22,【閑話】それぞれの持ち場で……
群像劇が、書きたかったのです。
この話は呼び飛ばしていただいても大丈夫です。
「一年未満」という、あまりにも厳しいタイムリミット。
その重い事実は、しかし、村人たちの心を折ることはなかった。
絶望に慣れきっていた彼らの心に、ケンが灯した希望の火は、もはや少々の逆風では消えないほど、大きく、そして熱く燃え上がっていたからだ。
「やってやる」
誰もが、そう思っていた。
これは、そんな名もなき村人たちの、それぞれの戦いを描く物語。
◇
薬草栽培班 ハンナ視点
村に住む老婆、ハンナの腰は、もう何十年も前に「限界だ」と悲鳴を上げていた。
だが、彼女は今日も、村の畑の一角に新設された畑の中で、土にまみれている。
「……よしよし、いい子だ。元気に育てよ」
その皺だらけの手が、慈しむように撫でているのは、魔石の原料となる「癒やし草」と、触媒の元となるスライムを培養するための「月見草」の、小さな芽だ。
村の未来そのもの、と言ってもいい。
腰の痛みに顔をしかめながらも、彼女の口元には笑みが浮かんでいた。
ケンが来る前の、ただ死を待つだけだった、静かで、色のない日々。
それに比べれば、この痛みも、疲労も、なんと心地よいことか。
「この手で、孫たちが未来に渡る橋の礎を築いてるんだ。こんなやりがいのある仕事は、生まれて初めてだよ」
ハンナは、誇らしげにそう呟くと、再びゆっくりと、しかし確かな手つきで、土をいじる作業に戻った。
彼女の持ち場は、この小さな畑。
村で、最も未来に近い場所だった。
◇
炊き出し班 サラ視点
村の中央広場は、一日中、湯気と活気で満ちている。
サラの戦場は、そこにあった。
「はい、次の人、器をこっちに!」
「こっちの鍋、火が強すぎるよ! 少し薪を抜いて!」
彼女は、他の女たちにてきぱきと指示を飛ばしながら、巨大な寸胴鍋を休むことなくかき混ぜる。
中身は、魔物の肉と、畑で採れた野菜がたっぷり入った栄養満点のスープだ。
建設現場、燃料生産班、薬草栽培班……。
村の労働力がフル稼働する今、彼らの胃袋を支えるのが、彼女たちの「持ち場」だった。
「サラのスープがねえと、力がでねえ」
「サラの焼いたパンは、世界一だ!」
汗だくで食事をかき込む男たちの、そんな不器用な感謝の言葉が、サラの何よりの原動力だった。
彼女は、湯気の向こうで、誰にも見えないように、力強く笑う。
この村の未来は、この厨房から、この一杯のスープから始まっているのだと、固く信じていた。
◇
斥候チーム レオ視点
レオは、かつて、村でぶらぶらしている若者の一人だった。
未来に希望などなく、ただ、その日を無為に過ごすだけの日々。
だが、今の彼は違う。
村の英雄となったガスに憧れ、自ら志願して、彼の率いる斥候兼、資材調達チームの一員として、森を駆け回っていた。
「レオ、右手の尾根を警戒しろ。魔物の気配がする」
「! はいっ!」
先頭をいくガスの背中は、同年代とは思えないほど、大きく、頼もしい。
彼に追いつきたい。彼のように、村の役に立ちたい。
その一心で、レオは、泥にまみれ、茨で体を傷つけながらも、必死に食らいついていた。
危険な森の中で、スライムの餌となる「月見草」を採取する。
地味で、危険で、誰にも褒められないかもしれない仕事。
だが、レオは知っていた。
この小さな薬草の一つ一つが、あの輝く魔石になり、未来への橋を架けるのだということを。
彼はもう、ただの若者じゃない。
村の未来を担う、誇り高きチームの一員だった。
◇
夕暮れ時。
崖の工事現場を見下ろす丘の上で、俺は、その全ての光景を見ていた。
畑から立ち上る煙。
広場からの賑やかな声。
森から帰還する、若者たちのたくましい姿。
そして、崖で土嚢を積み上げる、仲間たちの力強いシルエット。
皆が、それぞれの「持ち場」で、全力を尽くして戦っている。
俺という、たった一人の異邦人がもたらした、小さな変化。
それが今、村全体を巻き込んだ、巨大なうねりとなっていた。
「……すごいですね」
不意に、背後から優しい声がした。
振り返ると、いつの間にかリーリエが隣に立って、俺と同じように村を眺めていた。
「みんな、自分の仕事に誇りを持っている、とてもいい顔をしています」
「ああ……」
俺は、素直に頷いた。
そして、つい、本音がこぼれた。
「正直、少し怖い時もある。これだけの想いを、俺一人が背負いきれるのかってな」
俺の弱音に、リーリエは驚いたように少しだけ目を見開いた。
だが、すぐに、ふわりと、聖母のように優しい笑みを浮かべた。
「一人じゃありません」
彼女は、静かに、だが力強く言った。
「ケンさんは、私たちにそれぞれの『持ち場』を与えてくれました。でも、ケンさんの『持ち場』は、ケンさん一人だけのものじゃありません。私たちが、村の皆が、一緒にそこに立っています。ケンさんが重いなら、その荷物を、私たちが少しずつ持ちますから」
その真っ直ぐな言葉が、じんわりと、俺の心に染み渡っていく。
(……そうか。俺は、一人で背負う必要なんて、なかったんだな)
俺は、自分の隣で、村の未来を信じて輝く彼女の横顔を見つめた。
「……ありがとう、リーリエ。あんたがいると、心強いよ」
俺がそう言うと、彼女は、夕日に照らされて、頬をほんのりと赤く染めた。
俺は、活気に満ちた村の喧騒を背に、もう一度、前を向く。
「よし」
俺は、決意を新たにして、力強く頷いた。
「俺も、俺たちの『持ち場』に戻るとするか」
俺がそう言って歩き出すと、リーリエも「はい!」と、満面の笑みで隣に並んだ。
俺たちの目指す先は、一つ。
まだ誰も見たことのない、「人工ミスリル」の設計図が待つ、あの工房だ。
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