表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/27

9,道整備への道

 村の中央広場は、久しぶりの活気に満ちていた。

 目の前の焚き火がぱちぱちと音を立て、楽しそうな村人たちの顔を暖かく照らしている。


 収穫祭、か。

 いいもんだな、こういうのは。


 俺のいた世界じゃ、こんなふうに皆で一つのことを心から喜ぶなんて機会は、そうそうなかった。


「ケンさん」


 不意に声をかけられ振り返ると、木の杯を持ったリーリエがいた。


「どうぞ。村で一番いい葡萄酒です。……と言っても、大したものではありませんが」


 はにかみながら差し出す杯を、俺は「ありがとう」と受け取る。


 一口飲んでみると、少し酸味はあるが、果実の味がしっかりした美味い酒だった。


「みんな、いい顔してるな」

「はい……。ケンさんのおかげです。夢のようです」


 俺の視線の先、村人たちの輪の中で、リーリエは本当に嬉しそうに微笑んだ。


 その笑顔は、もちろん嬉しい。


 だが、俺の頭はもう次のことを考えていた。


(このままじゃ、ダメだ)


 この収穫は、あくまで延命措置。


 この村が抱える根本的な問題は、もっと根深い場所にある。


 俺は、不躾なのを承知で、この祝いの席に水を差すことにした。


「リーリエ、少し真面目な話をしていいか」

「え? はい、もちろんです」


 俺は、村の外れ、月明かりに照らされてそびえる黒い山のシルエットを指さした。


「俺たちの次の『現場』は、あそこだ」







 翌日。


 俺は、リーリエの家に村の主要メンバーを集めていた。


 リーダーのリーリエ、職人代表のドルゴ、そして若者たちの頭になりつつあるガス。


 俺は地面に木の枝で簡単な地図を描き、単刀直入に切り出した。


「結論から言う。この村が今抱える1番の問題は『孤立』だ」


 俺の言葉に、三人が息を呑むのが分かった。


「食い物は確保できた。だが、それだけだ。人、物、金、情報……生きるために必要な全てが、この村には入ってこないし、ここから出ていくこともない。血流の止まった身体と一緒で、このままじゃゆっくりと死んでいくだけだ」


「……正気か、ケン」


 最初に口を開いたのは、腕を組んだまま黙っていたドルゴだった。


「理屈は分かる。だがな、あの崖崩れは、俺がまだガキの頃に見たが、山が丸ごとこっちに倒れてくるようなもんだった。あれを人の手でどうこうしようなんて、無謀を通り越して自殺行為だ」


 まあ、そう言うだろうな。

 だが、ここで黙るわけにはいかない。


「でも、もし道が繋がったら……!」


 声を上げたのは、意外にもガスだった。


「町に行けるんだよな? 俺たちが作ったこの美味い野菜だって、ドルゴさんの打った鋤だって、売れるかもしれない!」


 その目は、まだ見ぬ世界への希望でキラキラと輝いている。


 いい目をするようになったじゃないか。


 二人の意見を聞いて、リーリエは静かに瞳を伏せた。


 村人たちの安全と、村の未来。その二つを天秤にかけているんだろう。


 やがて、彼女は顔を上げると、強い決意を目に宿して俺を見た。


「……お願いします、ケンさん。どうか、あなたの力を貸してください。私たちに、未来へ続く道を拓くための指揮を執ってください」


 リーリエの目に、俺は迷いのない覚悟を見た。

 この村のリーダーとして、皆の未来をその細い肩に背負うという、強い意志の光だ。


 託されたんだ、俺は。この村の未来を。


 ならば、応えるのが筋だろう。


 俺は、その覚悟に正面から向き合うように、力強く頷いた。


 「ああ、任せろ」と。







 数日後。俺たち四人は、問題の崖崩れの現場へと向かっていた。


 専門家である俺。リーダーのリーリエ。鍛冶屋のドルゴ。そして、用心棒のガス。


 現場に近づくにつれ、道の様相が変わっていく。

 その石垣の前で、俺はふと足を止めた。


(……なんだ、この石積みは?)


 手を触れて、その加工跡を確かめる。風化してはいるが、使われている石の大きさも、積み方も、素人の仕事じゃない。


(ただの田舎道にしちゃ、仕事が丁寧すぎる。設計思想もしっかりしてる。明らかに、大規模な交通量と、かなりの重量を想定した造りだ。こんな山奥の、小さな村に、なぜ……?)


 疑問が頭から離れない。俺は、隣を歩いていたドルゴに尋ねた。


「なあ、ドルゴ。この道、いつ頃できたもんだか知ってるか? ただの村道にしては、どうにも手が込みすぎてる」


 俺の問いに、ドルゴは忌々しそうに石垣を一瞥すると、吐き捨てるように言った。


「……ふん。俺たちが生まれるよりも、ずっと前の話だ。この村が、まだ『村』じゃなかった頃のな」


「『村』じゃなかった頃?」


 俺が聞き返すと、ドルゴは「知るかよ」と口を閉ざしてしまった。


 代わりに、リーリエが困ったように、だが静かに口を開いた。


「昔は……その、王都と繋がる、とても大事な場所だったとだけ、祖母から聞いています。村の誰もが、誇りに思っていた、と……」


 王都と繋がる、大事な場所。

 ドルゴの言った、『村』じゃなかった頃。


(なるほど……。どうやら、この村には俺がまだ知らない『過去』があるらしい)


 やがて、俺たちはついに目的地に到着した。


「……嘘だろ……」


 先頭を歩いていたガスが、呆然と呟いた。

 目の前に広がるのは、「絶望」と名付けるにふさわしい光景だったからだ。


 山の側面が、まるで巨人のスプーンでごっそりと抉り取られている。


 見渡す限りの岩と土砂の壁。

 その下では、濁流がごうごうと音を立て、かつて橋があったはずの場所は、ただの深い谷になっている。


 三人の気持ちは、痛いほど分かる。無理もない。

 専門知識のない者から見れば、これは人の手になど負えない、ただの絶望の壁だ。


 リーリエは言葉を失い、ドルゴですら顔を歪めている。


 だが。


 不思議なことに、俺の心は凪いでいた。いや、凪いでいるどころか、腹の底から何かが熱くこみ上げてくる。


 ああ、そうだ。


 俺は、こういう途方もない『現場』を前にすると、どうしようもなくワクワクしてしまう性分なんだ。


 困難であればあるほど、燃えてくる。


 俺は【構造解析】を発動させる。


 視界から現実の色彩が消え、世界が青いワイヤーフレームの集合体に変わる。


 土砂の総量、岩盤の強度、応力のかかる危険箇所、安定した地盤。


 膨大なデータが、脳内へと叩き込まれていく。


 俺は、絶望に立ち尽くす三人を背に、崩落した崖の縁へと躊躇なく歩み寄った。


 そして、呆然とする彼らを振り返ると、口の端を吊り上げた。


「ああ、こいつは最高だ。これほどやり甲斐のある仕事は、そうそうあるもんじゃない」


 俺はパン、と両手を叩いて気合を入れる。


「ちょっときつそうだけど、やりがいがありそうだ」


続けてインフラ整備!!!

道は大切ですね。

続きが気になる方はぜひ、ブックマークと星評価をお願いします!!!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ