13,擁壁の完成と希望
ボルガの問い。
それは、俺を試すような、挑戦的な響きを持っていた。
「……小僧。お前の言う『解析』とやらで、まず、何を調べる。最初の実験の計画を、聞かせろ」
俺は、待ってましたとばかりに口を開いた。
「もちろん、魔力そのものだ。不安定で信頼できないと言うが、それは、誰もそいつの『性質』を正確に測ってこなかったからだ。だから、最初のステップは、魔力を定量化し、計測するための装置作りから始める」
「装置だと?」
「ああ。例えば、魔力に反応して光る性質を持つ鉱石はあるか?」
「それでしたら、月光石などがありますが、でも、それは……」
「リーリエ、それはあまりにも非現実的だと思うぞ。ケン、冗談にもならん。月光石だぞ? 王様の冠に、米粒ほどの大きさが飾られてるってだけの、おとぎ話に出てくるような宝石だ。手に入るわけがねえ」
ドルゴの言う通りなのだろう。リーリエの顔も、非現実的な話をしてしまった、と申し訳なさそうに曇っている。
「いや、巨大なものである必要はないんだ。ほんの砂粒一つでもいい。現物があれば、【構造解析】でその原理を突き止められる。なぜ魔力に反応するのか、その構造さえ分かれば、あるいは――」
俺は、ボルガとドルゴ、二人の技術者に向かって言った。
「――人工的に、似た性質を持つ素材を創り出せるかもしれない」
「……ほう」
それまで腕を組んで黙っていたボルガが、初めて面白そうに片眉を上げた。
「宝石を創る、だと? 小僧、お前の言うことは、いちいちスケールがでかすぎるんだ。だが……面白い。もし本当にそんなことができれば、この俺が歴史の証人になってやろう」
「はっ、創る、ね。お前さんといると、常識なんざ、いくらあっても足りやしねえ。だが……退屈だけはしねえな。いいだろう。もし本当に、人の手で宝石まで創るってんなら、俺もその無謀な企みに、乗ってやる」
二人の技術者が、呆れながらも、その目には確かな探求心の光を宿している。
よし、方向性は決まった。あとは、最初の「サンプル」だけだ。
だが、その肝心なものが……。
俺が次の言葉を探していると、それまで黙って考え込んでいたリーリエが、意を決したように、強く顔を上げた。
「……カケラ、なら……あります」
「「えっ!?」」
◇
俺とボルガが、帰りの道中で「魔力観測装置」の設計思想について、周りを置き去りにして専門用語まみれの議論を戦わせている間に、俺たちは崖崩れの現場へと帰ってきた。
そこで俺たちが見たのは、驚くべき光景だった。
「おお……!」
「壁が……壁ができてる!」
リーリエとドルゴが、感嘆の声を上げる。
あれほど絶望的だった崖崩れの麓に、俺が指示した通りの、巨大で頑丈な土嚢の擁壁が、そのほとんどを完成させていたのだ。
そして、その壁の上で、村人たちに指示を飛ばしているのは、ガスだった。
以前の彼とは、まるで別人のように、その声には自信と、リーダーとしての責任感が満ちている。
ちょうどその時。
積み上げられた土嚢の一部が、ぐらり、と不自然に揺れた。
「――待て! そこ、荷重が偏ってる! 二番班、すぐに右側に土嚢を三つ追加! 一番班は、一度手を止めて、そこから離れろ!」
ガスの、鋭く、的確な指示が飛ぶ。
村人たちは、その声に少しの迷いもなく、一糸乱れぬ動きで対応し、危険の芽を未然に摘み取ってしまった。
ケンが不在の間、彼が現場の指揮官として、どれだけ真剣にこの仕事に向き合ってきたかが、その一連の動きだけで痛いほど伝わってきた。
俺は、その光景に満足して、静かに頷いた。
やがて、俺たちに気づいたガスが、壁の上から駆け下りてくる。
その顔は、泥と汗で汚れていたが、達成感で輝いていた。
「ケンさん! リーリエ、ドルゴさん! おかえりなさい!」
まずは俺たち三人に駆け寄って来たガスだったが、報告しながらも、その視線は俺たちの後ろに立つ、見慣れない男へと注がれていた。
(誰だ……このおっさん……? ケンさんたちが探しに行くと言っていた、伝説の技師……? まさか、本当にいたのか……?)
ガスは、ごくりと唾を飲むと、おずおずと、その男――ボルガに向かって口を開いた。
「もしかして……『廃採石場の変人』……ボルガ……様、で、いらっしゃいますか……?」
俺がこくりと頷くと、ガスは「す、すげえ……!」と、子供のように目を輝かせた。
それから、はっとして背筋を伸ばすと、改めて俺たちに向き直る。
「報告します! 擁壁の基礎工事、全体の九割が完了しました。明日中には、全て終わる見込みです!」
それは、友人の言葉ではない。
現場の責任者から、プロジェクトの責任者への、完璧な「報告」だった。
俺は、ガスの肩を、力強くパンと叩いた。
「たいしたもんだ、ガス。もう、りっぱな現場監督だな」
「へへ……へへへっ!」
ガスは、子供のように、だが最高に誇らしげに笑った。
◇
夕暮れ。
完全に組み上がった擁壁の上に立ち、俺たちは、その先の谷間を見つめていた。
第一段階は、終わった。
村人たちの手で、未来へ繋がる最初の足場が、確かに築かれたのだ。
俺は、隣に立つ、仏頂面だが、その目には確かな探求心の光を宿した、新しい仲間に声をかけた。
「さて、ボルガさん。これで、俺たちの『実験室』の準備は整ったわけだ」
ボルガは、ふん、と鼻を鳴らす。
「勘違いするな、小僧。仕事は、始まったばかりだ。……まずは、あのトカゲの甲羅を手に入れてこい。話は、それからだ」
そのぶっきらぼうな言葉が、これから始まる、途方もなく困難で、最高に面白い日々の、始まりの合図だった。
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