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ハーミットなごちそう  作者: 白海レンジロウ
【下ごしらえ3思い出と旅たち編】
58/59

下ごしらえ49【私のたからもの】上編・レオナの見送りパーティ

最終出勤日も過ぎて。

送別会としてアウロラでは。

レオナを祝い見送るためのパーティが催されていた。

三月の上旬の昼。


トランシープにあるレストランのアウロラのドアにかかった札には店休日と書かれていた。


理由は五年近く勤めていたレオナにむけての送別会。


彼女がカップアンドコイン魔導学院への入学祝いのためでもある。


これにはリブだけでなく。


厨房担当も全員、無論他のホール担当のスタッフもみんな駆けつけてきた。


総勢十二人によるパーティ。


「ふふ、拙者が料理をホールまで運ぶなんて新鮮だのう」


「もうじじ臭いんだからバンバは」


黒髪短髪で筋骨隆々三十過ぎで喋り方が独特のバンバは自らの手料理が乗った皿を左右の手にそれぞれ持っている。


格好こそメロディアスの風土の白いシャツと灰色のズボンに調理のための白いエプロンを着ているのだが。


皿の上に並ぶのはヤマタイ出身の彼が得意とする煮付けや天ぷらなどだ。


彼の隣には赤毛でそばかすの少女、レオナと同い年くらいの彼女の名前はポニー。


青いオーバーオールの上にバンバ同様に白のエプロン姿だ。


彼女は自ら焼いたアップルパイが乗った皿を両手に持っている。


「ところでホースダムは」


「あやつなら厨房だ。なんでも、おりゃここでレオナを祝うわ、だそうだ」


「なによアイツ。もうレオナちゃんここ辞めるってのに」


「まあまあ、二度と出会えぬわけでなかろうし、それにホースダムらしかろう」


「もう、あの人ったら」


ぶつくさ言うポニーを隣でバンバは自慢の二皿をテーブルの上に置いた。


「はいはい。追加きましたよ」


「おおお」


レオナ含むホール担当の七名の女性陣の内の一人が感嘆の声を上げた。


十代から四十代までのアルバイトの人々であり。


時間帯や曜日といったシフトの関係上、普段であれば顔を合わせない面々も今日は会している。


基本的にシフトを選ばないレオナからすればホール担当の人々とは全員顔見知り。


彼女達は皆レオナの新しい旅達のためにここに集まったのだ。


「もうレオナちゃんに会えなくなるなんて」


「たまにお休みの日とかに来ますよ」


「いい男見つけてくるんだよ」


「ええと、はい」


酒も振る舞われており、興奮した人生の先輩達からの激励を少々困りながらもレオナは受け止めていた。


それを見ていたバンバは小さく「やれやれ」とため息をつき。


「レオナ殿も困っておろう、その辺にしとくべきかのぉ。姐さん方」


「なによバンバ、空気読みなさいよ。そんなだからもてないのよ」


「そうだ、そうだ」


「ポニー……」


「慰めないわよ」


「まあまあ」


「あんた達盛り上がってんねえ」


「リブさん」


落ち込むバンバ一人を除き大盛況のホールにいつもと変わらぬ出立ちのリブが現れた。


「まずは推薦おめでとう、レオナ」


「リブさん。お褒めの言葉ありがとうございます」


「固くなっちゃって。今日の主役はあんたよ」


「すいません、なんとなく」


「もうレオナちゃんったら」


大きく笑うリブに釣られ、この場にいる他の人間もまた笑い出す。


そして、一しきり笑い終えた後リブはやや寂し気にレオナを見つめた。


「本当に行っちゃうのね」


「はい、ヘルシィと校長先生の推薦で奨学生だから、お金の心配もしなくていいとのことでしたし」


「まあ、普通に考えてあり得ないわよね。そんなチャンス」


ヘルシィとレオナのやり取りを知っているからこそ。


リブはこの場の誰よりも彼女への想いの強さを識っていた。





ダグの姿でヘルシィが来店した日。


彼はカップアンドコイン魔導学院の願書をレオナへと渡していた。


「今日ここに僕が来たのはこれをレオナに渡すためさ」


「願書って、私の家こんないい学校に入れるほどのお金ないわよ」


「そこで、ここからが本題だ」


そう言うやヘルシィはレオナに渡した物とは別にもう一枚の願書を自身の鞄から取り出した。


「僕はこの春にこの学校に入学する。そこでレオナ、きみにもここに入学して欲しいんだ」


「えええ、今から試験とか受けるの。勉強する時間ないわよ」


「そこは問題ない。僕が校長先生に推薦して、なんなら奨学生として学費を免除してあげる」


「なんか、それってズルい気がするなあ」


「決してズルとかじゃない。レオナには申し訳ないがきみのことを校長のハイプリステスさんに話したら興味を持たれてね、それであの人がキミに推薦を提案したんだ」


「ちょっと何勝手にしゃべってんのよ」


「ごめん、ごめん。でさ、面接はあるけどそれが済めばそのまま入学決定ってなわけ」


「ううん。ちなみにヘルシィあなたは試験受けたの」


「もちろん前期試験を受けて昨日合格通知が来たよ」


「そうなんだ、一応聞くけどダグの姿でよね」


「まあね。僕の素顔は周りの人には色々と刺激が強いからね」


「本当にあなたスゴいわね」


「褒めてくれて嬉しいな」


「褒めていない」


「なんだ、まあヘルシィさんじゃなくて呼び捨てになるくらいにはレオナとも仲良くなったし。いっか」


「なあに勝手に一人で納得してんのよ」


マイペースすぎるヘルシィに呆れつつもレオナは学校の願書に目を移した。


そこで気になる箇所があった。


学校の住所だ。


「ねえ、この学校ってメロディアントにあるけど、どう通うの」


「きみは奨学生でもあるから寮に入ってもらう」


「つまりはここを、アウロラをやめなきゃいけないってこと?」


「そうなるね」


先ほどまでの賑やかさから一転してその場の空気が重くなる。


レオナは急に口を閉ざしてしまった。


それに対してヘルシィは厳かに彼女へと告げた。


「期限までは一週間ある。それまでに周りの人とよく話し合って考えてごらん」


「うん。そうする」


お金がかからないから即答というわけにもいかない。


決して軽く決めていいものではない。


この決断が自分の人生を左右するものだとレオナ自身直感していた。


(すごく学校に行ってみたい。それがヘルシィのお供みたいなものだとしても)


本音を言うとレオナはすぐにでも願書に自身の名をサインしたかった。


しかし、そうなると。


残された親は。


残されたアウロラは。


自分がいなくなってしまって影響が及ぶ人々の顔がレオナの頭に思い浮かんでいるときだ。


遠巻きにレオナとヘルシィのやり取りを見ていたリブが二人が座っている席へとやってきた。


「なあに悩んでだいレオナちゃん」


「店長」


「こりゃメロディアントにある学校の願書かい」


「ええ、ちょっと行こうかどうか迷っていて」


「それはお金の問題かい」


「いえ、お金の心配じゃないんです。ただ、自分がいなくなったら色々な人達が困るというか……」


「それはレオナちゃんの家族やうちの店のことかい」


「……はい」


「レオナちゃん。これはあなたの人生であなたが学校に行くかどうか決めるんだ」


どこか明るくて抜けていた態度から打って変わり、リブは真剣にそれでいて一言一言丁寧にレオナへ言い聞かせた。


「レオナちゃんが旅行に行く際にうちらのことは気にせず楽しんで来なって言ったの憶えている」


「はい」


「じゃあ、あの時親御さんからはなんて言われた」


「お父さんとお母さんからは……」


お前を進学させられず働かせてしまっている現状を本当に後悔している。


父のレオルドの言葉が不意によみがえる。


自らの願いと同様に父もまた自分の進学を望んでいた。


お金の心配もしなくていい。


親の望みも叶えられる。


「旅行そのものの話じゃないけど、本当は学校に行かせてあげたかったって、お父さんは言っていました」


「それなら親御さんの願いも叶っちゃっていいじゃない」


「はい」


でも、それは自分じゃなくて周囲の都合であり。


純粋に自分の意思じゃない。


だからこそ、レオナは失礼だと分かっていもリブに一点だけ聞かずにはいられなかった。


「店長、私がいなくなったらこの店、大丈夫ですか」


「この子ったら」


決して怒ってはおらず、呆れた様子でリブはレオナに微笑んだ。


「あのね、レオナちゃんがいなくてもこの店は大丈夫。ちゃんとやっていける。現に旅行であなたが長く空けた期間でもきちんとやっていたわよ」


「リブさん、すいません。失礼なこと聞いてしまって」


「ううん、いいの。聞いたのはあなたの思いやりだって分かっているから」


「ありがとうございます」


目の前にヘルシィかいるのにも関わらず。


レオナはリブの自分に対する真剣な想いにいつしか涙を流していた。


涙は頬を伝い願書に滴り落ちようとさえしていた。


濡らしちゃいけない、と。


レオナは右手で自分の涙を拭うと決意を新たにリブへの想いに応じた。


純粋な自分の気持ちを伝えるために。


「私学校に行きたい」


この店の誰よりも早くレオナの旅立ちを知ったリブの顔から険しさは消えさり。


いつしか彼女は優しくレオナに笑いかけていた。




アウロラのパーティも夕方になると帰宅する者も出始め、宴を楽しむ人々も少なくなり始めた。


そんな中ホールではまだ盛り上がりが続き。


そこから離れた広間の隅でレオナとリブは二人だけで話をしていた。


「親御さんからはお許しをもらたんだろ」


「はい。お許しというより全肯定してくれました」


「そう。なら、もう身内の負担は気にしなくていいからね」


「店長……ありがとうございます」


「ほいじゃ、パーティにもどりましょうかね」


「あのホースダムさんは厨房ですか」


「そうだけど」


「あの人にも退職の挨拶を言いに行ってもいいですか」


「良いに決まっているじゃない」


にこやかに応じるリブを見てレオナは嬉しそうに厨房まで向かった。


途中ポケットからマスクを取り出し。


いつも通りそれを着けてパーティに顔を出さないホースダムのもとに。


「ホースダムさん」


「ん」


アウロラの厨房には調理もせずただ椅子に座っているホースダムの姿があった。

ここまでお読みくださりありがとうございます。

私のたからもの編が始まりましたが二話構成ですので。

つまりは次回でこの『ハーミットなごちそう』もラストとなります。

少し早いですが。

この半年間ついてきてくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。

それでは次の更新は7/19の17:00となります。

最後までお見逃し無く。

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