21,タイムリミット
工房は、俺がこの村に来て以来、最高の熱気と喜びに包まれていた。
「すげえ……本当に、光ってる……」
「これが、魔石……。伝説でしか聞いたことのねえ代物だぞ……」
「やったな、ガス!」
「へへ……俺は、ケンさんの言われた通りにしただけだって!」
テーブルの上に並べられた、数個の輝く魔石。
その奇跡のような光を、仲間たちが、代わる代わる手に取っては感嘆の声を漏らしている。
ドルゴは「うむ、完璧な仕上がりだ」と、我が子のように魔石を眺め、ボルガですら、その口元に珍しく満足げな笑みを浮かべていた。
皆が、成功の余韻に浸っている。
当たり前だ。俺たちだけの力で、この世界の理を覆すような、歴史的な大発見を成し遂げたのだから。
だが、俺の頭の中は、すでに次のステップへと移行していた。
手帳を片手に、この数週間のデータを整理し、計算を繰り返す。
(スライムの培養速度は、一日あたり……。癒やし草の消費量は……。魔石一つを錬成するのにかかる時間は、約半日。そして、橋を浮かせ続けるのに必要な、一日の魔石の消費量は……)
計算を進めるにつれて、俺の顔から、仲間たちと同じような笑顔が、すうっと消えていくのが分かった。
導き出された数字は、あまりにも、冷酷だった。
「ケンさん……?」
俺の異変に、最初に気づいたのはリーリエだった。
「どうかしたのですか? 顔色が……。魔石に、何か問題でも?」
彼女の声に、ドルゴやボルガ、ガスの視線も、一斉に俺へと集まる。
工房の空気が、再び緊張に支配された。
俺は、一度、大きく息を吸い込むと、手帳を閉じて、仲間たちに向き直った。
「朗報と、悪い知らせがある」
俺の言葉に、皆がごくりと唾を飲む。
「朗報は、俺たちが造り出した魔石のエネルギー効率が、俺の想定を遥かに上回っていたことだ。これなら、間違いなく、あの巨大な橋を浮かせ続けられる」
「おおっ!」と、ドルゴが安堵の声を上げる。
「だが……」
俺は、続ける。
「悪い知らせは、その魔石の生産効率だ」
俺は、計算結果を皆に共有した。
「粘菌の培養、薬草の収穫と加工、そして魔石の錬成。今のやり方で、この村の労働力を全てこの作業に注ぎ込んだとして、俺たちが一日に生産できる魔石は、たったの二つだ」
「そして、橋を一日維持するために必要な魔石の数は、三つ」
「……どういう、ことだ?」
ガスが、震える声で尋ねる。
「言葉通りの意味だ。俺たちの生産量は、橋の消費量に追いつかない。今ある備蓄と、これからの生産量を全て合わせても……」
俺は、結論を告げた。
「この橋のエネルギーは、一年もたない。計算上は、もって十ヶ月がいいところだ」
しん、と静まり返る工房。
せっかく手に入れた希望が、目の前で、砂のように崩れ落ちていく。
一年足らずでエネルギーが尽きる橋など、造る意味があるのか?
「……無駄骨だった、というわけか」
ボルガが、自嘲気味に、吐き捨てるように言った。
その言葉が、俺たちの心を、絶望の淵へと突き落とした。
しかし、その時だった。
「いいえ、無駄骨ではありません!」
凛とした、リーリエの声が響いた。
彼女は、強い意志の光を目に宿し、うつむく俺たち仲間を見回した。
「十ヶ月……。十分すぎます」
「り、リーリエ……?」
「それだけの時間があれば、この村は必ず変われる。町との交易を再開し、新しい産業を興し、次のエネルギー源を見つけることだってできるかもしれない!」
彼女は、俺の目を、まっすぐに見つめた。
「ケンさん。これは、破綻までのカウントダウンじゃない。私たちが、村の未来を自分たちの手で掴み取るための、猶予です!」
リーダーとしての、リーリエの決断。
その言葉は、俺たちの中に、再び闘志の火を灯した。
そうだ、不可能を可能にしてきたのは、いつだって、この諦めの悪さだったじゃないか。
「……ふん。面白い」
ボルガが、不敵に笑う。
「乗ってやろうじゃないか、その無謀な賭けに」
ドルゴも、ガスも、力強く頷いている。
俺は、そんな頼もしい仲間たちの顔を見回し、ニヤリと笑った。
こうして、俺たちは「一年未満」という、あまりにも厳しいタイムリミットを背負いながら、橋の建設へと突き進むことを決意した。
俺たちの、本当の戦いが、今、始まった。
俺たたエンドってやつですね。
あ、橋はまだ完成してないので、村の復興編あと少し続きますよ!
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