第九話 さて、一緒に食事としよう
レオナをMAILに引き渡す日。
ダグ達の前には。
MAILの団長であるアクセル・チャリオットが現れ。
彼の手により。
ダグの真実とヘルシィの本音が露わとなる。
正午、傾いた太陽が雪原を鈍く光らせる。
もうすぐレオナをMAILに引き渡す時間だ。
「軽く食べなくてよろしいのですか」
「いいの。食欲ないから」
この時が来たか。
レオナは無理な作り笑いをダグに向けた。
諦めのついた顔で彼女は呼吸を整える。
(何も盗らなくてよかったかも)
吐いた白い息をレオナは自分の指で掻き消す。
「レオナ様、お見送りは自分とモナがします」
「ヘルシィさんは来ないのね。むしろ気楽だわ」
「そうだ。自分からプレゼントがあります」
ダグはレオナに近づくと彼女のPMAGウォッチを操作しだした。
「よし。その端末にご主人様や自分の料理のレシピが入りました」
「この端末貰っていいの」
「ご主人様が言ってませんでしたか。あと見づらかったら壁に投影すると便利ですよ」
「分かった。大切にするわ」
流石にダグのプレゼントでもあるからこれは売れないな。
大切そうにレオナはPMAGウォッチを撫でた。
当初の目的とは異なるが彼女にとって貴重な収穫だ。
「下山するのでモナの背中に乗ってください」
「うん」
二人はモナの背中に乗り込み門へと向かう。
その間レオナは青空からの眺めを楽しんだ。
『認証完了』
着陸するとダグは自分のMAG端末を門にかざした。
アナウンスと同時に扉が粒子となって消える。
その先には既にMAILの面々が待ち構えていた。
先頭にいる人物を見てレオナは驚く。
「アクセル・チャリオットさん」
五十代後半の険しい顔つきの男性がレオナ達を睨みつける。
肩や腹部などの各部位にMAGを搭載したプラチナの鎧。
仮面魔法戦士団の名に関わらず唯一顔をさらけ出す人物。
MAILの団長であるアクセルだ。
赤、青、黄、黒、桃色の五体の鎧騎士型ゴーレムを彼は背後に待機させている。
更にその奥には武装した金色のグリフォンが牽く彼らの戦車が停まっていた。
「レッド、アンロックゲイザーを頼む」
アクセルの命令を受けた赤いゴーレムがゴーグル型の端末を彼に差し出す。
「すまないがキミ達全員早くこちらに来てくれないか」
アクセルの指示にレオナ達は素早く従った。
ダグとモナは気まずく俯きながら。
レオナ達が完全に門外へと出ると扉が再度現れた。
ヘルシィの領域と外界が再び遮断される。
ダグはレオナの後ろでモナと一緒に震えだす。
「口腔内の魔力検知はなし。人相識別は不明。いや、それが証拠とも言えるな」
装着したゴーグルの付け根を操作しアクセルは自身満々に笑う。
彼の不遜な態度がレオナの不安を増加させていく。
「あなたほどの人が出るくらい私って悪いことをしたんですか」
「大丈夫。お嬢ちゃんは何も心配しなくていいよ」
屈託のない笑顔でアクセルはレオナの不安を払拭した。
一方でダグは俯いたままだ。
「俺の目当てはキミの後ろにいる子だからね」
「ええと。自分にどのようなご用件でしょうか」
滝のような汗と緊張でダグは震え切っていた。
「ブルー、イエロー。例のモノを」
青のゴーレムが土鍋を、黄色のゴーレムがフォークと取り皿を持って前に出る。
「ヤマタイの料理、おでんだ。ぜひ食べて欲しい」
アクセルの言葉に青のゴーレムは蓋を取る。
鍋には牛の脂が浮かぶスープに浸かった卵、大根、じゃがいも。
どれもダシの濃い赤茶に染まっており趣深い昆布も香っている。
「分かりました。いただきます」
一分後、決心がついたダグは皿とフォークを手に取る。
ダグが口にするは大根。
色合いはダシを吸って茜がかっている。
「ほっ、ほっ、ほ。あふ」
おでんを食べるダグに変化が訪れる。
前髪の白い箇所から徐々にダグの姿が変わっていく。
衣は黒から白へ。髪も白髪となり背中まで伸びていく。
女性寄りの中性的な顔立ちも青年への面持ちと化していく。
やがて、ダグのいた場所にはこの山の真っ白な主が立っていた。
「ヘルシィ・ハーミットくん。お味はいかがかな」
「おいしゅうございます」
藍色の瞳以外はダグの面影が消えたヘルシィが感想を述べる。
主人につられてモナも男の子とも女の子にも聞こえる少し高い声で喋り出す。
「おいおい、どうするよヘルシィ」
「えええ、ダグがヘルシィでモナが喋れて、ええええ」
「ヘルシィくんは自分に認識魔法をかけていたのさ、お嬢ちゃん」
「食事したらバレるCOLLAGESURFACEの欠点を突かれるとは」
「あわわわ」
どうなってんの。
レオナの困惑が頂点に達した。
なだめるために黒と桃色のゴーレムが彼女を介抱する。
レオナが落ち着くまでの間アクセルは豪快に笑い続けた。
「BreakCodeがなくともキミの小細工は見破れるんだよ」
「この経験今後の糧にします」
「堅くなるなよ。おでん食べて欲しいのは本心だけどね」
笑い終えアクセルは一息つく。
「理由をつけないとキミに会えないからね。いい機会なんで来ちゃったよ」
「僕に何か聞きたいことでも」
「キミが今どうしているかの確認さ」
「言っちゃなんですが世の為人の為に働いてはいませんよ」
「では、尚更現状を聞いておかないとな」
アクセルの眼差しが殺気立つ。
その威圧にレオナの困惑が強引に鎮圧された。
(なんて威圧感。今すぐ逃げ出したいくらい)
硬直しレオナの頬に油汗が浮かぶ。
一方でヘルシィは切実に自らの願いを語る。
「MAGが浸透した新時代で新世代と新しい人生を歩みたい」
「ほう」
「要は人生のリスタートです。後は……親友と再会したいぐらいかな」
「なるほど」
「幻滅しましたか。僕はその世界になるまでは一人で食事するのも苦じゃない」
「いいや。安心したよ、ヘルシィくんの本音を聞けて」
真摯でそれでいて切実なヘルシィにアクセルは殺気を解いた。
緊迫もなくなりレオナはその場にへたりこむ。
「じゃあ私がゲストハウスで見たヘルシィさんは何なの」
「モナ」
「あいよ」
主人の呼びかけに応じモナの姿が変化する。
体中が灰色の粒子状に変り人型と化す。
数秒後、モナのいた場所にはもう一人ヘルシィがいた。
「モナは粒子変換型のハイエンドモデル・ゴーレムさ」
「ええええええええ」
驚きのあまりレオナは唖然とした。
それに対しヘルシィは申し訳なさそうに頭を下げる。
「騙していて本当にごめんね」
「着替えのこととか色々あるけどこれだけは聞いてもいいですか」
「なんだい」
「どうして私を招いたの」
追い返すこともできたのに。
立ち上がりレオナは毅然とヘルシィに問いただす。
「さっき言っていた僕の望む時代になっていたか確かめたかっただけさ」
「それでどう思いましたか」
「レオナさんの話を聞いてまだまだだと痛感したよ」
ため息をつくとヘルシィは宙を見上げた。
澄み渡る青空がどこまでも広がっている。
「一応そのPMAGウォッチ新型だから売ればいい値になるよ」
「遠慮します。あなたの、いいえダグのレシピがこの中にありますから」
「そう言ってくれると嬉しいなあ」
「監視って言っていましたけど何か幻術じみた魔法を仕込んでいましたよね」
「夢や罪悪感に干渉するものを少々ね。念のため言っとくけど盗撮とかはしてないよ」
「やっぱり試していたんですね」
謎の手からの制止やMAGのない世界の夢。
あの場所での不可思議な現象にレオナは納得した。
(結局この人の掌の上だったってわけか)
これまでの出来事をレオナが振り返ったときだった。
ぐうう。
空腹の音が鳴る。鳴らしたのは彼女だ。
「ええと、これはあのその」
「おおっと、これはいけない。レッド達早く食事の用意をしたまえ」
『イエッサー』
ゴーレム達が準備のため一斉にグリフォン戦車へと向かっていった。
「ヘルシィくん、キミも食べたまえ。いつも独りで寂しいだろう」
「あなたが言うのであれば。ただ、次からは強引に誘わないでくださいよ」
「分かった。気を付けよう」
ひとりで食事をしていたヘルシィとレオナが食事を共にする。
世代も立場も超えて楽しい一時を迎えた。
それは束の間でささやかながらも彼が望む世界だった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
日付け的に。
私なりのクリスマスプレゼントになってしまいましたが。
楽しめていただけたでしょうか。
では、今後の予定ですが。
『下ごしらえ』編として。
前回の『サブな奴らの意地』のメイキング編同様に。
今作でも番外編をやりたいと思います。
なんなら、この後のヘルシィ達の物語についても。
山を下りた後の彼のストーリーを。
機会があれば書ければなとも思っております。
『下ごしらえ』編の一話につきましては。
次回更新は1月1日の17:00を予定しています。
元旦ですので。
読者の皆様のお好きなペースで。
お目を通して頂ければ。
作者冥利に尽きます。