下ごしらえ38【車窓編】飛龍来たる
巨大な雪の怪物と化したブギーに。
グラシャとバレルズは対峙するも。
状況は不利に変わらない。
そんな時、飛竜に乗った騎士が彼らのもとにかけつけるのであった。
魔力の暴走による爆発こそなかったものの。
ブギーの最後の切り札と言わんばかりに。
グラシャとバレルズの前に魔力によって生み出された氷雪の巨人が現れた。
『なんか手ぇ振り上げんてんぞ』
『結界を最大出力まで硬化するから黙っててくんない』
巨人はとてもゆったりと右手をあげていた。
その腕と掌はあまりにも大きく。
走って振り切れるものではなかった。
だからこそ、バレルズは結界を硬化し耐えしのごうとしたが。
一撃はあまりにも大きかった。
『うおあ、ヤベえ』
『ごめん、もう限界』
雪の巨人の一振りはバレルズの結界全体にヒビが入るまでのダメージを与えた。
結界を叩いた雪の右掌はドーム状にくり抜かれているものの巨人本体にはなんのダメージも入っていない。
『結界が崩れる。走るぞ』
ガシャン。
限界を迎えたバレルズの結界はガラスが割れる音と共に砕け散った。
結界の破片は残らず。
魔力の残滓が数秒間靄となり漂った。
「ごおおおお、オオオオオ」
雪の巨人はくり抜かれた右掌を見つめて咆哮をあげた。
生き物の鳴き声というよりも。
まるで雪崩のような恐ろしい響きだ。
『おい、一旦退くか。なんかむこうも形が変わっているし』
『珍しいね。グラシャと意見が合うなんて』
二人が口論もせず見据える先には雪の巨人が変形している姿があった。
人型からの変形。
両腕と両足は雪の鱗を持った爪が生え。
胴体は四肢以上に雪の鱗がびっしりと敷き詰められ。
頭部は鼻先に角を持ったトカゲを彷彿とさせる。
翼のないドラゴンへと雪の巨人は姿を変えた。
「オオオオオオオオオオーー」
氷雪のドラゴンの咆哮が周囲を震わせる。
駅のホームの鉄柱を軋ませるだけでなく。
振動はグラシャとバレルズの足元まで響き、二人の身動きを奪った。
『こいつはやべえんじゃねえか』
『意外だね、グラシャが弱気だなんて』
強烈な振動波により動きを封じられ、なす術なく立ち止まっている二人の前で。
雪のドラゴンは先ほどの巨人の姿の時と同様に右手を振りあげている。
今回グラシャとバレルズを守る結界はなく。
それでいて敵は鋭利な氷雪の爪で獲物に狙いをすましている。
氷雪のドラゴンの両眼にも黒い魔力のオーラが宿っているが。
その魔力量は先ほどよりも多く、まるで黒く燃え盛る炎であった。
「オオオオオーー」
振動波を伴う咆哮が氷雪のドラゴンより再び放たれる。
その右手による凶々しき一振りがグラシャとバレルズに降りかかろうとした。
その瞬間。
「ショックウェーブJ」
暴風が巻き起こり、振動波を相殺して振り下ろされようとした凶々しき雪の手を止めた。
突風のおかげで咆哮による拘束から解き放たれて、グラシャとバレルズは体勢を崩しながらも顔を上げた。
風の出どころに心当たりがあったからだ。
『大丈夫か、グラシャ、バレルズ』
『『バロット』』
念波通信により三人は互いに連絡を取り合った。
グラシャとバレルズの視線の先には武装した翼竜とその背に乗ったMAILの仲間がいた。
下級騎士の鉄の鎧よりも黒く。
漆黒の鎧を見に纏う。
翼竜の仮面を着けた騎士バロットだ。
愛竜のジャベリンの鎧もまた漆黒であり。
MAIL内では『空を裂く黒き刃』としての異名を持つ。
『すまない遅れて』
『いいって。ていうか、僕とグラシャの会話ずっと聞いていたんでしょ』
『まあな。ただ、下手に近づいたら犯人の魔力の巻き添えになりそうで上空で待機していた』
『仕方ねえとはいえ、お前さんもいい性格しているぜバロット』
『いいのか、グラシャ。そんな口聞いて。せっかく差し入れ持って来たのに』
『なに』
突然の暴風の正体はバロットの愛竜のジャベリンの両翼の羽ばたきと竜の咆哮だった。
敵の発する雪崩の如き振動波を本物のドラゴンであるジャベリンがかき消していた。
そのため、雪で出来たドラゴンは一旦唸りをやめ、攻撃の矛先も変えた。
グラシャとバレルズでなく、バロットとジャベリンに。
『今からグラシャのマギスケイルを降下する。ちゃんと受け止めろよ』
『おお、マジか。ありがとな』
念波による通信で遠距離でも会話ができるからこそ、グラシャは柄にもなくバロットへ喜んで礼を言った。
「っオオオオオ、オオオオオーー」
雪のドラゴンはバロットを狙うも。
主のためにジャベリンは空中で華麗に敵の攻撃をかわしていく。
翼竜が舞う中。
タイミングを見計らったバロットは取手のついた円状の堅牢なケースをグラシャの付近へと落下させた。
『しばらく時間稼ぎする。だからグラシャ、こいつをきっちり仕留めろ』
『ああ。ちゃんとケリをつけてやる』
ドンっ。
上空から落下したにも関わらずケースには傷一つない。
空から落ちてきたケースはグラシャの仮面と同じく紫のカラーだ。
近くにいる持ち主の魔力を検知して今はケース全体が発光している。
「これで全力が出せるぜ」
駅のホームに投下された自分のマギスケイルでもあるケースへとグラシャは急ぎ手を伸ばす。
ペアリング。
ケースから発せられた音声に共鳴してグラシャの仮面が変形する。
紫の猟犬へと。
ここまでお読みくださってありがとうございます。
今宵は七夕で、過去作に関して触れますと。
前々作の『青い夏の欠片を巡って(以下略』が夏が舞台なだけに。
七夕ソングが似合うにように書くのを思い出しました。
それでは、次回の更新は7/8の17:00になります。




