表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/37

13,擁壁の完成と希望

 ボルガの問い。

 それは、俺を試すような、挑戦的な響きを持っていた。


「……小僧。お前の言う『解析』とやらで、まず、何を調べる。最初の実験の計画を、聞かせろ」


 俺は、待ってましたとばかりに口を開いた。


「もちろん、魔力そのものだ。不安定で信頼できないと言うが、それは、誰もそいつの『性質』を正確に測ってこなかったからだ。だから、最初のステップは、魔力を定量化し、計測するための装置作りから始める」


「装置だと?」


「ああ。例えば、魔力に反応して光る性質を持つ鉱石はあるか?」


「それでしたら、月光石などがありますが、でも、それは……」


「リーリエ、それはあまりにも非現実的だと思うぞ。ケン、冗談にもならん。月光石だぞ? 王様の冠に、米粒ほどの大きさが飾られてるってだけの、おとぎ話に出てくるような宝石だ。手に入るわけがねえ」


 ドルゴの言う通りなのだろう。リーリエの顔も、非現実的な話をしてしまった、と申し訳なさそうに曇っている。


「いや、巨大なものである必要はないんだ。ほんの砂粒一つでもいい。現物があれば、【構造解析】でその原理を突き止められる。なぜ魔力に反応するのか、その構造さえ分かれば、あるいは――」


 俺は、ボルガとドルゴ、二人の技術者に向かって言った。


「――人工的に、似た性質を持つ素材を創り出せるかもしれない」


「……ほう」


 それまで腕を組んで黙っていたボルガが、初めて面白そうに片眉を上げた。


「宝石を創る、だと? 小僧、お前の言うことは、いちいちスケールがでかすぎるんだ。だが……面白い。もし本当にそんなことができれば、この俺が歴史の証人になってやろう」


「はっ、創る、ね。お前さんといると、常識なんざ、いくらあっても足りやしねえ。だが……退屈だけはしねえな。いいだろう。もし本当に、人の手で宝石まで創るってんなら、俺もその無謀な企みに、乗ってやる」


 二人の技術者が、呆れながらも、その目には確かな探求心の光を宿している。

 よし、方向性は決まった。あとは、最初の「サンプル」だけだ。

 だが、その肝心なものが……。


 俺が次の言葉を探していると、それまで黙って考え込んでいたリーリエが、意を決したように、強く顔を上げた。


「……カケラ、なら……あります」


「「えっ!?」」







 俺とボルガが、帰りの道中で「魔力観測装置」の設計思想について、周りを置き去りにして専門用語まみれの議論を戦わせている間に、俺たちは崖崩れの現場へと帰ってきた。


 そこで俺たちが見たのは、驚くべき光景だった。


「おお……!」

「壁が……壁ができてる!」


 リーリエとドルゴが、感嘆の声を上げる。

 あれほど絶望的だった崖崩れの麓に、俺が指示した通りの、巨大で頑丈な土嚢の擁壁が、そのほとんどを完成させていたのだ。


 そして、その壁の上で、村人たちに指示を飛ばしているのは、ガスだった。

 以前の彼とは、まるで別人のように、その声には自信と、リーダーとしての責任感が満ちている。


 ちょうどその時。

 積み上げられた土嚢の一部が、ぐらり、と不自然に揺れた。


「――待て! そこ、荷重が偏ってる! 二番班、すぐに右側に土嚢を三つ追加! 一番班は、一度手を止めて、そこから離れろ!」

 

 ガスの、鋭く、的確な指示が飛ぶ。

 村人たちは、その声に少しの迷いもなく、一糸乱れぬ動きで対応し、危険の芽を未然に摘み取ってしまった。


 ケンが不在の間、彼が現場の指揮官として、どれだけ真剣にこの仕事に向き合ってきたかが、その一連の動きだけで痛いほど伝わってきた。


 俺は、その光景に満足して、静かに頷いた。


 やがて、俺たちに気づいたガスが、壁の上から駆け下りてくる。

 その顔は、泥と汗で汚れていたが、達成感で輝いていた。


「ケンさん! リーリエ、ドルゴさん! おかえりなさい!」


 まずは俺たち三人に駆け寄って来たガスだったが、報告しながらも、その視線は俺たちの後ろに立つ、見慣れない男へと注がれていた。


(誰だ……このおっさん……? ケンさんたちが探しに行くと言っていた、伝説の技師……? まさか、本当にいたのか……?)


 ガスは、ごくりと唾を飲むと、おずおずと、その男――ボルガに向かって口を開いた。


「もしかして……『廃採石場の変人』……ボルガ……様、で、いらっしゃいますか……?」


 俺がこくりと頷くと、ガスは「す、すげえ……!」と、子供のように目を輝かせた。

 それから、はっとして背筋を伸ばすと、改めて俺たちに向き直る。


「報告します! 擁壁の基礎工事、全体の九割が完了しました。明日中には、全て終わる見込みです!」


 それは、友人の言葉ではない。

 現場の責任者から、プロジェクトの責任者への、完璧な「報告」だった。


 俺は、ガスの肩を、力強くパンと叩いた。


「たいしたもんだ、ガス。もう、りっぱな現場監督だな」

「へへ……へへへっ!」


 ガスは、子供のように、だが最高に誇らしげに笑った。







 夕暮れ。

 完全に組み上がった擁壁の上に立ち、俺たちは、その先の谷間を見つめていた。

 第一段階は、終わった。

 村人たちの手で、未来へ繋がる最初の足場が、確かに築かれたのだ。


 俺は、隣に立つ、仏頂面だが、その目には確かな探求心の光を宿した、新しい仲間に声をかけた。


「さて、ボルガさん。これで、俺たちの『実験室』の準備は整ったわけだ」


 ボルガは、ふん、と鼻を鳴らす。


「勘違いするな、小僧。仕事は、始まったばかりだ。……まずは、あのトカゲの甲羅を手に入れてこい。話は、それからだ」


 そのぶっきらぼうな言葉が、これから始まる、途方もなく困難で、最高に面白い日々の、始まりの合図だった。

続きが気になる方!ぜひブックマークと星評価をおねがいします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ