14,魔力解析装置
前半だけ、時間を遡ってます。
「――人工的に、似た性質を持つ素材を創り出せるかもしれない」
俺の言葉に、ボルガとドルゴの、二人の偉大な技術者が、呆れながらもその目には確かな探求心の光を宿した。
よし、方向性は決まった。あとは、最初の「サンプル」となる、本物の月光石だけだ。
だが、その肝心なものが……。
俺が次の言葉を探していると、それまで黙って考え込んでいたリーリエが、意を決したように、強く顔を上げた。
「……カケラ、なら……あります」
「えっ!?」
俺とドルゴ、そしてボルガまでもが、驚いてリーリエを見た。
「父が、そのまた父から受け継いできた、この村の『お守り』です。小さなペンダントの先に、本当に小さな月光石が……」
「リーリエ、よせ!」
リーリエの言葉を、ドルゴの鋭い声が遮った。その声には、彼女を気遣うが故の、焦りが滲んでいた。
「そりゃ無茶だ! あれは代々の村長が受け継いでこられた、村の宝! いわば村の魂そのものだ! それを、たとえどんなに重要で、可能性がある研究であろうと、俺たちが安易に手出ししていいもんじゃねえ!」
村の伝統を重んじるドルゴが、必死に反対する。
俺も、すぐに割って入った。
「ドルゴの言う通りだ、リーリエ。それは使えない。村の宝に、俺のわがままを付き合わせるわけにはいかない。他の方法を探そう。時間はかかるかもしれないが……」
「いいえ!」
リーリエは、俺たちの反対を、凛とした強い声で遮った。
その真っ直ぐな瞳が、俺とドルゴを射抜く。
「宝とは、箱の中でただ眠っているものではありません。村が滅びてしまえば、魂も歴史も、すべて意味がなくなるんです! もし、この石が村の未来を拓くきっかけになるのなら……それこそが、このお守りの本当の役目だと、私は信じます」
彼女は、一度そこで言葉を切ると、今度は俺の目をじっと見つめて、こう続けた。
「これは、私の、村長代理としての決断です。ケンさん、お願いします。この石を使って、私たちの未来を、拓いてください」
その姿に、ドルゴはもう何も言えなかった。ただ、悔しそうに唇を噛み締めている。
俺は、リーリエの覚悟を、そして、この村が背負っているものの重さを、改めて受け止めた。
(この石は、もうただのお守りじゃない。この村の未来そのものだ。そして、リーリエは、その未来を俺に託そうとしている)
ただの技術者として、無責任に「分かった」とは言えない。
この決断の重さを、俺が背負わなければならない。
「……分かった。リーリエ」
俺は、彼女の目を真っ直ぐに見て言った。
「その宝、確かに預かる。必ず、あんたたちの未来に繋げてみせる。約束する」
それが、俺にできる、唯一の返事だった。
「その装置で、まずは安定した魔力を持つ場所――例えば、以前見つけた古い祠のあたりで、基準となる魔力単位を定める。そうだな……1『リーリエ』とでも名付けようか」
「……へっ!?」
俺がにやりと笑うと、リーリエが素っ頓狂な声を上げて顔を真っ赤にした。
俺が提示したのは、思いつきの戯言じゃない。
問題点の定義、仮説の設定、装置の開発、そして実験による検証。
科学的アプローチに基づいた、具体的な研究開発計画だった。
俺のプレゼンを聞き終えたボルガは、しばらく腕を組んで黙り込んでいた。
やがて、重々しく口を開く。
「……ふん、素人考えだが、悪くない。だがその魔力の数値等やらを指し示すその針、ただの合金では魔力に干渉される。絶縁体として、先日あんたたちが追い払った『土喰らい』の甲羅の粉末を塗布する必要があるだろう」
「知ってたのか!」
ボルガの発したそれは、否定の言葉ではなかった。
俺の計画の穴を的確に指摘し、改善案まで提示してきた。
この瞬間、俺たちの間に、見えない固い握手が交わされたのを、確かに感じた。
◇
翌日。ドルゴの工房が、俺たちの「研究室」になった。
リーリエが、小さな桐の箱を、テーブルの上にそっと置く。中には、古びた銀の鎖がついたペンダントが、静かに横たわっていた。
その先端で、米粒の半分にも満たない、小さな青白い石が、ぼんやりと光を放っている。
これが、月光石……。
そして、この村の希望と、リーリエの決意の結晶。
俺は、細心の注意を払ってペンダントから石を外すと、スキル【構造解析】を発動させた。
脳内に流れ込んできたのは、これまで見たどんな鉱石とも違う、極めて複雑で、規則正しい結晶構造。魔力を吸収し、光エネルギーに変換するための、自然が生み出した完璧なシステムだ。
「……すげえな」
思わず、感嘆の声が漏れた。
「よし、設計を始める」
俺は、スレート(石板)の上に、炭で装置の設計図を描き始めた。
「この月光石を、魔力に対する『センサー』として使う。問題は、石が発する微弱な光を、どうやって『数値』として読み取るかだ」
俺が基本的な構想を説明すると、それまで黙って腕を組んでいたボルガが、俺の手から炭をひったくった。
「素人考えだな。その設計では、外部の光や熱で誤差が出る。筐体は、光も熱も通さない、完全な球体である必要がある。そして、石は内部の寸分違わぬ中心に固定しなければ、正確な計測はできん」
ボルガは、俺が描いたラフな図面を、瞬く間に、洗練された工業製品の設計図へと描き変えていく。
その設計図を、今度はドルゴが覗き込んだ。
「……ふん。継ぎ目のない鉄の球体に、髪の毛ほどの細い針を、中で寸分の狂いもなく吊るせ、だと? 無茶を言う。……だが、面白え」
ドルゴの口元に、挑戦的な笑みが浮かぶ。
「三日だ。三日くれりゃあ、アンタらの度肝を抜く代物を、作って見せてやる」
こうして、俺、設計のボルガ、製作のドルゴ――による、世界初の共同作業が始まった。
夜。
ドルゴの工房は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
俺は、一人、机の上の設計図を眺めながら、これからの手順を頭の中で整理していた。ボルガの描く線は、やはり天才的だ。これを形にするのは、骨が折れるだろう。だが――。
(……面白い)
最高の仲間と、最高の難題。
技術者として、これほど胸が躍る状況はない。
「ケンさん、まだ起きていらしたのですね」
不意に、背後から優しい声がした。
振り返ると、リーリエが、木の盆に二つのカップを乗せて、静かに立っていた。
「お疲れでしょう。眠りを助ける効果のある、温かい薬草茶を淹れてきました」
「ああ、ありがとう。助かるよ」
俺が礼を言うと、彼女は俺の向かいの椅子に、そっと腰を下ろした。
薬草茶の、心が安らぐ香りが、工房にふわりと広がる。
「……今日のこと、本当にありがとうございました。私のわがままに、付き合ってくださって」
リーリエは、カップを両手で包み込みながら、ぽつりと言った。村の宝を使ったこと、まだ気にしているのだろう。
「リーリエのわがままじゃないよ。全部俺が始めたことだ。それに、俺のわがままのためにそこまでの覚悟を示してくれて、本当に感謝してる」
「……はい」
しばらく、二人、言葉もなく薬草茶をすする。
やがて、リーリエは、俺の顔をじっと見つめると、少し恥ずかしそうに、でも、はっきりとした声で言った。
「ケンさんを見ていると、いつも、胸が熱くなるんです」
「え?」
「無理だ、と誰もが諦めてしまうような、高い壁を前にしても、ケンさんは決して下を向かない。どうすれば越えられるか、それだけを考えて……なんだか、楽しんですらいるように見えます」
彼女の瞳は、真っ直ぐだった。
「その姿が、とても……眩しくて。輝いて見えて。だから、私も、諦めたくないって、強く思えるんです」
リーリエは、そこで一度言葉を切ると、はにかむように、最高の笑顔を見せた。
「だから、どうか、一人で背負わないでくださいね。ケンさんの挑戦は、もう、村みんなの挑戦です。私にできることがあれば、本当に、何でも言ってください。ずっと、ずっと、応援していますから」
俺は、その真っ直ぐな言葉に、少しだけ面食らってしまった。
いつも、どこか遠くの目標ばかりを見ていた。だが、こんなに近くで、俺のことを見て、応援してくれる人がいる。
ああ、そうか。
俺は、一人じゃないんだ。
込み上げてくる、なんとも言えない温かい感情。
俺は、照れ臭さを隠すように、薬草茶をぐいっと飲み干すと、彼女に向かって、精一杯の笑顔で言った。
「……ありがとう、リーリエ。その言葉が、何よりの力になるよ」
月明かりが差し込む工房で、俺たちの間には、穏やかで、確かな時間が流れていた。
この村の未来を賭けた、壮大な研究開発の、本当の始まりだった。
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