20,魔石錬成
工房に、希望の光が戻ってきた。
テーブルの上には、ガスが持ち帰った、半透明でぼんやりと光るスライムと、それが排出したという光る液体が置かれている。
「ケンさんの予測通りだった。『月見草』の群生地で、草に寄生するように、こいつがびっしりと生えてたんだ。そして、草を食べた後、こんな光る液体を……!」
ガスの報告に、俺は頷く。
「【構造解析】の結果とも一致する。この粘菌の排出液は、魔力水の魔力を凝縮・安定化させる触媒*だ。天然の、生きた魔力濃縮装置と言ってもいい」
「つまり、こいつが俺たちの『秘伝の混ぜ物』ってわけか!」
ドルゴの目に、職人としての光が戻っていた。
「よし、最後の実験を始めるぞ」
俺は、まず、薬草を煮詰めて作ったドロドロの液体を入れ物に用意した。
「最初の実験だ。この一番単純な方法で、触媒が機能するかどうかを試す」
俺は、期待を込めて、粘菌の液体を数滴、垂らした。
しかし。
液体は、ぷすぷすと嫌な音を立てて少し泡立っただけで、すぐに何の変哲もない泥水に戻ってしまった。
「……な、なんでだ!?」
ガスがショックを受ける。
「不純物が多すぎるんだ」
は、失敗した液体を指さした。
「触媒が、魔力に届く前に、植物の繊維や他の成分に吸着されて、効果を失っている」
そして、俺は二つ目の入れ物を用意し、ドルゴに視線を送った。
「だから、次の手順が必要になる。不純物を取り除いた、蒸留直後の、純粋な『魔力水』に、この触媒を混ぜる。魔力が霧散する前の一瞬が勝負だ!」
工房には、再び緊張が走った。
ドルゴが蒸留装置の火力を慎重に管理し、パイプの先から、透明だが、すぐに力が失われてしまう「魔力水」が、ぽつ、ぽつ、と入れ物に溜まり始める。
「――今だ!」
俺は、その蒸留したての液体に、間髪入れずに触媒を垂らした。
その瞬間、変化が起きた。
一滴の触媒が水面に落ちると、そこから波紋のように光が広がり、今までただの透明な液体だったものが、まばゆい光の渦と化す。
水に溶けていた不可視の魔力が、一点に向かって渦を巻きながら収束していくのが、陽炎のように見えた。
光の渦は、どんどん小さく、そして輝きを増していく。
やがて、極限まで凝縮された光が、パッ、と弾けたかと思うと――。
入れ物の底には、後光が差しているかのように神々しく輝く、小指の爪ほどの大きさの、完璧な『魔石』が一つ、静かに鎮座していた。
歴史上、誰も成し遂げられなかった、「魔力の人工的な物質化」。
その奇跡的な光景を前に、誰もが言葉を失う。
「……やった」
俺が、か細い声で呟く。
「やった……やったぞおおおおっ!!」
俺のその声を合図に、工房は、爆発したような歓喜に包まれた。
ドルゴが雄叫びを上げ、リーリエは瞳に大粒の涙を浮かべている。ボルガですら、腕を組んだまま、満足げな笑みを隠そうともしない。
そして、この歴史的な大発見のきっかけを作ったガスは、目の前の小さな魔石を見て、ただ「すげえ……」と目を輝かせていた。
ひとしきり喜び合った後、俺たちは、改めてテーブルの上の魔石を囲んだ。
「しかし、危ないところだったな」
俺は、興奮を抑えながら言った。
「蒸留した魔力水に、触媒を投入するタイミングが、コンマ一秒でもずれていたら、失敗していただろう」
「うむ。あれを毎回、人の手でやるのは骨が折れるわい」
ドルゴも、同意するように頷く。
その時だった。
「あの、ケンさん……」
それまで黙っていたガスが、おずおずと口を開いた。
「素人が口を出すことじゃねえかもしんねえけど……。今の、逆じゃ、ダメなんすか?」
「逆?」
「はい。さっきは、蒸留した水に、後からこの光る液体を混ぜてましたよね? そうじゃなくて、先に、この光る液体を入れ物に入れておいて、そこに、できたての魔力水をポタポタ垂らしていく、ってのは……?」
ガスの、素朴な疑問。
その瞬間、俺と、ドルゴと、そしてボルガの三人が、まるで時間が止まったかのように、ピシリ、と固まった。
(……逆? 先に、触媒を……?)
(なんだ、その手があったか……!)
(……なぜ、気づかなかった、このワシが……)
俺たち三人の天才(笑)は、顔を見合わせる。
そして、次の瞬間。
「――ぶはっ!」
誰からともなく、噴き出した。
「はは……はははは! 俺としたことが……! 全く、その通りだ、ガス! お前の言う通りだ! なんで、そんな簡単なことに気づかなかったかな……!」
俺は、自分の頭をガシガシと掻きながら、腹を抱えて笑った。
隣では、ドルゴとボルガも「やられたわい」「専門バカの盲点というやつか」と、悔しそうに、だがどこか楽しそうに笑っている。
俺は、まだきょとんとしているガスの肩を、バンと力強く叩いた。
「お前は、最高の仕事をしてくれただけじゃない。最高のアイデアまでくれたぞ! よし、早速、その方法で追試だ!」
◇
俺たちは、ガスの提案した方法で、すぐに次の実験に取り掛かった。
今度の目的は、最適な「比率」を見つけ出すことだ。
複数の入れ物に、それぞれ一滴、二滴、三滴と、触媒の液体をあらかじめ入れておく。
そして、そこに、蒸留したての魔力水を、一滴ずつ、慎重に垂らしていく。
すると、どうだ。
魔力水が一定量に達するたびに、入れ物の底で、光の渦が生まれ、次々と新しい魔石が結晶化していく。
しかも、触媒の量に比例して、魔石の大きさも、安定して大きくなっていくではないか!
実験が終わる頃には、俺たちの目の前のテーブルに、大きさの違う、しかしどれもが完璧な輝きを放つ、数個の魔石が並んでいた。
これで、魔石の「量産」への道筋が、完全に拓かれた。
俺は、誇らしげな顔のガスを見て、心から思った。
(俺の仮説だけでは、ダメだった。ガスの発見がなければ、何も始まらなかった。そして、最後のこのひらめきがなければ、実用化は遠かった)
(これで、道筋が見えた。いや……。仲間たちが、道筋を照らしてくれたんだ)
俺は、テーブルの上で神々しく輝く魔石たちと、それを見て笑う仲間たちの顔を、もう一度、強く心に焼き付けた。
エネルギー問題、解決、、、、、、かもしれないですね。
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