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15,計測と、衝撃の事実

 リーリエが決断を下してから、一ヶ月が過ぎた。

 あの日から、ドルゴの工房は、俺たち三人の「研究室」と化していた。


 ボルガの描く、常識外れなまでに精密な設計図。

 その要求に応えるため、来る日も来る日も火花を散らすドルゴの槌の音。

 そして、二人の天才が生み出す部品を、俺が【最適化】スキルで最も効率よく組み上げていく。


 意見がぶつかることも一度や二度ではなかった。


「素人が口を出すな!」

「あんたのやり方じゃ、効率が悪すぎる!」


 そんな怒鳴り合いが、工房の日常になった。

 だが、不思議と、その関係は険悪ではなかった。互いの技術を認め合っているからこそ、一切の妥協がない。そのヒリつくような緊張感は、むしろ心地よかった。


 そして今日、俺たちの最初の「作品」が、ついに完成した。


「……できたぞ」


 ドルゴの、かすれているが、誇りに満ちた声。


 テーブルの上に置かれたのは、手のひらサイズの、継ぎ目のない真っ黒な鉄の球体だった。


 側面には、水晶をはめ込んだ小さな覗き窓がある。

 内部には、ドルゴが鍛え上げた髪の毛のように細い針と、リーリエから預かった、村の宝である月光石が、ボルガの計算通り、寸分の狂いもなく設置されている。


 魔力観測装置、プロトタイプ一号機。


「ほう……。まあ、及第点といったところか」


 ボルガは、完成品を様々な角度から眺め、鼻を鳴らす。その口元に、ほんのわずかに満足げな笑みが浮かんでいるのを、俺は見逃さなかった。


「よし、行こう。最初の『計測』だ」







 俺たちは、装置を手に、村はずれの古い祠へと来ていた。


 ここは、村で最も魔力が安定している場所だ。


 リーリエも、心配だったのだろう、俺たちの後をついてきていた。


 ゴクリ、と誰かが唾を飲む音が聞こえる。

 ドルゴも、ボルガも、そしてリーリエも、固唾をのんで、俺が祠の祭壇に装置を置くのを見守っていた。


 俺たちの未来を占う、最初の審判。


 一秒が、永遠のように長い。

 しん、と静まり返った空気の中、変化は、訪れた。


「……光った」


 リーリエの、囁くような声。

 覗き窓の奥、暗闇の中心で、月光石が、ほのかに、しかし確かに、青白い光を放ち始めたのだ。

 そして、それまで微動だにしなかったドルゴの鍛えた針が、すーっ、と滑るように動き出し、目盛りの一つの上を、寸分の狂いもなく指し示した。


 成功だ。

 俺たちは、この世界で初めて、「魔法」という曖昧な現象を、「数値」として捉えることに成功したのだ。


「はっ……ははは! どうだ、見たか! 俺の腕にかかれば、こんなもんだ!」


 ドルゴが、我慢しきれず、子供のようにはしゃいでいる。

 リーリエの瞳も、安堵と喜びに潤んでいた。


 だが、俺だけが笑えなかった。

 手帳に、計測された数値を書き留め、そこに橋の設計に必要なエネルギー量を並べていく。

 そして、弾き出された答えに、俺は顔から血の気が引くのを感じた。


「ケンさん……?どうかしましたか? 計測は、成功したのですよね……?」


 俺の異変に気づいたリーリエが、心配そうに尋ねる。

 ドルゴとボルガの視線も、俺に突き刺さった。


 俺は、乾いた唇を舐めると、絞り出すように言った。


「……ああ、計測は成功だ。装置は完璧に機能した。だが……」


 俺は、手帳の計算結果を、三人に突きつけた。


「この数値は……俺たちの橋を浮かせるのに必要なエネルギーの、百分の一にも満たない」


「……は?」


 ドルゴの間の抜けた声が、静寂に響いた。


「どういうことだ、ケン」

「言葉通りの意味だ。この土地の地脈から得られる魔力は、俺たちの想像を遥かに下回っていた。このエネルギー量じゃ、橋を浮かせるどころか、石ころ一つ、まともに浮かせ続けられるかどうか……」


 つまり、こういうことだ。

 俺たちは、最高の温度計を作り上げ、そして、目の前の水が「氷点下」であることを、正確に知ってしまったのだ。


「そん、な……」


 リーリエの顔が、絶望に染まっていく。


「くそっ! あれだけ苦労して、これが結果だってのかよ!」


 ドルゴが、悔しそうに地面を蹴りつけた。


 そして、それまで黙っていたボルガが、自嘲するように、乾いた笑いを漏らした。


「……はっ。やはり、そうか。机上の空論だったというわけだ。浮遊橋……魔法工学……。美しい夢だったがな。どうやら、俺たちは、少しばかり夢を見すぎていたらしい」


 ボルガの自嘲気味な言葉が、とどめだった。

 プロジェクトは、開始早々に、そして完全に、暗礁に乗り上げた。

 リーリエは唇を噛み締め、ドルゴは悔しそうに地面を見つめ、ボルガは天を仰いでいる。

誰もが、うつむいていた。


 だが、俺だけは、まだ手帳から目を離さずにいた。


 そこに書かれているのは、確かに「絶望的な数値」だ。

 だが、それは同時に、俺たちが初めて自らの手で手に入れた、信頼できる「データ」でもあった。


 俺は、顔を上げた。絶望に染まる三人の顔が見える。


「勘違いするな」


 俺の静かな声に、三人がハッと顔を上げる。


「実験は、失敗したんじゃない。大成功だ」

「ケン……?何を言って……」


 困惑するリーリエに、俺は手帳の数値を指し示して、ニヤリと笑った。


「俺たちは、『この土地の地脈だけでは、エネルギーが全く足りない』という、最も重要な答えを手に入れた。問題点が一つ、明確になったんだ。なら、やることは決まってる」


 俺は、パン、と大きな音を立てて手帳を閉じた。

 その音が、沈黙を破る合図だった。


「次だ。次のエネルギー源を探せばいい。それだけのことだ」


 俺のその言葉に、三人の目が、わずかに見開かれる。

 絶望の淵で、彼らの瞳に、ほんの小さな、信じられないものを見るような光が宿った。


 そうだ。終わりじゃない。始まったばかりだ。


「さて、と。『希望のコンテニュー』だよ」

最後のセリフ、聞き覚えがある人もいるんじゃないでしょうか。


続きが気になる!と思ってくださったそこのあなた。

感想、星、ブックマーク、ぜひぜひお願いいたします。


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