下ごしらえ37【車窓編】巨大なる変貌
ブギーの体から黒い魔力のオーラが噴出しだす。
それは事件がまだ終わっていないことを意味し。
さらなる戦いの始まりを告げるのであった。
普段は白雪に染まっているイクラジオ駅のホーム。
そこを紫、琥珀色、黒と三色の魔力が塗り潰している。
グラシャ、バレルズ、ブギーの三者の対立。
一般人や駅構内に被害が出ないようにMAILや聖騎士団員達はそちらの避難誘導や警護にまわっている。
二体一での戦いだがグラシャとバレルズにはここで戦うには問題があった。
互いに仮面の顎下のスイッチを押して念波での会話を始めた。
『おい、ここでテロスクイザ使うなよ』
『分かっている。それより奴を捕縛しろ』
『もうやっている』
背中に回したグラシャの左手には魔力による紫毒のオーラが宿っていた。
「マテリアクティブ」
グラシャの左手にブギーを拘束している物と同じ、魔力によってできたワイヤーが発現した。
『俺が手を前に出したら奴に突っ込め』
『了解』
「おら」
ワイヤーが握られた左手をグラシャは背後から前方へとかざした。
前に出されたワイヤーはブギーに巻き付いている物より短く、柄も合わせても一メートルにも満たない。
しかしながら、ワイヤーの先端には紫のオーラが灯っていた。
「っああああ」
この場を逃げ切る気力が充分に溜まったのか。
攻撃に対しての本能的な反応か。
ブギーはグラシャが腕を前に出すのと同時に即座に走り出した。
黒い魔力のオーラに覆われたブギーは暴走機関車のように猛烈な勢いで駅のホームから逃げ出したのだ。
その際に旅客者や駅員に被害が及ばぬようにMAILや聖騎士団員達が身を挺し。
文字通り一般人の盾となり魔力のオーラによるバリアを張っていたのだが。
「嘘だろ」
ブギーのタックルと呼んでいいほどの突き飛ばしは、肉弾であり魔力の盾にヒビを入れていた。
「ああああああ」
人とは思えぬ咆哮をあげブギーは突き進む。
自らに巻き付いているワイヤーの変化に気づかずに。
「逃げんじゃねえ」
ブギーに巻き付いているワイヤーの先端、柄にあたる部分。
そこに紫の魔力のオーラが灯り、更にはロープ状に伸びていた。
紫の魔力のロープの伸びる先はグラシャが現在持っているワイヤーへとつながっていた。
「マテリアクティブ」
グラシャのかけ声と共にオーラ状だったロープが硬化し、ブギーに巻き付く物とグラシャの持つワイヤーを一本にした。
その瞬間ブギーの歩みが止まり。
バレルズが彼の背後から拳を叩き込んだ。
「パルスインパクト」
磁気と高周波の両方の衝撃がブギーを襲う。
先ほどの低威力ではなく、小型の魔獣ならば気を失う強烈な一撃だ。
「っか、あ」
衝撃に耐えきれずブギーは前のめりに倒れ込んだ。
『サンキューね。グラシャ』
『わざわざ念波で礼言わなくてもいいのによ』
完璧に決まった。
グラシャもバレルズもそう思った。
しかし、ブギーに再び異変が起きた。
「おおおおおおおおおっ」
もはや人とは思えぬ雄叫びをあげ。
ブギーの体からドス黒い魔力のオーラが吹き出すとそれは巨大な竜巻と化した。
『奴の魔力が暴発してここいら一帯が吹き飛ぶかもしんねえ』
『MAILの者へ。急いで一般人を駅の外に避難させろ』
『はい。聖騎士団の者達にも呼びかけます』
『建物の防護よりも民間人の保護を優先するようにも伝えろ』
あまりにも強い魔力の嵐に。
自身の心身が侵されぬためにも。
グラシャとバレルズはブギーから距離をとった。
折角仕留めた犯人を手離すのは惜しいものの。
自分達の身の安全も確保しなければならない。
相手が自我を失うほど暴走しているのであれば尚更だ。
『バレルズ様、一般人の避難完了しました』
『皆駅の外にいるか』
『はい』
MAILの団員からの連絡にバレルズは一安心するも。
目前にいる極限状態の犯人を見過ごすわけにはいかない。
駅のホームの端、ブギーから十メートル近く距離をとるとバレルズは魔力の盾を張った。
聖騎士団達と異なり琥珀色のドーム状であり。
堅固な結界が、その中で発動者であるバレルズとグラシャをブギーの体から吹き荒れる黒い魔力の暴風より守っている。
『クソが、様子見かよ』
『落ち着け、僕も同じ気持ちだ』
念波での会話でグラシャとバレルズはお互いもどかしさを吐きつつも。
状況は刻一刻と変わっていく。
「おおおおおっーー」
ブギーの唸り声が収まるや。
駅のホームの屋根や線路の先など周囲のありとあらゆる雪が黒い魔力の風に乗って集い出した。
その発生源であるブギーは完全に黒い魔力に覆われてしまい、球状の黒い魔力の塊となった。
次第に黒い魔力の風による吹雪は勢いを増していき。
ブギーが内部にいる魔力の球体へと吸い寄せられていった。
『バレルズ、結界を解け。爆発しないと分かったから奴を叩きに行くぜ』
『バカ言え、僕達全力が出せない上に今結界を解くと奴の魔力に吸い寄せられて人質になるかもしれないぞ』
『でもよ、奴の懐に入れるならチャンスだろ』
『あれほど高濃度に圧縮された魔力を砕けるほどじゃないって君が一番分かっているだろ』
『……分かったよ』
MAGや感知魔法で測定せずとも目視で分かる程にブギーを覆う魔力は硬質化していた。
それは戦闘経験豊富な二人でなくとも一般人でも理解できる量だ。
様子見。
二人がただ見ているだけと悪く言ってしまえる状況も一分程度で変わった。
黒い魔力の風による吹雪が止むとブギーがいた場所には雪と氷で出来た体の巨人がいた。
子供が作る雪だるまのような可愛げはなく。
駅のホームの屋根を軽く上回る巨体に。
雪でできた体といえど。
体表は硬く押し固められていて鎧と変わらない。
『おい、こっち見てんぞ』
雪の巨人の頭部、両眼にあたる部位には先ほどまでブギーから吹き出ていたものと同じ黒い魔力が灯っていた。
そして、その魔力の目が見据える先にはグラシャとバレルズがいた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
活動報告にも記しましたが。
自分の好きなものを入れて膨らませていった結果。
下ごしらえ編が本編よりも長くなってしまい。
もう五倍近いです。
それでは、次回の更新は7/7の17:00、七夕となります。




