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12,伝説の変人と浮く橋

「――詳しく聞かせてくれないか。その男のこと、知ってる全てを」


 俺の目に宿った熱を、仲間たちは敏感に感じ取ったようだった。

 その夜、俺たちは改めて焚き火を囲み、リーリエとドルゴから、その「廃採石場の変人」について聞いた。


 男の名は、ボルガ。


 二十年以上前、国がこの地に巨大な橋を架けるという一大プロジェクトのために、王都から派遣されてきた天才技師。


 しかし、理由は不明だが、計画は中止。国も、技師たちも、皆この地を去った。

 ただ一人、ボルガだけを残して。


「とにかく、気難しい人だったと聞いています。自分の仕事に絶対の自信を持っていて、少しでも口を出すと、相手が貴族だろうが怒鳴りつけたとか……」


「ふん、職人なんざ、それくらい気骨がある方がいいってもんだがな」


 リーリエの言葉に、ドルゴが少しだけ共感するように鼻を鳴らす。


「よし、決めた。明日、そのボルガという男に会いに行ってみる」


 俺の決断に、ガスが「俺も行くぜ!」と勢いよく手を上げたが、俺はそれを制した。


「いや、ガスは村に残って、擁壁作りの指揮を頼む。お前なら、もう任せられるだろ?」

「えっ、俺が……指揮?」

「ああ。リーダーがいつまでも現場に張り付きじゃ、下の人間が育たないからな」


 俺がニヤリと笑うと、ガスは一瞬戸惑った後、「……へへっ、任せとけって!」と誇らしげに胸を張った。


 こうして翌朝、俺と、村の代表であるリーリエ、そして古い事情に詳しそうなドルゴの三人で、廃採石場へと向かうことになった。







 村から半日ほど歩いただろうか。

 道は険しくなり、人の気配は完全に消えた。

 まるで世界から拒絶されたような、静かで、荒涼とした土地だ。


「……なんだ、これは?」


 不意に、俺は足を止めた。

 道の脇に、何気なく置かれた石の道標。風化して刻まれた文字は読めないが、その「切り口」が尋常ではなかった。


 まるで、硬い岩を豆腐のように、スパッと正確に断ち切っている。


(この仕事……ミリ単位の狂いも許さない、執念のような精度だ。噂の技師、か。とんでもない偏屈(へんくつ)か、本物の天才か……あるいは、その両方か)


 俺が石に触れていると、ドルゴが言った。


「ここら一帯が、昔、国が管理してた採石場だ。ここで切り出した石で、橋を架けるはずだったらしい」


 やがて、俺たちの目の前に、巨大なクレーターのような空間が広がった。


 垂直に切り立った、美しい岩壁。人の手でこれほどの景色が作れるものなのか。


 そして、その広大な採石場の中心に、ぽつんと一軒だけ、石造りの家が建っていた。

 家、というよりは、作りかけの彫刻作品のような、奇妙で、いびつで、だがどこか強烈な意志を感じさせる建物だった。


 俺たちが家に近づくと、ギィ、と重い扉が開いた。

 現れたのは、年の頃は五十前後だろうか。無精髭を生やし、作業着は汚れ、髪はボサボサ。

 だが、その瞳だけが、剃刀のように鋭く、俺たちを射抜いていた。


(……この男が、ボルガか)


 空気が、ピリッと張り詰める。


 一歩前に出たリーリエが、深々と、丁寧に頭を下げた。


「突然の訪問、申し訳ありません。私、この先の村で村長代理をしております、リーリエと申します。こちらにいらっしゃるという、高名な技師のボルガ様にお願いがあり、参りました」


「……」


 ボルガは、何も答えない。ただ、品定めをするような目で、俺たちを上から下まで眺めている。

 リーリエは、勇気を振り絞って続けた。


「崖崩れで道が寸断され、村が孤立しております。どうか、お力をお貸しいただけないでしょうか。谷に、橋を……」


「――断る」


 リーリエの言葉を遮って、ボルガは冷たく、吐き捨てるように言った。

 その声には、何の感情もこもっていない。


「……橋? この俺に、寂れた街の、間に合わせの橋を架けろ、だと?」


 ボルガは、心の底から馬鹿にするように、乾いた笑いを漏らした。


「帰れ。俺は、美しくない仕事はしない。それに、お前たちのような貧乏村に、俺の『作品』の対価が払えるはずもなかろう」


 彼は、もう俺たちに興味を失ったとばかりに、くるりと背を向け、家の中に戻ろうとする。


「待て、あんた!」


 ドルゴが思わず声を荒げるが、ボルガは足を止めようともしない。

 万事休すか。

 いや、まだだ。


「――橋の構造が、あんたの芸術的感性を満たすものだとしたら?」


 俺は、静かに、だがはっきりと通る声で言った。

 ボルガの足が、ピタリと止まる。


「橋桁は、魔法で強化したミスリル銀で編み上げた、優美な曲線を描くアーチ。橋の床板には、あんたの精巧な技術を使って切り出された滑らかな石のタイルを敷き詰める。欄干には、風が通り抜けるたび、美しい音色を奏でる風鳴石の彫刻を……」


「!」


 俺が口にしたのは、この場で【最適化】のスキルが導き出した、この世界の素材と魔法、そして最高の技術を組み合わせた、最も幻想的で、最も美しい橋の設計思想だった。


「現実的には不可能な構造も、魔法で補強すれば可能になる。物理法則と魔法法則が完璧な調和で融合した、機能的でありながら、一つの芸術品として成立する橋。……そういう『作品』なら、あんたの食指も動くんじゃないか?」


 ボルガがゆっくりと、こちらを振り返った。

 あるのは、初めて見る「獲物」に対する、飢えた獣のような、ギラギラとした光だった。


 俺が言い放った、あまりに突飛な橋の構想。

 それに最初に反応したのは、隣で固まっていたリーリエとドルゴだった。


「は、橋を……浮かせる……?」

「おいおいケン、いくらなんでもそりゃ……」


 二人が唖然とする中、俺の言葉を聞いて背を向けたまま固まっていたボルガが、ゆっくりとこちらに振り返った。


 やがて、彼の肩がぷるぷると震えだす。


「ぷっ……く、くく……」


 そして、次の瞬間。


「はーっはっはっは! 小僧、面白い冗談を言う! 今日の晩飯は、その話で笑わせてもらうとしよう!」


 ボルガは、腹を抱えて大笑いした。

 完全に、こちらの正気を疑っている者の、侮蔑と憐憫に満ちた笑い声だった。


「魔法で橋を浮かせる、だと? 寝言は寝て言え。いいか、小僧。魔法なんぞ、所詮はまやかしだ。気まぐれで、不安定で、信頼性のかけらもない。そんな不確かなものを、人の命を預かる建造物の基礎に据えるなど、技師を名乗るのもおこがましい!」


 ボルガは、指を一本立てて、俺に説教を始める。


「真の『美』とはな、物理法則という絶対的な制約の中で、知恵と技術の限りを尽くして生み出すものだ! 重力に抗い、張力と圧縮の均衡を極限まで突き詰めた時、そこに魂が宿る! そんなことも分からんとは、やはり素人はこれだから困る!」


 ああ、やはりな。

 この男は、筋金入りの「物理法則至上主義者」だ。


 リーリエとドルゴの顔に、「ああ、もうダメだ」という絶望の色が浮かぶ。


 だが、俺は落ち着いていた。

 

「その通りだ」

「何?」


 俺が静かに肯定すると、ボルガは意外そうな顔をした。


「あんたの言う通り、今の魔法は不安定で、信頼性がない。だから、建造物の基礎になんて使えない。……今はな」


 俺は、ボルガの目を真っ直ぐに見つめた。


「だったら、変えればいい」

「何を変えると言うんだ」


「魔法、そのものをだ。あんたたち技術者が、石や鉄を加工して、信頼できる『建材』に変えてきたように、俺たちも魔法を加工して、信頼できる『技術』に変えるんだ」


「昔、俺の故郷じゃ、雷は神の怒りだと恐れられていた。予測不能で、破壊の力でしかなく、誰もがどうすることもできなかった」


「それがどうした」


「だがある時、一人の人間が『そいつの正体を調べてみよう』と考えた。彼は研究し、実験を重ね、ついに雷の正体を解き明かし、それを(ぎょ)する方法を見つけ出した。今じゃ、俺たちの世界は、その『神の怒り』の力で、夜でも真昼のように明るくなる」


 俺は、目の前の天才技師に、俺が持つ最大の武器をプレゼンする。


「魔法も、今のあんたたちにとっては『雷』なんだ。だが、俺には分かる。あれは、ただの現象じゃない。明確なルールと、エネルギーの流れを持つ、解析可能な世界の理だ。俺のスキル【構造解析】は、その正体を暴くことができる」


 俺は、自分を指さし、そしてボルガを指さした。


「俺は、魔法の『ルール』を解き明かせる。だが、それをどう応用し、どう形にするか、という建築の知識はない。逆にあんたは、最高の建築理論を持っているが、魔法という未知の素材をどう扱えばいいか知らない」


「…………」


「だから、手を組まないか、と言っている。あんたの持つ最高の『建築学』と、俺の持つ『解析能力』。この二つを組み合わせれば、何が起きる? 俺たちは、この世界で初めて、『魔法工学』という新しい学問の発明者になれるんだ」


 俺は、手帳を開き、そこに幻想的な橋の絵を描いて見せた。


「これは、まだただの理想だ。論理もなければ、計算式もない。ただの絵空事だ。だがな、ボルガさん。俺たち二人が組めば、この絵空事を『現実』に変えるための研究ができる。毎日、実験し、計測し、失敗し、また試す。その果てに、この橋が完成した時、それはただの橋じゃない。俺たちが生み出した、新しい時代の『最初の作品』になるんだ」


 俺は、ボルガに問いかける。


「あんたは、自分の知っている常識の中で、完璧な作品を造り続けてきた。だが、満足しているのか? 常識の外側に、まだ見ぬ『美』の可能性があるとしたら、それを探求してみたいとは思わないか?」


 沈黙が、場を支配した。

 リーリエもドルゴも、固唾をのんで俺たちのやり取りを見守っている。


 やがて、ボルガは、俺の手から手帳をひったくるように受け取った。

 その目は、俺が描いた非現実的な橋の絵に、釘付けになっている。


 もはや、そこに侮蔑の色はない。

 あるのは、技術者としての、純粋な探究心と、己の常識を破壊されることへの、畏れと……そして、歓喜の入り混じった、複雑な光だった。


 長い、長い沈黙の後。


 ボルガは、顔を上げると、一つの質問を口にした。


「……小僧。お前の言う『解析』とやらで、まず、何を調べる。最初の実験の計画を、聞かせろ」


 それは、承諾の言葉ではなかった。

 だが、俺には分かった。


 この瞬間、世界で最も気難しい天才が、俺の「研究仲間」になったのだということが。



さすがの私も、ケンの主張に腰を抜かしました。

彼、このあとどうするんでしょうね、、、。

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