9,道整備への道
村の中央広場は、久しぶりの活気に満ちていた。
目の前の焚き火がぱちぱちと音を立て、楽しそうな村人たちの顔を暖かく照らしている。
収穫祭、か。
いいもんだな、こういうのは。
俺のいた世界じゃ、こんなふうに皆で一つのことを心から喜ぶなんて機会は、そうそうなかった。
「ケンさん」
不意に声をかけられ振り返ると、木の杯を持ったリーリエがいた。
「どうぞ。村で一番いい葡萄酒です。……と言っても、大したものではありませんが」
はにかみながら差し出す杯を、俺は「ありがとう」と受け取る。
一口飲んでみると、少し酸味はあるが、果実の味がしっかりした美味い酒だった。
「みんな、いい顔してるな」
「はい……。ケンさんのおかげです。夢のようです」
俺の視線の先、村人たちの輪の中で、リーリエは本当に嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔は、もちろん嬉しい。
だが、俺の頭はもう次のことを考えていた。
(このままじゃ、ダメだ)
この収穫は、あくまで延命措置。
この村が抱える根本的な問題は、もっと根深い場所にある。
俺は、不躾なのを承知で、この祝いの席に水を差すことにした。
「リーリエ、少し真面目な話をしていいか」
「え? はい、もちろんです」
俺は、村の外れ、月明かりに照らされてそびえる黒い山のシルエットを指さした。
「俺たちの次の『現場』は、あそこだ」
◇
翌日。
俺は、リーリエの家に村の主要メンバーを集めていた。
リーダーのリーリエ、職人代表のドルゴ、そして若者たちの頭になりつつあるガス。
俺は地面に木の枝で簡単な地図を描き、単刀直入に切り出した。
「結論から言う。この村が今抱える1番の問題は『孤立』だ」
俺の言葉に、三人が息を呑むのが分かった。
「食い物は確保できた。だが、それだけだ。人、物、金、情報……生きるために必要な全てが、この村には入ってこないし、ここから出ていくこともない。血流の止まった身体と一緒で、このままじゃゆっくりと死んでいくだけだ」
「……正気か、ケン」
最初に口を開いたのは、腕を組んだまま黙っていたドルゴだった。
「理屈は分かる。だがな、あの崖崩れは、俺がまだガキの頃に見たが、山が丸ごとこっちに倒れてくるようなもんだった。あれを人の手でどうこうしようなんて、無謀を通り越して自殺行為だ」
まあ、そう言うだろうな。
だが、ここで黙るわけにはいかない。
「でも、もし道が繋がったら……!」
声を上げたのは、意外にもガスだった。
「町に行けるんだよな? 俺たちが作ったこの美味い野菜だって、ドルゴさんの打った鋤だって、売れるかもしれない!」
その目は、まだ見ぬ世界への希望でキラキラと輝いている。
いい目をするようになったじゃないか。
二人の意見を聞いて、リーリエは静かに瞳を伏せた。
村人たちの安全と、村の未来。その二つを天秤にかけているんだろう。
やがて、彼女は顔を上げると、強い決意を目に宿して俺を見た。
「……お願いします、ケンさん。どうか、あなたの力を貸してください。私たちに、未来へ続く道を拓くための指揮を執ってください」
リーリエの目に、俺は迷いのない覚悟を見た。
この村のリーダーとして、皆の未来をその細い肩に背負うという、強い意志の光だ。
託されたんだ、俺は。この村の未来を。
ならば、応えるのが筋だろう。
俺は、その覚悟に正面から向き合うように、力強く頷いた。
「ああ、任せろ」と。
◇
数日後。俺たち四人は、問題の崖崩れの現場へと向かっていた。
専門家である俺。リーダーのリーリエ。鍛冶屋のドルゴ。そして、用心棒のガス。
現場に近づくにつれ、道の様相が変わっていく。
その石垣の前で、俺はふと足を止めた。
(……なんだ、この石積みは?)
手を触れて、その加工跡を確かめる。風化してはいるが、使われている石の大きさも、積み方も、素人の仕事じゃない。
(ただの田舎道にしちゃ、仕事が丁寧すぎる。設計思想もしっかりしてる。明らかに、大規模な交通量と、かなりの重量を想定した造りだ。こんな山奥の、小さな村に、なぜ……?)
疑問が頭から離れない。俺は、隣を歩いていたドルゴに尋ねた。
「なあ、ドルゴ。この道、いつ頃できたもんだか知ってるか? ただの村道にしては、どうにも手が込みすぎてる」
俺の問いに、ドルゴは忌々しそうに石垣を一瞥すると、吐き捨てるように言った。
「……ふん。俺たちが生まれるよりも、ずっと前の話だ。この村が、まだ『村』じゃなかった頃のな」
「『村』じゃなかった頃?」
俺が聞き返すと、ドルゴは「知るかよ」と口を閉ざしてしまった。
代わりに、リーリエが困ったように、だが静かに口を開いた。
「昔は……その、王都と繋がる、とても大事な場所だったとだけ、祖母から聞いています。村の誰もが、誇りに思っていた、と……」
王都と繋がる、大事な場所。
ドルゴの言った、『村』じゃなかった頃。
(なるほど……。どうやら、この村には俺がまだ知らない『過去』があるらしい)
やがて、俺たちはついに目的地に到着した。
「……嘘だろ……」
先頭を歩いていたガスが、呆然と呟いた。
目の前に広がるのは、「絶望」と名付けるにふさわしい光景だったからだ。
山の側面が、まるで巨人のスプーンでごっそりと抉り取られている。
見渡す限りの岩と土砂の壁。
その下では、濁流がごうごうと音を立て、かつて橋があったはずの場所は、ただの深い谷になっている。
三人の気持ちは、痛いほど分かる。無理もない。
専門知識のない者から見れば、これは人の手になど負えない、ただの絶望の壁だ。
リーリエは言葉を失い、ドルゴですら顔を歪めている。
だが。
不思議なことに、俺の心は凪いでいた。いや、凪いでいるどころか、腹の底から何かが熱くこみ上げてくる。
ああ、そうだ。
俺は、こういう途方もない『現場』を前にすると、どうしようもなくワクワクしてしまう性分なんだ。
困難であればあるほど、燃えてくる。
俺は【構造解析】を発動させる。
視界から現実の色彩が消え、世界が青いワイヤーフレームの集合体に変わる。
土砂の総量、岩盤の強度、応力のかかる危険箇所、安定した地盤。
膨大なデータが、脳内へと叩き込まれていく。
俺は、絶望に立ち尽くす三人を背に、崩落した崖の縁へと躊躇なく歩み寄った。
そして、呆然とする彼らを振り返ると、口の端を吊り上げた。
「ああ、こいつは最高だ。これほどやり甲斐のある仕事は、そうそうあるもんじゃない」
俺はパン、と両手を叩いて気合を入れる。
「ちょっときつそうだけど、やりがいがありそうだ」
続けてインフラ整備!!!
道は大切ですね。
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