プロローグ(転移と追放)
意識が浮上した瞬間、目に飛び込んできたのは豪奢なシャンデリア。そして鼻を突いたのは、自分の体から発する汗と泥の匂いだった。
「……なんだ、ここは」
俺、五十嵐健介(37)は、さっきまでトンネルの掘削現場にいたはずだ。その証拠に、今着ているのは油と泥に汚れた作業用のつなぎで、足元は安全靴。手には使い込んだ軍手まで嵌めている。
そんな薄汚れた俺の周りには、場違いにも清潔な制服を着た高校生が4人、困惑した表情で突っ立っていた。男女2人ずつ。見覚えのない顔だ。
壇上では、玉座に座る威厳のある王様が、俺たちを「異世界の勇者様」と呼び、魔王討伐に協力してくれと訴えている。
高校生たちがざわめく中、ひときわ目立つ金髪の男が、隣の女子生徒に得意げに笑いかけた。どう見てもカップルだな、あいつら。
やがてスキルを鑑定する儀式が始まり、まずその金髪の男が水晶に手をかざした。
「【聖剣術】!」
鑑定官の声に、男は拳を突き上げる。
「っしゃ! 俺、聖剣だってよ!」
「やば! さすが蓮だよ!」
隣の女子生徒が抱きついたことで、俺は初めて金髪男の名前が連だと知った。
次にその女子生徒が鑑定を受ける。
「【治癒魔法EX】!」
「栞、すげえじゃん!」
今度は蓮が名前を呼んだ。彼女の名前は栞か。
残りの男女もそれぞれ強力な魔法スキルを授かり、4人は興奮気味にはしゃいでいる。完全に他人事のように、俺はその光景を眺めていた。
そして、最後に俺の番が来た。
俺が前に出ると、栞と呼ばれた女子生徒がわざとらしく鼻をつまむ。
「うわ、なんか汗臭い……」
「土方のスキルとか、どうせ大したことねえだろ」
蓮と呼ばれた男が、吐き捨てるように言った。
俺は無言で水晶に手をかざす。鑑定官が、いかにも面倒くさそうに結果を読み上げた。
「……いがらし、けんすけ。スキルは【構造解析】、および【最適化】」
シン、と静まり返った後、これまでで一番大きな嘲笑が爆発した。
「ぶはっ! こうぞうかいせき!? 地味すぎ!」
「土方にお似合いのスキルじゃん! ずっと土いじってろよ!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かがブツリと切れた。
命懸けでやってきた俺たちの仕事を、何も知らないガキが「土いじり」と嘲笑うことだけは、我慢ならなかった。
「……おい、蓮、栞とか言ったな、そこのガキども」
気づけば俺は、蓮の胸ぐらを掴み上げていた。突然のことに、蓮も周りも目を丸くしている。
「今、なんつった? 俺の仕事を、土いじりだと? ふざけんじゃねえぞ、コラァ!」
俺の怒声が、静まり返った謁見の間に響き渡る。
「お前らが毎日当たり前のように歩いてるその道も! 雨風しのいでるその建物も! 全部、俺たちみたいな人間が泥水すすって、命懸けで作ってんだよ! それを何も知らねえクソガキが、笑ってんじゃねえぞ!!」
「ひっ……!」
俺の剣幕に、蓮たちは完全に腰が引けていた。王も貴族も、他の高校生たちも呆然としている。
だが、すぐに我に返った蓮が、顔を真っ赤にして逆ギレした。
「な、なんだよ! 汚え手で触んな、この土方が! 王様の前だぞ、不敬罪だ!」
その言葉が、王に決定打を与えた。
「その通りだ! 勇者である蓮様に楯突くなど、万死に値する! その不敬者を捕らえよ!」
兵士たちが一斉に俺に掴みかかり、床に押さえつける。
「決定だ! その男を、魔物が跋扈する東の辺境へと追放せよ! 未来永劫、我々の前に姿を現すな!」
引きずられていく俺の耳に、蓮と栞の嘲笑が届いた。
「マジうける。キモいおっさんがいきなりキレてやんの。自業自得だっつーの」
「ねー。あんなのと一緒にいなくて済んで、マジでよかったわ」
気づけば俺は、荒れ果てた大地に一人でいた。
つなぎはさらに汚れ、体中が痛む。最初は、腹の底から煮えくり返るような怒りで、ただ肩を震わせていた。
だが、目の前の光景が、徐々に俺の意識を別の方向へと向けていく。
崩れかけた断崖、氾濫の跡が残る川、寸断された道。
それは、絶望的な荒野であると同時に、俺の専門分野そのものだった。
怒りが、静かな闘志へと変わっていくのが分かった。
「……上等だ」
あのガキどもにも、あの王にも、見せつけてやる。
お前たちが馬鹿にしたこの俺が、このスキルが、どれほどの価値を持つのか。
剣や魔法なんかじゃ絶対に真似できないやり方で、このどうしようもない土地を、世界一住みたい都に変えてやる。
俺は汚れた軍手をパン、と叩き、埃を払った。
目には、かつてないほどの炎が宿っていた。
「さて、仕事の時間だ」
連載初投稿です!
続きがみたい!と思った方は、ぜひブックマークと星をお願いします!!!!