1,井戸を掘ろう
怒りと空腹で朦朧としながら、どれくらい歩いただろうか。
太陽が傾き始め、体力の限界を感じていた俺の耳に、か細い声が届いた。
「あの……大丈夫、ですか?」
顔を上げると、麻袋のような簡素なワンピースを着た、亜麻色の髪の少女が心配そうにこちらを覗き込んでいた。歳は高校生くらいだろうか。痩せてはいるが、芯の強そうな、澄んだ瞳が印象的だった。
「ああ、なんとか……。少し、休ませてもらえる場所はないだろうか」
「はい、どうぞこちらへ。大したおもてなしはできませんが……」
少女に肩を貸してもらい、俺は小さな村へと足を踏み入れた。
道はぬかるみ、家々は傾き、すれ違う村人たちの顔には生気がない。追放された辺境の地、という王様 の言葉は本当だったらしい。
どうやら、俺を拾ってくれたこの少女はこの村の長の娘らしい。
少女の家は、村の中では一番大きいが、それでも村長の家と呼ぶにはあまりに質素だった。
「旅の方ですか? ずいぶんとお疲れのようですが……」
「……まあ、そんなところだ」
追放された、とは言えず曖昧に濁す。今はまだ、俺が王都から送られてきた罪人だという噂は届いていないらしい。
温かいスープ(ほとんど具は入っていなかったが)で少しばかり腹を満たした俺は、単刀直入に尋ねた。
「この村で、何か手伝えることはないか。見ての通り、金はない。だが、体は動くし、少しばかり技術の心得もある」
俺の汚れたつなぎと安全靴を見て、リーリエは少し考えた後、意を決したように口を開いた。
「実は……村の井戸の調子が悪くて、困っているんです。最近、水が濁るようになってしまって……」
案内された村の中央にある井戸は、一見してただの古い石積みの井戸だった。だが、俺がスキル【構造解析】を発動させると、その内部構造と周辺の地層が、青いワイヤーフレームのように脳内に描き出される。
――なるほどな。老朽化で側壁に亀裂が入ってる。そこから、すぐ近くを流れる生活排水路の水が染み込んでるのか。こりゃ腹も壊すわけだ。
「この井戸はもうダメだ。諦めた方がいい」
「そ、そんな……。では、私たちはこれからどこで水を……」
俺の言葉に、集まってきた村人たちとリーリエが絶望的な表情を浮かべる。
「だが、代わりはすぐそこにある」
俺はそう言うと、井戸から少し離れた、何もない地面を安全靴のつま先でトントンと叩いた。
「ここだ。この真下を、良質な地下水脈が通ってる。深さ3メートル。岩盤もないから、大人3人もいれば半日で掘れる」
スキル【最適化】が、最小の労力で最大の成果を得るための最短解を導き出していた。
村人たちは「何を言ってるんだ」「見ただけでわかるもんか」と半信半疑だ。当然だろう。
「まあ、見てろって。つるはしとシャベルを貸してくれ」
俺はつなぎの袖をまくり、自らシャベルを手に取った。ポケットに入れていた測量用のチョークで地面に円を描き、的確な角度で土を掘り返していく。最初は遠巻きに見ていた村人たちも、俺の無駄のない動きと、次々と出される的確な指示に、次第に引き込まれていった。
そして、作業開始から数時間後。
「――出た!水だ!」
シャベルの先から、泥水ではない、澄んだ水がじわりと湧き出した。さらに掘り進めると、それは勢いを増し、あっという間に新しい井戸の底を満たしていく。村人たちが歓声を上げ、湧き出した水を回し飲みしては、その冷たさと美味さに涙ぐんでいた。
その日の夕食。リーリエは、昼間より少しだけ具の多いスープと、黒パンを俺の前に並べてくれた。
「ケンさん……本当に、ありがとうございました」
俺は名乗る際に、健介から取って「ケン」とだけ伝えていた。
「礼には及ばん。俺がやりたくてやったことだ」
スープをすすりながら、俺はぶっきらぼうに答える。だが、人から向けられる純粋な感謝が、ささくれ立っていた心をじんわりと温めるのを感じていた。
持ち物は、汚れたつなぎと安全靴、そしてポケットのコンベックスくらいなものだ。
だが、この世界でも、俺の仕事は誰かの役に立つ。
その確かな手応えが、何よりの報酬だった。
これからも健介の活躍を描いていきますので、続きが気になる!と思ってくださった方はブックマークと星評価をおねがいします!!!!