下ごしらえ36【車窓編】とりあえず渡せ
イクラジオに辿り着き。
グラシャはバレルズに会うも。
己の武装であるマギスケイルはまだ返してもらえず。
それでいてまだ事件は終わっていなかった。
『イクラジオ、イクラジオに到着しました』
車内アナウンスが車両内に流れる。
十数分前ならば特殊な案内だった所だが。
『お荷物、お忘れなきようお願いします』
通常のアナウンスがされ乗客達は各々旅路にもどる。
降車する者。
列車に残り続ける者。
騒動があった車両もグラシャや私服で潜伏していた聖騎士団の誘導のおかげでだいぶ落ち着きを取り戻しつつあった。
「あんたも聖騎士団だったんだな。便所行かなくていいのか」
「いや、あれは演技です」
「なんだ。ところで、お前さん名前は」
「ワッツです」
ドラゴンの卵の密輸犯のブンドールを魔力で具現化したワイヤーで拘束しつつ。
同じ車両に居合わせた聖騎士団員と共にグラシャはイクラジオの駅のホームへと降りた。
レオナの身をワッツに預けて。
「ワッツ、あんたが担いでいる嬢ちゃん、ここで降りんだ」
「この子もイクラジオが目的地なんですか」
ワッツは朦朧としているレオナの右肩を担ぎ、彼女の体を支えながら一緒に歩いている。
「しばらく騎士団の詰所かどっかで休ませてやりな」
「はい。イクラジオの駐在所には医務室があるんで、そこでゆっくりさせときます」
「なら、安心だな。俺はこの男を見なくちゃいけなーー」
「ブンドールは偽名で本名ブギー・クラック。元々は密航専売のドラゴン乗り」
「この声は」
「どうしましたグラシャさん」
「トラレータ、本名はラピッドだっけ。共犯者に色々聴取できたおかげで楽に事も運べたよ」
このいけすかない感じ、とグラシャは説明じみた声がした方を見た。
そこには鎧姿のバレルズがいた。
十人ほど、部下であろうMAILや本件に協力してくれた聖騎士団員を侍らせている。
「お疲れグラシャ」
「お疲れじゃねえよ」
「早く犯人の身柄を渡してくれる」
「おいおい、もっと言うことあるんじゃないのか」
イラ立つグラシャにワッツはハラハラするもバレルズは悪気なく明るく質問に答えた。
「ごめん。ごめん。作戦の都合で仕方なくてさ」
「仕方ねえ、じゃねえよ。大事なことは事前に言っておけ」
「だってグラシャすぐ顔に出るじゃん」
「てめえ」
「それにグラシャ意外と器用な戦い方するから下手に武装させるよりもいいかなって」
「褒めてるつもりかよ」
「ええ、気に入らなかった」
「当たり前だ。それこそ俺のマギスケイル返しやがれ」
「それなんだけどさ、バロットに渡しちゃった」
「はあ、なんだと」
「今イクラジオにバロットもいるんだけどさ、あいつに預け直したんだ」
「おいおいおいおいおいおいおい、なにしてんだバレルズ」
「僕が渡すよりもバロットが渡したほうがグラシャも喜ぶと思ってね」
「この野郎」
「ああ、あ、あの。こちらのお嬢さんを駐在所までお運びしてもよろしいでしょうか」
MAILの上級騎士であるコマンダークラス同士が一触即発。
とても荒れそうな雰囲気の中でワッツは勇気を振り絞った。
その勇気に応じたのかバレルズは彼の方へと顔を向けた。
「君が担いでいるそちらのお嬢さんは?」
「犯人の催眠魔法の影響で朦朧としております」
「それは一大事だ。丁重にかつ迅速にお運びしなさい」
グラシャの時とは打って変わり。
バレルズは丁寧な物腰でワッツに応対した。
「かしこまりました」
「まったく、催眠魔法で人質をとるなんて。なんて卑劣な」
「おい、犯人の身柄渡すから早くバロットの居所教えやがれ」
呆れた様子でグラシャはバレルズに問いかけた。
それに対しバレルズは軽く応じる。
「ん、アイツなら聖騎士団の駐在所にいるよ」
「だったら、バロットにお嬢ちゃんを迎えに来てもらうか」
「でしたら、自分がそれまでの間彼女を介抱していてもよろしいでしょうか」
「それもそうだな。任せるぜ」
「了解しました」
もうすぐ一見落着しそうだ。
グラシャは仮面越しに息をついた。
そう思っていた直後、握っていたワイヤーに違和感を覚える。
「なんだ、どうなってやがる」
グラシャが感じた異変は手元から。
ワイヤーを伝って自分の掌へと熱が昇ってきているのだ。
熱源は拘束しているブンドール、いやブギーから。
「こいつ気を失っているんじゃないのかよ」
「グラシャ、退け。僕がやる。各団員は一般人の保護を最優先に」
先ほどまでのおちゃらけた風貌はなくなり。
MAILや聖騎士団に指示をすると冷静にバレルズはブギーの頭部へ手をかざした。
低威力のパルスインパクトで対象を完全に失神させるためだ。
しかし、それよりも早くブギーの体から黒い魔力のオーラが吹き出してバレルズの一手を阻んだ。
「ぐ、が。グガアアアア」
オーラは低威力のパルスインパクトの磁気を掻き消し、それまで項垂れていたブギーはワイヤーに拘束された状態のまま顔をあげた。
「オオオオオ」
彼は白目になり、歯茎も剥き出しで、まるで獣の形相であった。
同時にグラシャのワイヤーからブギーを発火元に炎が迸る。
「こいつ、離すかよ」
炎はグラシャの手元まで昇り詰め彼に火傷を負わすが、それでもなおグラシャはワイヤーを力強く握り続けた。
しかし、ブギーはそのグラシャの覚悟を否定するように大きく体を震わせて彼の手綱を振り解いた。
「うわっ」
炎と共にグラシャは壁に叩きつけられる。
幸いにも巻き込まれた者はいなかったが。
敵を自由にさせてしまった怒りがバレルズのやり取りよりもグラシャをイラ立たせた。
「こいつ、マジで許さねえ」
列車はまだ発車しておらず。
鉄道の乗組員や駅員に乗客。
騒動が起きれば駅のホーム内では大きな被害が予想される。
誰も犠牲にするわけにはいかない。
その場にいたMAILや聖騎士団員達の心が一つになる。
まだ一般人もいる中で強力な魔法が使えない現状。
バレルズは冷静に敵の状態を分析する。
「恐らく捕まったときの保険で条件付きの暗示を予めかけておいたんだろう」
「暗示か。んで、その暗示とやらで催眠魔法を自分にでもかけたってところか」
「ちゃんと魔力封じの手枷はしておいたグラシャ」
「当たり前だろ。それもきっと暗示によるバカ力で強引に壊したと思うが」
「だろうね。あいつの足元に手枷の破片がちらばっているし」
「クソ。用意周到な奴だぜ」
起き上がったグラシャはバレルズの意見に補足する。
普段はよくぶつかる仲であるものの。
任務において、しかも共通の敵がいるとなれば話は別。
とにかく敵を倒すのみ。
「たく、暗示経由で自己催眠とはな。どおりでセンサーに引っかからなかったわけだ」
呑気に話しているわけではない。
動けるようになるまでの間の状況確認。
一般人達の避難をさせるための誘導。
この場に誰も立ち入らせないための魔力でできた規制線。
更に列車や建物、なにより人命を守るための防御結界。
MAILや聖騎士団問わず、彼らの働きと戦闘による損害が抑えられることまで確認し。
グラシャとバレルズはブギーとの戦いに赴いた。
「バロットもこっちに向かうだろうけど、グラシャその格好で挑むつもり」
「しょうがねえだろ」
チラリとグラシャは後ろを振り返ると。
規制線の向こう、大急ぎでレオナを連れてここから立ち去るワッツの姿が目に入った。
「よし、行くか」
紫の魔力のオーラがグラシャの全身にたぎる。
それに応じるようにバレルズもまた自身の琥珀色の魔力をたぎらせた。
紫、琥珀色、黒。
イクラジオにて三者の魔力が解き放れた。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
マギスケイルについて今回は触れます。
非装着時は丸いケースになっており。
こちらに認証された個人の魔力が流れると。
ケースは鎧へと変化し対象者に瞬時に装着される仕様となります。
では、次回更新は7/6の17:00になります。




