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10,現場の下見

「――さて、仕事の時間だ」


 俺の言葉に、絶望に固まっていた三人がハッと顔を上げた。


 無理もない。目の前の光景は、まるであまりに巨大な「壁」だ。


 だが、どんな壁にも、必ず崩すための「きっかけ」というものがある。


「まずは、二次災害を防ぎつつ、安全な作業スペースを確保する。そのために、ここに巨大な擁壁(ようへき)を造る」


 俺は、手前の崩れやすい斜面を指さした。


擁壁(ようへき)、ですか……? ですが、材料となるような大きな石も、木も……」


 不安そうなリーリエに、俺は笑いかける。


「石も木もいらない。使うのは、そこら中に無限にあるものだ。――土だよ」

「土?」

「ああ。『土嚢(どのう)』という技術を使う。頑丈な袋に土を詰めて、それを積み上げて壁にするんだ」


 俺がしゃがんで、地面に簡単な図を描いて説明すると、ガスが感心したように声を上げた。


「へえ! 袋に土を詰めるだけで壁になるのか! すげえ!」

「だが、その『頑丈な袋』とやらをどうするんだ? それも、何千何万と必要になるんだろう?」


 ドルゴの現実的な指摘に、俺は頷く。


「その通りだ。だから、最初の仕事は、最高の土嚢(どのう)作りだ。何か、この辺りで採れる丈夫な植物はないか?」


 俺が尋ねると、リーリエがポンと手を打った。


「それなら、南の湿地に生えている『ギシギシ草』がいいかもしれません! とても丈夫で、水にも強いんです!」


「ああ! あの草なら、俺がガキの頃からロープ作りとかで使ってたぜ! 任せろ、すぐにどこに群生してるか見てくらあ!」


 ガスは言うが早いか、森の中へと駆け出していった。若さってのは、いいもんだな。







 数時間後、村の広場は、即席の「土嚢工房」と化していた。

 ガスが見つけてきたギシギシ草が、小山のように積まれている。


「ふむ、確かに丈夫な草だ。だが、このままじゃ湿気ですぐに腐り始めるぞ」


 ドルゴは、職人の目で草を鑑定すると、工房から持ってきた大鍋を指さした。


「あの鍋で、森にいる『油猪(あぶらいのしし)』の脂と一緒に煮込む。そうすりゃ防水性が増して、十年はもつ代物になるはずだ」


「油猪……?」


「ああ、脂っこくて食えたもんじゃないが、武具の手入れなんかにゃ重宝する魔物だ」


 なるほどな。異世界ならではの知恵ってわけか。

 早速、村の男たちが油猪の狩りと、大鍋の準備に取り掛かる。

 女たちは、山と積まれたギシギシ草を、慣れた手つきで編み始めた。

 俺も、その輪に加わる。


「うーん、この草、硬くてなかなか編めないわねえ……」


 一人の女性が苦戦しているのを見て、俺はその手にあったギシギシ草を一本、受け取った。


(なるほど……)


 俺はスキル【構造解析】を発動させる。

 目の前の草が、青いワイヤーフレームに変わり、その内部構造――繊維の走向や、力の伝達経路が、手に取るように分かった。


「すこし、貸してほしい。……こうだ。繊維の向きに合わせて、こっちに力を加えながら編んでいく」


 俺は、解析した情報を元に、最も効率的な編み方をやってみせる。

 すると、あれほど硬かったはずの草が、まるで柔らかい紐のように、スルスルと編み上がっていく。


「ええっ!? なんだか、草が自分から編まれていくみたい……!」

「すげえ! ケン、あんた一体何者なんだ!?」


 周りから驚きの声が上がる。


「まあ、ちょっとしたコツだよ。この編み方なら、速度が上がるだけじゃない。繊維同士の結束が強まって、強度も三割増しになるはずだ」


 俺がスキル【最適化】で導き出した、この世界で最も強く、効率的な土嚢(どのう)の編み方。

 俺の持つスキルは、こういう地味な作業でこそ、真価を発揮する。







 翌日。

 俺たちは、防水加工を施し、最適化された編み方で作られた「特製土嚢」の試作品を手に、再び崖崩れの現場に来ていた。


「よし、まずはこの辺りの土砂を詰めて、壁の強度をテストして……ん?」


 作業を始めようとしたその時、ガスの緊張した声が響いた。


「ケンさん、何か来る!」


 ガサガサッ!と音を立てて、土砂の中から現れたのは、アルマジロに似た、体長2メートルほどの魔物だった。


「『土喰らい』だ! あいつ、土砂を食って、巣穴を掘るんだ! 下手に刺激すると、周りの地面を崩しやがるぞ!」


 ドルゴが叫ぶ。


 やっかいなのが出てきたな。

 ガスが槍を構えるが、硬い甲殻に阻まれて、刃が通りそうにない。


 どうする……?

 俺の視界に、作りたての土嚢(どのう)が映った。


(……そうだ、あれを)


「ガス! 奴の注意を引け! リーリエ、手伝え!」


 俺はリーリエと一緒に、空の土嚢に大急ぎで土を詰める。


「ケンさん、これを奴にぶつけるんですか!?」

「いや、もっといい使い方がある!」


 俺はスキル【最適化】を発動。

 脳内に、現場の地形、土喰らいの位置、そして土嚢の重量と、それを投げる俺たちの筋力、全てのデー タが入力される。

 

 そして、導き出された最短解――。


「あそこだ! 崖の下、あの岩棚のギリギリのところに、これを乗せるぞ!」

俺とリーリエは、タイミングを合わせて、土嚢をえいっと放り投げた。


 それは、魔物には当たらず、狙い通り、その真上の不安定な岩棚に「ドン!」という重い音を立てて着地した。


次の瞬間。


ガラガラガラッ……!


 土嚢の衝撃が引き金となり、小規模な崖崩れが発生!

 岩棚が崩れ、それに連動するように土喰らいの足場も崩れた。


「ギェェェッ!?」

不意の奇襲に、土喰らいは悲鳴を上げて崖の下まで真っ逆さまに落ちていっ。


「……す、すげえ……」


 ガスが、呆然と呟いた。


「土嚢ってのは、壁を作るだけのもんじゃねえんだな……」


「ああ」と俺は頷く。


「まあ、重いからな……」


 だが、小さな勝利に安堵する仲間たちをよそに、俺だけが、その先の光景に目を向けていた。

 土喰らいを退けた土砂崩れなど、子供の遊びに見えるほどの、巨大な「壁」。


 ごうごうと音を立てる濁流が流れる、深い谷。


(今のやり方は、小物を追い払うのには有効だ。だが、この谷は越えられない)


 最初の壁は、知恵とスキルで乗り越えられた。

 しかし、その先には、比較にならないほど巨大で、専門的な技術を必要とする、本当の「絶望」が口を開けて待っていた。




 ◇




 数日後。

 数百個の完成した土嚢(どのう)を荷馬車に積み、俺たちは再び崖崩れの現場へと来ていた。


「よし、始めようか」


 俺の穏やかな合図で、村の男たちが一斉に作業に取り掛かる。

 慎重に土砂を運び出し、スペースを確保し、そこに土を詰めた土嚢を一つ、また一つと積み上げていく。


 一段、また一段と、確かな手応えで壁が高くなっていく。

 その光景に、村人たちの顔にも自信が満ち溢れていった。


 作業は驚くほど順調に進んだ。

 この調子なら、数週間もあれば、安全な作業領域を確保するための巨大な壁が完成するだろう。


 だが。

 俺だけが、その先の光景を見て、静かに思考を巡らせていた。


 土嚢(どのう)の壁の向こう側。ごうごうと音を立てる濁流が流れる、深い谷。

 橋があったはずの場所。


土嚢(どのう)で斜面は安定させられる。だが、これだけじゃ道は繋がらない。本当の難関は、この谷だ……)


 【構造解析】のスキルが、無情なデータを叩き出す。

 広すぎる谷幅。脆すぎる両岸の地盤。川の中に橋脚を立てることも不可能。

 単純な橋では、自重で崩落するのが目に見えていた。


「ケンさん!」


 背後から、リーリエの明るい声がした。


「見てください! すごいペースです! この調子なら……」


 彼女は、今日の大きな進捗に、心から喜んでいるようだった。


 その笑顔を前にして、少しだけ、言うのをためらった。

 だが、隠していても始まらない。


「……すまない、リーリエ。順調に進んでいるところに水を差すようだが、一番大事な問題があるんだ」


 俺の真剣な声に、リーリエの笑顔が、きょとんとした表情に変わる。


 俺は、目の前の巨大な谷を指さした。


擁壁(ようへき)は、あくまで足場作りに過ぎない。俺たちの本当の目的は、この谷に橋を架けて、道を開通させることだ」


「は、はい。それは……」


「だが、見ての通り、ここは普通の場所じゃない。この谷に橋を架けるには、特殊で、高度な技術が必要になる」


 俺は、まっすぐにリーリエの目を見た。


「正直に言うと、これは今の俺の知識や技術だけじゃ、どうにもならないかもしれない。これは、その道の『専門家』の力が必要な仕事だ」


 作り上げた壁と、その先に広がる絶望的な谷。

 希望と、新たな難題。

 俺たちは、その両方を同時に見つめていた。

いよいよ、インフラ編本格始動!


ちなみにほかの街にアクセス不能なのにもかかわらず、健介がこの村にいることを不思議に思った方もいるでしょう。


実は危険なだけでめっちゃ迂回して何とかたどり着ける超危険な道は存在するのです。


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今後の執筆の励みになります。


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