下ごしらえ50【私のたからもの】下編・旅立ちは加速する運命の車輪に導かれて
寂しい魔術師が一人の少女と出会い。
自らの生き方をやり直そうとしている。
少女もまたそんな彼に強引に付き合わされている感覚が拭えないものの。
新しい一歩を踏み出そうとしている。
だからこそ、彼女は自分の見送りの宴の場で。
厨房で独りで過ごそうとするお世話になった恩人を見過ごせなかった。
アウロラの厨房で調理もせず。
ただ机の前の椅子に座っているだけの奇妙なホースダムの姿があった。
「よお、こんな所になんの用だいレオナ」
「ホースダムさんにも最後の挨拶をしたくて」
「ん、ありがとよ」
いつもと変わらず顔を半分覆い隠すマスクに髪の毛が落ちないようにするためのコック帽。
レオナの旅立ちを祝う日なのにホースダムはいつもと変わらぬ出立ちと態度でレオナに接した。
そんな職場の先輩が彼女をとても安心させた。
「もどんなくていいのか、あっちに」
「大丈夫、大丈夫。ちょっとくらいなら」
本当にいつも通りだ。
特別な日なのに。
ぶっきらぼうな物言いがレオナには嬉しかった。
「少しお話ししませんか」
「なんかおれと話すことなんてあったか」
「はい、例えば私の初出勤日を憶えていますか」
「ああ、緊張してグラス割って大慌てしていたよな」
「それでここクビにされるって思ってたら、仕事終わりにホースダムさんがミルクティーを私のために淹れてくれて、すごく美味しかったな」
「あったな、そんなことも」
「あとバンバさんがここの面接に来た時、リブさんが怪しんでいる中でバンバさんに腕を見せてみろって料理を作らせてそのまま強引にうちに引き入れちゃったり」
「よく憶えていたな」
「その日出勤していたもんで」
「そういう事じゃなくてな」
「他にもポニーが来た日もーー」
「待て待て、レオナ。なにが言いたいんだ」
「もう、言ったじゃないですか、最後の挨拶がしたいって。それこそ、ホースダムさんもあっちでみんなと一緒に楽しみましょうよ」
「いいよ、そういうの」
「誰にも自分が寂しがっている姿を見せたくないだけじゃないんですか」
ちょっとイジワルに。
それでいて逆鱗には触れない程度の。
絶妙な匙加減でレオナはマスクの下でニヤついてホースダムを煽った。
続けてレオナは素顔を隠す彼の図星をつく。
「本当は私にここにいてほしいんですよね」
「ーーっ、この」
「みんなも内心寂しいのに笑って見送ってくれていますよ」
「おりゃ、他のやつらと違って不器用なんでね」
「ズルいですよ。ここで一人だけしょぼくれてちゃ」
「しょぼくれてなんかいねえよ」
「じゃあ、一緒に行きましょう」
レオナの誘いにホースダムは戸惑う。
そんな彼にレオナは最後の一押しをする。
「私からの最後のお願いです。むこうでみんなと一緒にパーティを楽しみましょう」
しばらく沈黙はあったが。
先に言葉でなく行動でホースダムはレオナの最後の頼みに応じた。
頭に被っていたコック帽を机の上に置き。
顔を半分以上覆っていたマスクを下げて。
自身の素顔をホースダムはレオナへと曝け出した。
「いいぜ」
茶髪に鮮やかなイエローの瞳、三十代だろうか。
若々しさよりも苦労を物語る頬の肌のしみや目の下の隈。
ずっと料理のために顔を覆っていたホースダムは素顔を曝け出してレオナの願いに頷いた。
ほんのり目を潤わせながら。
「ありがとうございます」
「それより今日くらいマスク外していいんだぜ」
「すいません、いつもの癖で」
嬉しそうにマスクを外すレオナを微笑ましく見つめるホースダムはそのまま彼女へ語りかけた。
「あっちに行く前に少しだけおれからもいいか」
「もちろんですよ」
マスクを外してレオナとホースダムは初めてお互い素顔で見つめ合う。
「腹減ったらいつでもここに来な。うまいもん食わしてやっから」
「はい。むこうでできた友達も一緒に連れて来ていいですか」
「いいぜ。だから、風邪ひくな、勉強がんばれ。おれからはそんだけだ」
「ありがとう、ホースダムさん」
初めて素顔を見る人の初めて見る泣き顔に。
一つ約束をして。
その人が泣き止んでから。
少女は……。
独りで自分の旅立ちを祝おうとしていたその人を連れて、皆が待つアウロラのホールへともどった。
レオナとここの店長であるリブしか見たことのない素顔を晒すホースダムに店にいた大半の人々が戸惑ったが。
それも最初だけであり、レオナの祝いの送別会は盛り上がり続けた。
今日のアウロラは店休日。
ここで働く人々にとって大切な一日。
きっとその場にいた誰もが忘れない記念日になるだろう。
そう、レオナにとってここで働いた日々は。
かけがえのない人達と過ごした時間は。
形もなく目にも見えないが確かに宝物なのだ。
三月の末の朝、トランシープの駅前。
父レオルドと母リオル、リブに見送られ。
荷物が詰まったトランクとキャリーケースと共に新たな地へとレオナは旅立とうとしていた。
「ごめんね、お父さんお母さん。見送りのためにお仕事を休んでもらって」
「気にしないの、有給が貯まっていたから」
「ああ、ここで休んだからといってクビになるわけじゃない」
娘の心配にレオルドとリオルは笑顔で返した。
それを眺めていたリブもまた釣られて笑いだす。
「素敵なご両親ね」
「ほら、リブさんからも言われているわよ、あなた」
「ごほん」
わざとらしい咳払いは茶目っけの証。
普段は表情の固い父の見せる笑顔が見れてレオナは嬉しかった。
「レオナ、お父さんから言えることは一つだけだ」
「なに、お父さん」
「学園生活楽しんできなさい」
「はい」
とびっきりの笑顔でレオナは父に誓った。
しばらく会えないからこそ。
その分の想いも込めて。
「お母さんからは体調と身の安全に気をつけてとしか言わないわ」
「はい。お母さん」
「あなたと無事にまた会えるのが望みよ。レオナ」
「お母さん」
絶対に無事帰ってくるから。
母の言葉をきっかけにストレングス家の親子三人は人目をはばからず肩を寄せてしばし抱き合った。
再会の誓いとして。
「絶対に無事に、そして成長して帰ってくるからお父さん、お母さん」
娘の自信満々な表情にレオルドとリオルは頷く。
そんな親子のやり取りを見ていたリブは無言で立ち去ろうとしていたが、彼女のそんな姿をレオナは見逃さなかった。
「待って店長」
「レオナちゃん」
大きなレオナの声に呼ばれてリブが振り返った先にはにこやかに笑うレオナの顔があった。
「むこうでできた友達を連れてくるから、ホースダムさんやみんなにもよろしくね」
「わかったわ、伝えておく」
「お父さんとお母さんには手紙も書くし、今はPMAGウォッチもあるから店長にも連絡を入れるから、安心して」
「ふふ、レオナちゃんったら」
「だから、もう行かなくちゃ」
伝えたい気持ちはあるけど時間は待ってくれない。
切符はもう買ってあるとはいえ。
ここにずっといるわけにはいかない。
出発までまだ時間はあるが。
区切りのいいここでレオナは旅立ちの言葉を口にした。
「行ってきます」
「「「行ってらっしゃい、レオナ」」」
レオルド、リオル、リブの三人に見送られ、レオナは首都メロディアント行きの列車へと乗り込んだ。
寂しい魔術師との出会いにより運命の輪が回り始めた少女の物語。
その輪の回転は新しい日々の訪れにより更に加速していく。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。
『車窓編』もあってか。
私自身も執筆中は長い旅をしている気分でした。
だからこそ、完結という目的地に辿り着けたと言っていいでしょう。
改めて『ハーミットなごちそう』を完結することができました。
読者の皆様、重ねてですがお読みいただきありがとうございます。
それでは次回作については。
今作の続編となる『ハーミット・リスタート』になります。
活動報告で記しましたが。
次作についても。
題名を修飾はせずに。
タイトルはシンプルにこれでいきます。
よろしければ読者の皆様が。
レオナとヘルシィの物語に。
このままお付き合いいただければ嬉しい限りです。
それでは、次回作の更新は7/23の17:00となります。
初回は三十分おきの二本立てを予定しており。
三話以降からは。
再び水曜日週一回の更新になりますのでお気を付けください。
次の物語にてお待ちしておりますので。
どうか目を通していただければ幸いです。




