素人に、俺の美学が分かってたまるか!」


 ボルガは、そう吐き捨てると、今度こそ、本当に工房を去ってしまった。

 扉が、バタン、と無慈悲な音を立てて閉まる。

 あまりに決定的な決裂だった。


「……どう、すんだよ、ケン。ボルガさんがいなけりゃ、橋なんて……」


 ガスが、力なく呟く。

 ドルゴも、リーリエも、ただ、俯いていた。

 誰もが、もう終わりだと思った。


 だが、俺は諦めていなかった。

 俺は、絶望にくれる仲間たちに向き直る。


「……ボルガがいなくても、俺たちはやる」


 俺の声に、三人がハッと顔を上げる。


「石の橋を造るぞ。ドルゴ、あんたの知恵を貸してくれ。ガス、村の連中を集めてくれ。仕事は、まだ山積みだ」


 俺のその目には、まだ、未来を諦めない光が宿っていた。

 ボルガという、最高の頭脳を失っても、俺たちの戦いは、まだ終わらない。

 そして、俺自身の謎も、いつか必ず、解き明かしてやる。


 今はただ、前へ進むしかなかった。

ハッピーエンドは確約します。

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