下ごしらえ33【車窓編】マテリアクティブ
グラシャの奇策にかかったブンドール。
車内に緊張が走るが、その時レオナに異変が起こる。
山岳鉄道がイクラジオに到着するのにもう三十分もかからない。
そんな中で列車のある車輌では波紋が広がっていた。
MAILのグラシャが犯人確保のため動き出したのだ。
ジェシカから託されたドラゴンの卵の模型を自席に置くと。
グラシャは己の魔法を解き放ちつつ。
ドラゴンの卵の密輸の主犯であろうブンドールへと問い詰めていた。
「靄もかかってねえ、こんな模型の卵に驚くとはなあ」
「いや、それは……」
「ちと話を聞かせてもらうからな」
グラシャの右手が紫の光に包まれると。
数秒後、紫のワイヤーがその手に握られていた。
「マテリアクティブ」
ワイヤーを鞭のようにグラシャはしならせ、床を一打する。
これに対しブンドールもまた右手をかざし抵抗する。
ブンドールの右の掌にもまた魔法の発動の証である。
発行するオーラが現れていた。
最もグラシャとは異なり淡い水色だ。
「悪いが捕まるわけにはいかないのでな」
MAILには相手を自白させる魔法の使い手がいることは有名であり。
疑われたら最後。
そのまま尋問で真実を洗いざらい吐かされてしまう。
メロディアスでは子供でも冗談に使うほどの常識であり。
ブンドールもまた自白を避けずにはいられなかった。
つまりブンドールはグラシャに抵抗の意思を示したことで。
己の悪行を認めたのだ。
「悪あがきはやめときな」
「それはどうかな、若僧」
「なにっ」
先手必勝。
下手に動かれるよりも速攻で勝負を決める。
グラシャがワイヤーを振りかぶろうとした瞬間。
「嬢ちゃん、寝ていたはずじゃ」
「スゥー。スゥー」
席で眠っていたはずのレオナが。
グラシャの振りかざしていた右手を掴んでいたのだ。
「こいつは、催眠魔法か。クソ」
「くく、見かけによらず物知りだな」
透視魔法を使った際に杖になんの仕込みもなかった。
他に考えるとすれば、介抱と称してレオナに魔法をかけていた時。
もう少し疑っていれば。
グラシャは己の油断に後悔した。
「どうした、その女の子ごと振り払うかね」
「やってやろうか」
「なら、その子を窓から飛び降りさせるだけだがね」
敵の術中に嵌り。
眠りの中、ブンドールに操られるレオナは一旦グラシャから離れると。
立ったまま自席の窓を拳で何度か叩いて見せた。
車内システムによりロックがかかっているものの。
強い力で叩かれれば割れてしまう。
なにより人質として一般人を巻き込んでいるこの状況下。
レオナだけでなく。
それ以外の乗客もこの騒動に困惑し。
皆、不安で動揺しきっている。
速攻で終わらせ、乗客にはイクラジオまで大人しくしてもらう。
グラシャの当初の目論見は叶わなかった。
「そのお嬢ちゃんだけでなく、他の客にも催眠魔法をかけてやってもいいぞ」
これまでの紳士然とした態度から一変し。
相手を脅かす低い声色でブンドールはグラシャへと忠告した。
「ったく、よお」
「おっと、妙な動きはするな。その魔法を解いて自分の席にもどれ」
「……しょうがねえな」
魔法を解除しグラシャの手から紫のワイヤーが消えた。
そうして、ブンドールに言われるがまま。
グラシャは自分の席へと戻っていった。
「そこでワシがくれてやった菓子でも食っているんだな」
「分かったから、嬢ちゃんを座らせてやりなよ」
「ワシに命令するな」
軽口すら許さないという意思表示なのか。
操られたレオナは再び窓を拳で叩いた。
「分かったよ」
肩をすくめグラシャは大人しく自らの席へともどった。
着席する際にブンドールがくれたチョコボンボンシューの箱と。
ジェシカから託されたドラゴンの卵の模型を膝の上に置き。
グラシャはひとまずブンドールの言う通りにしたのであった。
イクラジオ到着までもう間も無く。
車内の人間の心模様はそれぞれ。
乗客は自分達の無事を祈り。
グラシャは仮面の下で打開策を模索し。
ブンドールは己の逃亡の成功を願いつつ。
一方で騒乱の最中にあつてもレオナはまどろみ続ける。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
夏になり読者の皆様はいかがお過ごしでしょうか。
ここからは下ごしらえ編もとい今作『ハーミットなごちそう』が完結するまで。
連日投稿を行います。
というわけで時間帯は同じですが。
明日7/3の17:00に更新いたします。
ぜひ最後までお付き合いくださいませ。
あと、クォーツ教皇がエメラ教皇の先代。
ソル教皇は先先代なので修正しておきました。
ついでに活動報告も更新しましたので。
そちらもよろしければご覧ください。




