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23,人工ミスリルと驚きの事実

 魔石の錬成に成功し、工房は再び活気を取り戻した。

 安定した高エネルギー源。それは、俺たちの研究開発を、次のステージへと押し上げる、まさに起爆剤だった。


 俺は、ボルガとドルゴ、そしてリーリエとガスを工房に集め、次の計画を告げた。


「エネルギー問題は、ひとまず解決した。次は、いよいよ本命だ。この橋の主材料となる、人工ミスリルの錬成に挑む」


 その言葉に、皆の士気が上がるのが分かった。

 だが、俺は、釘を刺すことを忘れなかった。


「だが、一つだけ、決定的な問題がある」


 俺は、仲間たちを見回した。


「俺は、この人生で一度も、本物のミスリルを見たことがない。つまり、手元に解析すべき『現物』がないんだ。俺の【構造解析】スキルは、対象がなければ機能しない」


 工房が、一瞬、静まり返る。


「じゃあ、どうするんだ?」と、ドルゴ。


「伝説や、古い文献に残された、曖昧な情報だけが頼りだ。『特殊な鉄鉱石を、高純度の魔力で満たしながら、超高温で鍛え上げる』……。これからやるのは、地図のない航海だ。失敗する確率の方が、遥かに高い」


 俺の言葉に、ボルガが、ふんと鼻を鳴らした。


「面白い。それこそ、我々技術者の腕の見せ所というものだろう。理論と経験で、伝説の再現に挑む。不足はない」


 その言葉が、俺たちの背中を押した。

 こうして、人類史上、誰も成し遂げたことのない、「人工ミスリル」への挑戦が始まった。







 それから、俺たちの本当の戦いが始まった。


「――温度が低すぎる! これじゃただの焼き入れだ!」

「いや、魔力の注入量が多すぎるんだ! 鉄の許容量を超えている!」

「そもそも、この鉄鉱石で本当に合っているのか!?」


 ボルガの怒号と、ドルゴのうなり声が、工房に響き渡る。


 俺は、二人の意見を元に、魔力を注ぎ込むタイミングや量を、コンマ単位で調整していく。


 一度目の実験。

 出来上がったのは、魔力のせいで、少しだけ青白く変色した、ただの鉄の塊だった。


 五度目の実験。

 炉から取り出した途端、甲高い音を立てて、ひび割れた。


 十度目の実験。

 見た目は、少しだけ銀色に近づいた。だが、ハンマーで一撃を加えると、あっけなく砕け散った。


 そして、実験開始から、二週間が過ぎた。


 工房の隅には、失敗作の鉄くずの山が、まるで墓標のように積み上がっている。


 あれだけ豊富にあった鉄鉱石も、そして、あれほど苦労して作り出した貴重な魔石も、もう残りわずかだった。


「……これが、最後だ」


 俺は、最後の魔石を、魔力炉の燃料供給口にセットした。

 工房の中には、誰も声を発さず、ただ、ごくりと唾を飲む音だけが響く。


 これが、俺たちの最後の挑戦だった。


 ドルゴが、祈るように炉に火を入れる。


 ボルガが、これまでで最も鋭い目で、炉の微かな色の変化を睨みつける。


 俺は、全ての神経を指先に集中させ、最後の魔力を、炉心へと注ぎ込んだ。


 銀色の閃光が、工房を包む。


 これまでのどの実験よりも、強く、美しい輝き。


「……やったか!?」


 ガスの声が、震えている。


 光が収まった後、ドルゴが、震える手で、炉心から一つのインゴットを取り出した。

 それは、これまでとは明らかに違った。

 表面には、うっすらと、しかし確かに、ミスリル特有の銀色の光沢が浮かんでいる。


「おお……」

 

 リーリエが、安堵の息を漏らす。


 だが、俺だけが、そのインゴットの内部に、【構造解析】を通して、無数の微細な亀裂が走っているのを見ていた。


 ボルガが、インゴットをトングで受け取り、冷却水に浸ける。

 ジュウッ、という激しい音と、白い蒸気。


 そして。


 パリン、と。


 まるで、薄いガラスが割れるような、あまりにも軽い音が、静寂の中で響き渡った。

 銀色の輝きを放っていたインゴットは、水の中で、あっけなく、輝く砂となって砕け散った。


「…………」


 それが、俺たちの出した、最後の答えだった。


 ドルゴは、その場にがっくりと膝をつき、ボルガは、積まれた鉄くずの山を、ただ、無言で見つめている。


 リーリエは、両手で口を覆い、その瞳から、涙をこぼしていた。


 俺は、自分の手のひらを見つめた。


(ダメだった……。スキルがあっても、現物がなければ解析できない。理論だけでは、奇跡は起こせない。俺は……万能じゃない)


 工房には、ただ、俺たちの夢の残骸と、どうしようもない無力感だけが、重く漂っていた。







 夜も更け、ドルゴとボルガが、重い足取りで工房を去っていった。

 俺は、一人、失敗作の山を前に、動けずにいた。


 責任は、全て俺にある。俺が、できもしない夢を見させて、皆を振り回した結果だ。


「……ケンさん」


 静かな声に振り返ると、いつの間にか、リーリエが俺の背後に立っていた。


 次の瞬間、俺は、背中から、柔らかくて、温かい感触に包まれた。

 リーリエが、俺を後ろから、そっと抱きしめていた。


「……大丈夫です、ケンさん。大丈夫ですから……」


 彼女の、震える声。慰めようとしてくれている彼女自身が、一番傷ついているのかもしれない。

 その優しさが、今は、刃物のように俺の胸に突き刺さった。


「……だめだよ、リーリエ」


 俺は、弱々しく、か細い声で言った。


「こんなおっさんに……抱きついたら、あんたの顔に傷がつく」


 すると、背中から、不思議そうな声が返ってきた。


「え……? おっさん……ですか?」


 俺は、思わず振り返った。

 リーリエは、涙を浮かべながらも、心底、不思議だという顔で、小首をかしげている。


 その表情を見て、俺は、ふと、ある違和感を思い出す。


(そういえば、ボルガも、ドルゴも、俺のことを『小僧』と呼んでいた。年上の彼らが、年下の俺をそう呼ぶのは自然だ。だが、俺は三十七だ。五十代の彼らと、そこまで歳は離れていないはず……なのに、あの二人の態度は、まるで、自分たちの半分も生きていない若造に向けるそれだった)


 ざわ、と。

 心の奥で、何かが揺れた。


「……すまん、少し、一人にしてくれ」


 俺は、リーリエの心配する声を背に、何かに憑かれたように工房を飛び出した。


 向かう先は、一つ。


 この村に来て、俺が最初に再生させた、あの井戸だ。


 月明かりだけが、村を照らしている。


 俺は、井戸の縁に手をつき、荒い息のまま、水面を覗き込んだ。


 静かな水面が、鏡のように、俺の顔を映し出している。


「…………え?」


 そこに映っていたのは、知っているはずの、三十七歳の、疲れた中年男の顔ではなかった。


 見慣れない、しかし、どこか記憶の奥底にある、瑞々しい肌。

 徹夜続きのはずなのに、隈一つない目元。


 それは、俺が、とうの昔に失ったはずの。


 二十代前半の頃の、俺自身の顔だった。


(いつだ?追放されて、気絶してる間か?)


 あまりの衝撃に、俺は、ミスリルの失敗も、すべて気にならなかった。

なぜか若返っていた体――。

続きが気になる、面白い!

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