第五話 異世界からの友人
ダグの料理を食べたレオナは夕方まで寝てしまっていた。
そんな彼女はじぶんのいるゲストハウスを見て回るのだが。
そこにはヘルシィの友人である異世界からの友人との写真が飾られていた。
日が落ちだし雪原が茜色に染まっている。
「やば、寝ちゃった」
まだ何もしていないのに。
窓の外を見てレオナは慌てて起きた。
左手のPMAGウォッチも画面上の数字で五時を表示している。
冬の夕陽はすぐに沈んでしまう。
もうじき外界は夜へと塗りつぶされそうだ。
「お目覚めですかお客様」
「ダグ」
慌てるレオナを他所にダグはキッチンで生地を捏ねている。
生地の傍には卵や小麦粉にオートミール等が並んでいる。
「なに作っているの。パン?」
「スコーン擬きです」
ソファから立ち上がりレオナはダグのもとへ。
ダグのエプロンや手は小麦粉で真っ白になっていた。
「冷めても食べられる軽食をと思いこれに決めました」
「そこまで親切にしなくてもいいのに」
「久しぶりのお客様ですのでつい張り切ってしまうんです」
「なんか、ありがとう」
もういっそ甘えちゃおうかな。
穏やかにレオナはダグに微笑んだ。
手伝おうとも彼女は思った。
調理するダグの姿は健気そのもの。
(出しゃばっちゃうのも野暮かな)
レオナはダグを気遣いそっと距離を置いた。
自分は料理の完成を待てばいい。
(出来上がるまでの間この部屋でも見て回ろう)
暇つぶしにレオナは部屋の中を見て回る。
下心はなく純粋な好奇心からだ。
再び変化する絵画の付近に彼女は足を運ぶ。
そこはギャラリーとなっていた。
ショーケースには歴代のMAG端末や関連商品が陳列されていた。
壁にはMAGの年表やそれに準じた写真が貼ってある。
その中で端にあった一枚がレオナの目を奪う。
(写っているのは誰だろう)
飾られていた写真はどれもビジネスシーンばかり。
レオナが注目したのはそれらとは真逆だ。
プライベートであろう一枚。
それにはヘルシィと黒衣の男性が写っていた。
二人は肩を組んでとてもいい笑顔をしている。
黒髪の二十代くらいの若者だろうか。
黒衣もローブではない。
十年前から国内で出始めたネクタイスーツスタイルだ。
しかし、日付はそれ以前の十五年前になっている。
「魔術師っぽくないな。誰だろうこれ」
「異世界の人らしいですよ」
「ダグ、いつの間に」
エプロンを外したダグがレオナの隣に立っていた。
「料理はいいの」
「はい。オーブンに入れて焼き上がりを待つだけです」
「そうなんだ。ところで今の話もう少し聞いていい」
「いいですよ」
ダグはレオナへと写真の人物について語った。
十五年前、この山脈にはMAGを利用した結界が張られた。
目的は外部からの攻撃や侵入者の察知。
当初の目的は無事に成功し。
フォルティシモ山脈はヘルシィを守る要塞と化したも同然だった。
しばらくして、予期せぬ出来事が起きる。
現在この建物がある場所に次元の裂け目が出現したのだ。
その裂け目より現れたのが写真の人物だった。
本名は伏せ、Xと呼んで欲しいと彼は陽気に言った。
元いた世界での日々に苦労していたそうだ。
そんな時に事故にあい、死んだと思いきやここに来たらしい。
世間に対して辟易していたヘルシィ。
理外の存在であるX。
二人はすぐに意気投合した。
彼はすぐにMAGの技術を駆使し自らゲストハウスを建築した。
なんでもここに来る前のパソコンとかいう技術の応用らしい。
そして、半年ほど二人は楽しい時間を過ごしたらしい。
しかし、ずっといる訳にもいかないとXはここを発った。
ヘルシィは彼との思い出を忘れたくなかった。
思い出のためにこの場所をヘルシィは残した。
「ヘルシィさんにとってここは大切な場所なのね」
「ご主人様の大切な思い出がここには詰まっているのです」
ダグが語るヘルシィの知られざる一面。
写真一枚でも分かる。
短い間とはいえ二人が親友であるのを。
しんみりとレオナは写真の中で笑うヘルシィを指でなぞる。
「なにもかも満ち足りている人だと思っていた」
「ただの寂しがり屋さんですよ」
「ご主人様が聞いたら怒るんじゃない」
「いけない。これはご内密に」
レオナとダグは楽しそうに秘密を共有した。
まるで友達同士で交わす約束のように。
「なんかいい匂いがする」
オーブンが過去に嫉妬してレオナの視線を横取りする。
焼ける小麦とバターの香ばしさに彼女も虜になってしまう。
「そう言えばヘルシィさんの料理もあなたが作っているの」
「ご主人様はご自身で食事を賄っています」
「意外と家庭的なんだ」
「昔からの習慣らしいですよ」
「物好きね」
あの人なに考えているんだろう。
鬼才の考えをレオナは分からなかった。
料理をするヘルシィの姿を思い浮かべ彼女の頬が綻ぶ。
その様子を見たダグがにこやかに話しかける。
「ちなみに水鏡キャベツ等の食材は客人向けです」
「そうなの」
「ご主人様の普段の食事は通販で取り寄せた安価な材料です」
「ここにあるの腐ったりとかしない」
「流石に腐りそうだったら食べてますね」
食材を保存するキッチンの冷蔵庫をダグは指さす。
冷蔵庫の扉には食材の状態を示すディスプレイが埋め込まれている。
「バイト先にあったレストランのよりも良いやつそう」
「最新機種の試作機ですからね」
「なんでもござれね」
本当に何考えているんだろうね。
掴みどころのないヘルシィにレオナは呆れた笑いが出た。
自らの思い出を大切にしている親しみやすさ。
最先端を行く奇才としての異端さ。
この場所の真っ白な主のギャップがレオナの調子を狂わせる。
「そうだ。紅茶でも飲みませんか。いいのありますよ」
「ありがとう頂くわ」
「マーキュリー薬草園のクレイベリー茶葉なんかどうです」
「なんか高そうなヤツね」
「お気に召しませんか」
「よかったらさ、ヘルシィさんがいつも飲んでいるのをお願いできる」
「いつも……かしこまりました」
ダグがレオナに給したのはタワージンジャーのミルクティーだった。
材料もレオナの手持ちで入手できるほど安い。
それでいて彼女に安らぎを与えるほどに極上だった。
スコーン擬きも紅茶に負けていない。
素朴な味わいと焼きたての香ばしさが口の中で謙虚に広がっていく。
眠りに落ちるまでレオナは甘い幸せを憶えつづけた。
一つだけ彼女が残念だったのはダグが席を外したこと。
家事で大変なのだろうか。
レオナはこの感動を独りでなくダグと共有したかった。
ここまでお読みくださってありがとうございます。
前回『サブな奴らの意地』について。
もし気が向いたら続編を書くかもしれないと。
お伝えしましたが。
今作『ハーミットなごちそう』については。
前日譚を書く予定です。
詳しくは今後の後書きや活動報告で告知する予定です。
では、次回更新は12月4日の17:00になります。