下ごしらえ44【車窓編】会わせる顔
もうすぐ会議が始まる。
今回の件で保護した少女についても議題に取り上げられるだろう。
そこで自分が言わなくてはならないことがあるとすれば一つ。
紫毒の仮面の騎士は会議室に入ると静かに着席した。
レオナが目覚める一時間前。
ブギーとの戦いを終え。
今回の事件に携わったグラシャ達MAILと聖騎士団の面々は揃い踏み。
イクラジオの聖騎士団の詰所内の会議室で顔を合わせ後処理について話し合っていた。
「で、犯人はどうした」
長方形のテーブル席に関係者達は腰を下ろしており。
グラシャは会議室の奥の席にいるバレルズへと問いかけた。
テーブルは奥に行くほどMAILの面々となり。
対照的に部屋の手前に行くほど聖騎士団の者達が座っているというグラデーションになっている。
入り口手前の正面席にはバレルズと向かい合うようにイクラジオの聖騎士団の支部長が座っていた。
「僕の魔導車のコンテナの中で拘束している。下手に幻獣の護送車使うよりも安全だよ」
「お前にずっと監視されているみたいなもんだしな、犯人も気の毒なこった」
「辛辣だなグラシャは」
「ちなみにグラシャ、お前は犯人の監視役としてコンテナの中にいてもらう」
「はああ。なんでだ。バレルズがPMAG端末で把握もしているだろうに」
バロットの発言にグラシャは耳を疑った。
一方でバロットは淡々と説明を続けた。
「バレルズの運転する魔導車で犯人を護送するんでな、脇見運転をさせるわけにもいかない。あと、上空からはオレとジャベリンで見張る」
「こうなると直接犯人を監視する人がいるよね」
「それで俺ってわけか」
「そゆこと。だから、メロディアントに着くまで我慢してね」
「手前ぇ。模擬戦のときゃ、手加減抜きでやるからな」
「怖い怖い。休憩込みで一日間だけ犯人とメロディアントまでドライブしていてね。景色は見えないけど」
「ちっ。それよりバロット。ジャベリンの調子はどうだ」
「もう大分休めた。いつでも出発できる」
「はは、ご主人様に似てタフでいらっしゃる」
仮面の下でグラシャは愉快に笑った。
バレルズへの文句を飲み込むのも兼ねて。
「そうそう。支部長さんちょっといいですか」
グラシャが笑う一方でバレルズは支部長に頼みがあった。
それは事件に巻き込まれ犯人の魔法を受けた少女についてだ。
「今医務室で休んでいる女の子のお世話をお願いできますか」
「構いませんが」
「特に後遺症とかないはずですが、ちょっと様子見てもらえます?」
「お安い御用ですよ」
「宿代わりじゃないけど、彼女に食事と寝床も与えてくれたら助かります」
「ここには台所もありますし、食事についても問題ございません」
「決まりだね。一応僕の妹のジェシカも彼女の側につけておくので後はよろしくお願いします」
「はい。分かりました。バレルズ団長」
「もう、元団長でしょ。そこは」
今後の段取りもバレルズたちの冗談で締められ、話し合いも終わろうとしていた時だ。
未だに私服姿で席についているワッツにグラシャが一つ注文をした。
「なあ、ワッツ。お前さんあのお嬢ちゃんに会うの控えてくれねえか」
「えっ、どうして」
レオナの身を案じているワッツにとってグラシャからの提案は受け入れがたかった。
しかし、粗暴なグラシャにしては珍しくもの静かに言葉を紡ぎ始めた。
「嬢ちゃん、元々旅行を楽しみにしていたみてえでよ、目が覚めた後に俺らを見て色々思い出したらよ、なんか俺らが嬢ちゃんの旅行を台無しにしたみてえじゃねえか」
「グラシャさん……」
「俺も嬢ちゃんが心配だけどよ、もし、むこうが何も憶えていないなら忘れていたままがいいんじゃねえか」
静かにレオナについて語るグラシャにこの場にいた誰もが口を挟もうとはしなかった。
あのバレルズでさえも。
だからこそ、グラシャの言葉に最初に応じたのは注文を受けたワッツだった。
「はい。自分これから事件の後処理もありますし、派遣された人らばかり働かせるわけにもいきませんからね」
「ありがとよ」
素直に感謝の意をワッツに告げるとグラシャは厳かに頷いた。
それが話し合いの解散の合図となり、バレルズはこの場の面々に呼びかける。
「それじゃあ皆持ち場につこうか。じゃ、解散」
各々が席を立つ中で部屋に残っている者は減っていき。
室内にはグラシャ、バレルズ、バロットの三人だけになった。
「ジャベリンの様子を見に行く。お前達は?」
「あとちょっとだけグラシャと残っていい」
「分かった」
そう言ってバロットは部屋を去り。
部屋にはグラシャとバレルズの二人きり。
「なんか話すことあんのかよ」
「そだね。あの女の子が今回の件について尋ねてきたら、ジェシカにはグラシャのこととかは伏せるように伝えておくよ。それじゃ、バロットにもうちょい外で待つように言ってきて」
「……ありがとう」
「うーん。グラシャが僕にお礼を言うなんて明日は大雪かな」
「ふん。言って損したぜ」
言葉に対しグラシャは嬉しそうであり。
バレルズを部屋に残して彼は廊下に出た。
このままバロットの所まで行くか、と。
詰所の入り口に着いたところで。
ふとグラシャは立ち止まって廊下の奥にある医務室へと視線を向けた。
「旅行、楽しみなよ」
紫毒の仮面の騎士の独り言は誰も知らない。
もちろん彼の仮面の下の眼差しも。
ここまでお読みくださってありがとうございます。
さて、なんどか後書きで出てきた魔獣についてですが。
いずれ作中内にて解説されます。
ただ、この世界において魔力を持った生物とは別に。
魔力を司る上位の存在は精霊と呼ばれ。
具現化した魔力の肉体を持つものや。
反対に文字通り実体を持たない霊的なものや。
概念が魔力を持ち自然発生したものから。
異世界から来たものなど様々です。
ファミリアーツが一目置かれていたのは。
そうした上位存在と契約し、通常より強い魔法を行使できる点にあります。
では、次回更新は7/14の17:00となります。




