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16,魔力の抽出(前編)

 あの日から三日。


 ドルゴの工房は、プロジェクトの司令室兼、俺たち三人の研究室となっていた。しかし、そこに満ちているのは、熱気ではなく、重苦しい沈黙だった。


 地脈の魔力が足りない――その絶対的な事実が、俺たちの思考を縛り付けていた。


 ドルゴは、黙々と愛用の手斧を磨き、リーリエは、心配そうに俺たちの顔を代わる代わる見ている。

そして、ボルガは……。


 俺は、工房の隅で、一人手帳に何かを描きなぐっている彼に近づいた。

 彼のページを埋め尽くしているのは、設計図ではない。まるで万華鏡の中を覗いたような、無数の円と直線が組み合わさった、複雑で、美しい幾何学模様だった。


「……何を描いてるんだ?」


 俺の問いに、ボルガは気だるそうに顔を上げた。


「……別に。ただの暇つぶしだ。気にするな。それより、魔法はやはりただのまやかし、夢物語だったようだな」


 そう言って手帳を閉じようとするボルガを、俺は思わず手で制した。


「いや……これは、ただの模様じゃない」


 俺には、分かった。

 スキル【構造解析】が、その図形の裏に隠された意図を暴き出していたからだ。


「この円弧の組み合わせ……祠の扉にあった、結界術式の基礎構造じゃないか? あんた、あの魔法陣を、幾何学の法則で分解して、再構築しようとしていたのか……?」


「……っ!」


 俺の指摘に、ボルガは初めて、驚きに目を見開いた。

 まさか、この村の誰にも理解できるはずのない、自分の思考の痕跡を、この異世界の若者に見抜かれるとは思ってもいなかったのだろう。


 彼は、気まずそうに顔をそむけると、吐き捨てるように言った。


「……ふん。くだらん。この世界の非論理的な落書きに、何か法則性でもあれば、と思っただけだ。時間の無駄だったがな」


「時間の無駄じゃない」


 俺は、静かに、だがはっきりと告げた。


「それは、あんたが魔法という『未知の言語』を、あんた自身の『数学』という言語で翻訳しようとしている、ということだ。俺がやろうとしていることと、本質は同じだ」


 俺の言葉に、ボルガは何も言わなかった。

 だが、彼の頑なだった表情が、ほんの少しだけ和らいだのを、俺は見逃さなかった。

 この気難しい天才とも、少しだけ分かり合えたのかもしれない。


 ボルガとの会話で、俺の頭の中のもやもやが、少しだけ晴れた気がした。

 俺は、新しい視点を得るために、工房の外へ出てみることにした。


(エネルギー源……動力……。地脈がダメなら、他を探すしかない。太陽光? 風力? 水力? いや、この世界の技術レベルで、それらを巨大なエネルギーに変換するのは……)


 俺だけが、頭の中で必死に活路を探していた。

 だが、答えは出ない。


 あてもなく、村の中を歩く。


 村人たちは、俺に気づくと、励ますように、だがどこか遠慮がちに声をかけてくれる。その善意が、今はかえって重かった。


 その時だった。


 広場の方から、子供の泣き声が聞こえた。


 見ると、五歳くらいの男の子が、派手にすっ転んで膝を擦りむいてしまったらしい。血が滲んだ膝を抱えて、わんわんと泣いている。


 その子の元に、一人の女性が駆け寄った。リーリエだった。


「あらあら、大丈夫よ。もう泣かないの」


 リーリエは、優しく子供をあやすと、腰の小さな袋から、一枚の緑の葉っぱを取り出した。それを手で揉んで柔らかくすると、子供の膝の傷にそっと貼り付ける。


「痛いの痛いの、飛んでいけ……」


 彼女はそう唱えながら、葉っぱの上から、そっと自分の手のひらを重ねた。

 すると、彼女の手のひらが、ふわりと、温かい光を放った。


(……治癒魔法か?)


 ここまでは、俺も見たことがある。だが、次の瞬間、俺は目を見張った。


 リーリエの手から放たれた光に呼応するように、傷に貼られた葉っぱ自身が、より一層強く、鮮やかな緑色の光を放ち始めたのだ。


 そして、子供の膝の傷は、ただの治癒魔法よりも明らかに速いスピードで、みるみるうちに塞がっていく。


 やがて、泣き止んだ子供が元気に走り去っていくのを見送った後、俺はリーリエに声をかけた。


「今のは……?」


「あ、ケンさん。大したことじゃないんです。ただの『癒やし草』ですよ。傷の治りを少しだけ早めてくれる、気休めみたいなものです」


「だが、あんたは魔法を使っていた。それに、あの葉っぱ、光らなかったか?」


 俺の問いに、リーリエはきょとんとした顔で答えた。


「え? ええ……癒やし草は、少しだけ魔力を流しながら使うと、効果が高まるんです。昔から、そう教わって……」


(魔力を……植物に、直接流し込む……?)


 俺の中で、バラバラだったパズルのピースが、カチリと音を立ててはまる。


(ただの触媒じゃない。リーリエの魔力に、この葉自身が反応していた。まるで、エンジンに燃料を注ぎ込むように。彼女の魔力を『起爆剤』にして、この葉が本来持っている治癒効果を、何倍にも増幅させた……?)


(だとしたら、この葉の内部には、一体どんな仕組みが……? そもそも、なぜこの村の植物は、あんなにも生命力に満ち溢れているんだ……?)


 答えは、すぐそこにあるはずだ。


 俺はリーリエに礼を言うと、逸る心を抑えながら、村の畑へと足を向けた。

 確かめたいことが、できた。




 そこには、俺がこの村に来て、最初に仲間たちと成し遂げた「奇跡」が広がっていた。

 呪われているとさえ言われた不毛の地が、今では青々とした葉を揺らし、生命力に満ち溢れている。


(……そういえば、あの時……)


 俺は、思い出す。

 村の魔法使いが使った、ささやかな魔法。

 俺は、その魔法の術式を【最適化】し、最小の魔力で、最大の効果を引き出した。


(だが、そもそも、なぜ植物が魔法で元気になるんだ? 水や栄養だけじゃない。何か、もっと直接的な、エネルギーのやり取りが、そこには……?)


 俺の頭の中で、バラバラだった思考が、一つの可能性へと収束していく。

 俺は、畑に足を踏み入れると、ひときわ大きく育ったカブの葉を一枚、ちぎり取った。


 手のひらほどの大きさの、瑞々しい緑の葉。

 俺は、それをじっと見つめ、全神経を集中させる。


「――【構造解析】」


 瞬間、俺の視界から現実の色彩が消え、世界が青いワイヤーフレームへと変わる。

 だが、そこに映し出されたのは、石や鉄の、無機質な構造ではなかった。


(なんだ、これは……!?)


 葉の内部に、まるで人間の血管や神経のように、無数に張り巡らされた、極めて繊細で、複雑な青いライン。


 それは、紛れもなく「回路」だった。

 根から吸い上げた微弱な地脈の魔力と、葉が受ける太陽の光。その二つをエネルギー源として取り込み、植物が生きるための、独自のエネルギーへと変換・貯蔵している……。


 自然が生み出した、超精密な、魔力変換プラント。


(……全ての植物が、この機能を持っているのか!?)


 今まで、この世界の誰も気づかなかった、生命の根源的な仕組み。

 俺のスキルが、その秘密を、今、暴き出した。


「……見つけた」


 俺の口から、乾いた声が漏れた。

 俺は、その葉を握りしめると、踵を返し、ドルゴの工房へと全力で走り出した。







「見つけたぞ!」


 俺は、工房の扉を勢いよく開け、絶望に沈む三人の前に、カブの葉を叩きつけた。


「次のエネルギー源は植物だ!」


 俺の唐突な叫びに、三人は、呆気にとられた顔で俺とテーブルの上の葉っぱを交互に見ている。

やがて、最初に我に返ったボルガが、心底呆れかえったように、やれやれと首を振った。


「……小僧。ついに頭がおかしくなったか。次はなんだ、葉っぱで橋を浮かせるつもりか?」


 その皮肉に満ちた言葉に、俺は、狂気と紙一重の、興奮に満ちた笑みを返した。


「その通りだ」

「!?」

「いや、正確には違うな」


「俺の仮説が正しければ、全ての植物は、体内に魔力を蓄えている。問題は、その『質』と『量』だ」


 俺は、工房の隅に置いてあった、ただのまきを一本手に取った。


「だから、実験する。まず、比較対象として、このただの木切れ。そして、ガス、すまないが、さっきリーリエが使っていた『癒やし草』を、根っこごと数本、採ってきてくれないか」

また突拍子もない事を言い出す健介、、、、、、。


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