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追放されたおっさん、ハズレスキル【構造解析】で崩壊寸前の貧乏村を開拓する〜俺を捨てた勇者たちが今更泣きついてきても、もう遅い〜  作者: あもる
村の復興編

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19,触媒

 翌朝。


 俺は、リーリエ、ドルゴ、ボルガ、そしてガスの四人を、再びドルゴの工房に集めていた。


 昨日までの重苦しい空気とは違い、そこには、かすかな、しかし確かな緊張感が漂っていた。


 俺は、テーブルの上に二つのものを置いた。

 一つは、実験に失敗した「不完全な魔力水」。


 もう一つは、昨日ガスに採ってきてもらった、新鮮な「癒やし草」だ。


「昨日の夜、ずっと考えていた。なぜ、俺たちの魔力水は、すぐに力を失ってしまうのか」


 俺は、まずドルゴに向き直った。


「ドルゴ。あんたが屈強な鋼を打つ時、ただの鉄だけを使うか?」


「……いや。炭や、時には他の金属を、秘伝の割合で混ぜ込む。それによっちゃ、鉄は鋼にもなれば、ナマクラにもなる。それが鍛冶師の仕事だ」


 ドルゴの言葉に、俺は頷いた。


「俺の仮説だが、魔力もそれと同じだ。癒やし草の中では、魔力は草の『生命の素』とでも言うべきものと混ざり合い、一つの『魔法の合金』になっている。だから、あれほど安定しているんだ」


 俺は、白く濁った魔力水を指さす。


「だが、俺たちの蒸留法は、その合金から純粋な魔力だけを、無理やり引き剥がしてしまった。いわば、混ぜ物を失った、なまくらの鉄だ。脆くて、すぐに形を失っちまうのは当然だ」


 俺の比喩に、ドルゴと、そしてボルガも、納得したように息を呑んだ。


「つまり、俺たちに必要なのは、この『なまくらの魔力』に混ぜ込む、新たな『混ぜ物』だ。魔力を、より強力で、安定した『魔法の合金』に変えてくれる、接着剤のようなものがな」


 俺はそこで一度、言葉を切った。


「俺は、そいつを触媒と呼ぶことにした」


「触媒、だと……?」


 ボルガが、怪訝そうに呟く。


「ああ。そして、そんな都合のいいものがどこにあるか。俺は、それにも仮説を立てた」


 俺は、地図を広げ、森の奥深くの一点を指さした。


「そんな特殊な触媒を作り出せる生物がいるとしたら、そいつは、魔力の濃い場所に生え、それ自体が高い魔力変換能力を持つ植物と、共生関係にある可能性が高い」


 俺は、まっすぐにガスの目を見た。


「そこで、ガスの力を借りたい」


 俺の言葉に、ガスは「俺の?」と驚いたように自分を指さした。


「ああ。リーリエに聞いたんだが、この森の奥に、月の光を浴びて育つという『月見草』の群生地があるそうだな。この辺りで、最も魔力が強い植物だ」


「あ、ああ……。ガキの頃、じいちゃんに連れられて一度だけ行ったことがある。けど、あそこは、やべえ魔物も出る危険な場所だぜ?」


「分かってる。だから、お前にしか頼めない」


 俺は、ガスの肩に、ポンと手を置いた。


「お前にやってほしいのは、狩りじゃない。『探索』と『観察』だ。その月見草の群生地へ行って、草そのものじゃなく、その草と『共生』している生き物を探してきてほしい。苔でも、キノコでも、虫でも、スライムでも、何でもいい。何か、普通じゃないものを見つけて、観察し、可能ならサンプルを採取してきてほしいんだ」


 それは、具体的な目標のない、あまりに漠然とした危険な任務だった。


 工房の中が、しん、と静まり返る。

 リーリエが、心配そうにガスを見つめていた。

 

 だが、ガスは、俺の手を、そして仲間たちの顔を順番に見回すと、ふっと笑った。


 それは、自信と、誇りに満ちた、頼もしい笑顔だった。


「……なるほどな。ケンさんの頭脳と、俺の足。どっちが欠けてもダメってわけか」


 彼は、ぐっと胸を張ると、力強く言った。


「任せとけって! ケンさんの仮説、俺が必ず、証明してきてやる!」







 翌朝。


 俺たちは、村の入り口で、旅支度を整えたガスを見送っていた。


 リーリエが、保存食と水筒を手渡す。


「……気を付けてね、ガス」

「おう!」


 ドルゴが、新しく打ち直した、切れ味の鋭いナイフを渡す。


「無茶はするなよ」

「分かってるって!」


 ボルガは、何も言わずに、ただ腕を組んで彼を見ている。


 そして、俺は彼の肩をもう一度叩いた。


「頼んだぞ、ガス」

「ああ!」


 ガスは、一度だけ俺たちを振り返ってニカッと笑うと、迷いのない足取りで、森の奥へと消えていった。


 村の未来を変えるための、たった一つの可能性を、その背中に背負って。


 俺たちは、ただ、その背中が見えなくなるまで、祈るように見送ることしかできなかった。







 ガスが、村の未来を左右する探索へと旅立ってから、七日が過ぎた。


 その間、俺たちは、ただ手をこまねいて待っていたわけではない。


 魔力の研究と並行して、俺は「人工ミスリル」の理論をまとめ上げ、ドルゴとボルガの協力のもと、小規模な生成実験を繰り返していた。


 ドルゴの工房に、甲高い金属音が響き渡る。


 炉から取り出された真っ赤な鉄の塊に、俺が開発した装置を通して、わずかな「不完全な魔力水」を注ぎ込む。


「――今だ!」


 俺の合図で、ドルゴが渾身の力で槌を振り下ろす。


 しかし、火花と共に冷却された鉄塊は、ただの歪な鉄の塊でしかなかった。伝説の金属が持つ、銀色の輝きはどこにもない。


「……くそっ! まただ! 温度が違うのか? それとも、魔力を注ぐタイミングか?」


 ドルゴは、悪態をつきながら、できたばかりの鉄くずを放り投げた。


 その動きには、いつものような職人としての厳しさがなく、ただ、いら立ちだけが滲んでいる。


(……いや、違うな)


 俺は、彼の様子に違和感を覚えていた。


 ドルゴの集中力が、普段と比べて明らかに散漫だ。槌を握るその手も、心なしか力が入っていない。


(……あいつ、ガスのことを心配しているんだ)


 ガスが旅立ってから、もう七日。

 帰還予定の五日を、とうに過ぎていた。


 森の奥深くは、昼なお暗く、強力な魔物が跋扈(ばっこ)する危険地帯だ。何かあったとしても、おかしくはない。


「大丈夫だ、ドルゴ。ガスは、この村一番の斥候だ。そう簡単にはやられないさ」


 俺が声をかけると、ドルガは顔も向けずに、ぶっきらぼうに答えた。


「……ふん、誰が、あんな若造のことなど!」


 強がりを言っているのは、明らかだった。

 その証拠に、彼は熱した鉄を冷やすための水桶に、うっかり道具を落として、大きな音を立てていた。普段の彼からは、考えられないミスだった。


「……ちっ!」


 舌打ちをして、俯いてしまうドルゴ。

 その頑固な背中には、孫同然の彼の身を案じる、一人の爺としての苦悩が、痛いほどにじみ出ていた。


 ボルガも、そんな彼を黙って見ている。工房の中には、失敗の焦燥感と、ガスを案じる重い沈黙が満ちていた。


 その時だった。

「――ケンさん! ドルゴ!!」


 工房の扉が、勢いよく開け放たれた。


 息を切らして飛び込んできたのは、リーリエだった。彼女の瞳は、驚きと喜びに、大きく見開かれている。


「ガスが……! ガスが、今、帰ってきたわ!」


 その言葉に、ドルゴの肩が、びくりと大きく跳ねた。


 彼は、握りしめていた槌を、カラン、と音を立てて床に落とすと、俺たちを振り返ることもなく、工房を飛び出していった。


 その背中は、俺がこの村で見た、どの時の彼よりも、焦っていた。


 俺とボルガは、顔を見合わせると、静かに笑って、そのたくましい背中の後を追った。


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