17,魔力の抽出(後編)
ガスが持ち帰った「癒やし草」と、ただの「木切れ」。
俺は、二つのサンプルをテーブルに並べ、両者に【構造解析】を発動させた。
(……やはり、ただの木切れにも、微弱な魔力回路は存在する。だが、細く、頼りない。ほとんど機能していないに等しい)
次に、癒やし草を解析する。
(こっちは……! 全然違う! 回路の太さ、複雑さ、密度、すべてが段違いだ。特に、治癒効果を持つとされる成分を生成する器官に、魔力が集中している。これは……魔力を効率的に『薬効成分』に変換するための、特殊な構造だ)
俺は、解析で得た驚くべき事実を、三人に説明した。
「なるほどな。全ての植物に魔力はあるにはあるが、『癒やし草』のように、特定の効果に特化して進化した種が存在する、ということか。そして、その効果を最大限に引き出すには、外部からの魔力供給が『起爆剤』になる……」
俺の説明に、ボルガが腕を組んで唸る。
「つまり、普通の草が燃えにくい薪なら、その『癒やし草』は、油をたっぷり含んだ薪のようなものだ、と。そういうことか」
「ああ、その通りだ。なら、話は早い」
俺は、目の前の癒やし草を指さした。
「この『最高品質の薪』である癒やし草から、エネルギーを根こそぎ抜き取ってやる。」
半信半疑だった三人も、俺の具体的な説明に、その目に光を取り戻していた。
「まずは、シンプルにすり潰してみよう」
薬研に大量の癒やし草を入れ、ゴリゴリと潰していく。出てきたのは、ただの青臭い汁だった。観測装置の針は、ピクリとも動かない。
「……まあ、だよな」
「次は、煮詰めてみるか」
ドルゴの提案で、大鍋で煮込んでみる。工房に薬草の匂いが充満するが、出来上がったのは黒くて粘り気のある物体だけ。もちろん、魔力反応はない。
「だから言ったんだ。時間の無駄だと」
ボルガの冷たい声が、工房に響く。
失敗が続き、チームの雰囲気は最悪だった。
(ダメだ……このままじゃ。考え方を変えるんだ)
俺は、黒い塊になった薬草の残骸を見つめた。
(待てよ。俺たちが抽出しようとしている『魔力』は、そもそもどんな性質なんだ? 水に溶けるのか? それとも、薬草の繊維や油分の方に残るのか? 今までは、それを同時に抽出しようとしていたから、有効成分まで壊してしまったのかもしれない。……なら)
分離させればいい。
俺の中で、一つの明確な「実験計画」が浮かび上がった。
「なあ、三人とも。もう一度だけ、やらせてくれ」
俺の真剣な声に、皆が顔を上げる。
「今から、魔力の基本的な性質を調べるための実験をする。まず、もう一度、薬草を水で煮詰めて、このドロドロの液体を作る。ただし、今度は慎重に、成分が壊れないギリギリの温度でだ」
俺は、ボルガの作った精密な設計図と、ドルゴが作り上げた頑丈な装置を指さす。
「そして、このドロドロになった液体を蒸留する。もし、魔力が水に溶けて、水と一緒に蒸発する『水溶性』の性質を持つなら、蒸留されて出てくる『透明な水』の方に魔力反応があるはずだ」
俺は続ける。
「逆にもし、魔力が繊維や油分の方に残る性質なら、釜の底に残った『黒いドロドロ』の方に魔力反応が出る。これで、魔力の基本的な性質が、どちらなのかが分かる」
俺の説明に、ボルガの目が、初めて興味深そうに細められた。
「……ほう。仮説と、検証か。少しは、技術者らしいことを考えるじゃないか」
◇
俺たちは、今度こそ、細心の注意を払って作業を進めた。
ドルゴが炉の火を完璧に制御し、釜の中の液体は、成分が壊れないギリギリの温度で煮詰められ、濃厚な「黒いドロドロ」になった。
次に、それを蒸留装置にかける。
しばらくすると、パイプの先端から、ぽつ、ぽつと、完全に無色透明な液体がガラス瓶に溜まっていった。
こうして、俺たちの前には二つのサンプルが並んだ。
釜の底に残った、粘り気のある「黒いドロドロ」。
そして、蒸留されてできた、見た目はただの水である「透明な液体」。
「……さて、どっちだ」
俺は、まず「黒いドロドロ」を少量取り、魔力観測装置に近づけた。
針は、ピクリとも動かない。
「……ちっ、こっちじゃねえのか」
ドルゴが、がっかりしたように呟く。
次に、俺は「透明な液体」の入った瓶を、装置に近づけた。
――ピクッ。
「!」
装置の針が、わずかに、本当にわずかに、震えたのだ。
「……動いた」
リーリエの、か細い声。
針は、ゼロの位置から、ほんの少しだけ動いて、そこで止まった。
「……水溶性、か。そして、水と一緒に蒸発するほど、軽い性質……」
俺たちは、魔力の性質の一端を、確かに掴んだ。
歴史的な大発見だ。
だが、その時だった。
「……だが、見ろ。もう消えかかっている」
ボルガの、冷ややかな声。
俺たちがガラス瓶に視線を戻すと、先ほどまで確かにあったはずの魔力反応が、急速に失われていくのが分かった。観測装置の針も、ゆっくりと、そして確実に、ゼロの位置へと戻っていく。
「……嘘だろ」
俺は、装置の数値を読み取り、そして理解した。
「……濃度が、低すぎる。それに、構造が不安定で、魔力を繋ぎ止めておけないんだ。これじゃ、エネルギー源としては……」
全く、使い物にならない。
俺たちは、歴史的な大発見を成し遂げた。
そして同時に、自分たちがまだ、スタートラインにすら立っていなかったことを、思い知らされた。
「……つまり、こういうことか」
重い沈黙を破ったのは、腕を組んだボルガだった。
「『燃料』そのものは作れると分かった。だが、今のままでは、コップ一杯の水を汲むために、井戸一つを丸ごと蒸発させるようなものだ。話にならん」
ボルガの言う通りだ。抽出効率が悪すぎる。
ドルゴも、悔しそうに唸った。
「それに、このままじゃすぐに魔力が抜けちまう。これじゃ、貯めておくこともできねえ」
ボルガの言う「効率の問題」。
そして、ドルゴの言う「安定性の問題」。
俺は、白く濁った「魔力水」が入った瓶を、光にかざして見つめた。
絶望するには、まだ早い。問題点が明確になったということは、ゴールまでの道筋が、ほんの少しだけ見えたということだ。
「ああ、その通りだ。つまり、俺たちの次の課題は、二つ」
俺は、まだうつむいている仲間たちに向かって、指を二本立てて見せた。
「第一に、この魔力水から、いかにして魔力だけを、より高濃度で取り出すかという濃縮の技術」
「そして第二に、その高濃度の魔力を、どうやって安定した形で物質として固定化するかという安定化の技術」
俺がそう言うと、ボルガとドルゴが、ハッとした顔でこちらを見た。
そうだ。終わりじゃない。俺たちの仕事は、ここからが本番だ。
俺は、不敵な笑みを浮かべた。
「やれやれ、だ。やっと、本当の『研究』が始まるってわけか」
その言葉は、絶望に沈んでいた工房の空気を、再び、ヒリつくような挑戦の匂いで満たしていった。
光が差し込んできましたね。
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