表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/37

第四話 従者のつくるご飯

目が覚めたレオナはヘルシィと会うも。

彼からはほとんど相手にされなかった。

取り残された彼女は。

傍にいたヘルシィの従者であるダグがつくってくれた食事を。

召し上がるのであった。

柔らかいベッドの上でレオナは目を覚ました。

 

(ここはどこ)

 

彼女がいる部屋の中は木造で自然の温もりが感じられる。

 

しかし、室内は自然の優しさだけではない。


設備のほとんどにMAG端末が搭載されていたのだ。

 

空調のパネル、掃除用の円盤ゴーレム、クロ―ゼット等々。

 

(まさかヘルシィの家)


目も覚めていきレオナは状況を整理していく。


そして、彼女は自身の変化に気づいた。

 

「あれ、なにこの服」

 

レオナの今の格好は気を失う前のものではない。


白い寝間着だった。

 

自分が寝ていた間に何が起きた彼女は疑問に思う。


それに答えるように部屋の扉が開く。

 

「お早うございます。お客様」

 

ドアを開けたのは少女にしてはやや低めの声の持ち主だった。

 

見た目は黒髪の中性的な十代半ばの子供にしか見えない。


黒いシャツに黒のズボンで全身真っ黒だ。

 

例外は前髪の一部だけ。


唯一そこだけは白かった。


その白髪は長く藍色の左眼を少し隠している。

 

「気分はいかがですか」

 

「まあ、いいかな」

 

「申し遅れました。自分はヘルシィ様の使用人のダグと言います」

 

「丁寧にありがとう、ダグ」


使用人か、お金持ちだしいてもおかしくないか。

 

自分と同い年ほどで背丈もあまり変わらない。

 

レオナはダグの外見に親近感を少し覚えた。

 

「お客様のお荷物や服は後でお返します」

 

「分かった。ちなみにあなたが私を介抱してくれていたの」

 

「はい。お客様に風邪をひかせるわけにはいきませんので」

 

「ありがとう」

 

この子だったら大丈夫かな。

 

自分の身を案じていたレオナはダグを見て安心した。

 

体調も悪くなく危害も特にない。

 

後は目当ての人物に会うだけ。

 

レオナがダグに用件を話そうとしたときだった。

 

「ご主人様がお待ちですので準備ができましたらお声かけください」

 

「えっ、いいの」

 

「はい。久しぶりの来訪者ですので興味がお有だそうです」

 

まさか向こうから呼んでくるなんて。

 

嬉しい誤算にレオナは喜んだ。

 

ベッドから起き上がり彼女は体を軽くほぐす。


調子を整えるとダグと共に部屋の外へ。

 

扉の先は暖炉の有るキッチン付きの広いリビングだ。

 

一階建てのつくりながら天井はそれなりに高い。

 

中央にはテーブルを挟んで二つのソファがある。


その一つにヘルシィが座っていた。

 

「ようこそお客人」

 

この場所の主であるヘルシィがレオナを出迎える。

 

不敵に笑いながら。

 

それでいて茶目っ気を出しながら。

 

「取りあえず座りなよ」

 

ヘルシィは自分の前に座るようレオナを手招きする。

 

彼女もそれを受け入れダグを傍にソファに腰かけた。

 

「アポなしで来るなんて参ったよ。しかも気絶しちゃうし」

 

「すいません」

 

「とりあえず、キミの名前を教えてくれ」

 

気さくにヘルシィは尋ねる。

 

レオナも彼の雰囲気に合わせて明るく答えた。

 

「私はレオナ・ストレングス」

 

「レオナさんね。僕はヘルシィ・ハーミット。よろしく」

 

「ここはあなたの家ですか」

 

「いいや、ここはゲストハウス・ミラージュ。客人を迎える場所さ」

 

「ゲストハウス。あなたを訪ねてくる人多そうですもんね」

 

「いや、全然」

 

「えっ、意外」

 

「最近はMAGを使ったメールやリモート会話で充分だよ」

 

「そうなんですか」

 

なんか思っていたより話しやすい人だ。

 

レオナはヘルシィを気難しい人物と思っていた。

 

MAGの開発者であり世界を変えた者。

 

その先入観がレオナを強張らせていた。

 

しかし、実際はとてもフランクな人物だった。

 

だからこそ、レオナは彼に聞かれる前にここに来た目的を答える。

 

「お願いします。どうか私をあなたの弟子にしてください」

 

「断る」

 

即答である。

 

ヘルシィは笑顔のままレオナの頼みを断った。

 

「そこをなんとか」

 

「そうやって騙そうとしてきた人を僕は何人も見てきたんだ」

 

呆れながらヘルシィは立ち上がる。


そのまま彼はカーテンに対して人差し指を横に振った。


指の動きに連動してカーテンが畳まれていく。


開かれた窓の外には正午の陽ざしに照らされた雪原が広がっていた。


「悪いけどキミの荷物を確かめさてもらったよ」


ヘルシィは部屋のクローゼットに向けて指を振る。


戸が開きその名からレオナの荷物一式が現れ宙に浮く。


「どうやらキミは系統魔術保守派閥のWOLF(ウォルフ)の者だね」


浮かんでいたレオナの荷物や衣類がテーブルの上に静かに着地する。


衣服の上には狼を(かたど)ったエンブレムが乗っていた。


WIZARD・OATH・LORD・FORCE。


彼女の所属を示す証だ。


「勝手に見てごめんね」


にこやかにヘルシィはレオナを見つめる。


視線の明るさとは対照的にレオナの顔色が曇っていく。


「危ないものは見当たらなかったけど何か隠してないよね」


「私がそんな風に見えますか」


「見える。ちょっとね」


悪戯交じりにヘルシィはレオナに余裕を見せる。


室内は緊迫する。


ヘルシィは立ち上がり更に彼女を追いこむ。


「キミのPMAG(プマグ)、個人用のMAG端末を持っていないようだね」


「うち貧乏だから」


「じゃあ僕がプレゼントしてあげよう」


ローブのポケットから腕時計型の端末をヘルシィは取り出す。


彼はそのまま端末をレオナの左腕に取りつけた。


錠前が描かれた認証の魔術紋様が発光しアナウンスが流れる。


『対象を認識しました。ロックします』


「悪いけどキミにはしばらくここにいてもらう」


「ちょっと何したの」


「監視用にPMAGウォッチを取り付けさせてもらった」


「全然とれない」


「時限式で三日経たないと外れない仕組みさ」


「いっそ寝ている時につければよかったのに」


「対象が起きていないと付けられないのが難点なんだ」


「そうなんですか」


やらかした。


ヘルシィの手中に陥りレオナは愕然(がくぜん)とした。


彼の推測もほぼ的中しており図星である。


「それ防水防塵でネットにもつながるし普通のMAG端末として使えるから」


「別にこれで遊びませんよ」


「あらら、残念」


「私はいつまでここに居なきゃいけないの」


「さっき言ったことにも絡むけど三日かな」


「それを過ぎたらどうなるの」


「MAILにキミの身柄を渡す」


「嘘でしょ。そこまでするのは大袈裟じゃない」


「事情聴取だけで済むようには頼んだよ。それもキミ次第だけどね」


「そんな」


マズい。


ヘルシィからMAILの名を聞きレオナは怯えた。


MASK・ACTIVE・IMPACT・LEAGUE。


この国が有する仮面魔法戦士団。


有事の際の戦力だけでなく治安維持や諜報活動も行っている。


レオナは不安から虚勢を張ってしまう。


「今更だけど私をここに引き入れたのはあなた達じゃない」


「僕に弟子入りしたくてやって来たんじゃないの」


「それはその……」


「時間までゆっくりしていきなよ」


そう言い残しヘルシィはゲストハウスから出ていった。


外から入って来る風は爽やかだが肌寒い。


残されたレオナは理不尽さから頭を掻く。


ダグは彼女をなだめるように微笑んでいる。


ため息をついてレオナが愚痴をもらす。


「もう何なの」


「まあまあ。ひとまずご飯にしませんか」


「食べている暇なんてないわ」


ぐうう。


空腹の音が鳴る。鳴らしたのはレオナだ。


「これはね。あの。その」


「すぐに準備するのでお待ちください」


「はい」


とりあえず何か食べよう。


自暴自棄に首をかしげながらレオナはソファに座った。


彼女は諦めた様子でテーブルに顔をうつ伏せる。


自分の左腕に巻かれたPMAGウォッチを右手でさすりながら。


「ねえ、ダグこれって爆発したりする」


「しませんよ。ご安心ください」


「本当かな」


疑わし気にレオナは端末の上部にあるつまみを指で回した。


回転に合わせて画面の表示にされるアプリが切り替わっていく。


(面倒くさいことになったな)


気怠そうにレオナはキッチンの方に目をやる。


そこでは冷蔵庫から取り出した食材をダグが温めていた。


使用しているのはMAG端末搭載のキッチンヒーターだ。


「いいキッチンね」


「ありがとうございます。今更ですけどMAGで調理した物は口にして大丈夫ですか」


「構わないわ、私の家はMAG肯定派だから。貧乏だから物珍しかっただけ」


「教皇がWOLFに補助金を出していませんでしたっけ」


「十一年前に就任した教皇は知っているわよね」


「エメラ・ステラですよね」


「もう何年前も前からその人の意向で補助金は減らされているのよ」


「へえ」


「失礼だけど、ヘルシィさんと違ってあなたそういうの疎そうだもんね」


「すいません。ニュースはトピックくらいしか目を通してなくて」


「ええと、ごめん。ちょっと私もあなたに言い過ぎたかもね」


MAG贔屓(ひいき)もいいところよ。


苦い表情でレオナは不満を漏らした。


悩みを振り払うように彼女はダグから目をそらす。


すると飾られていた一枚の絵画が彼女の目に飛び込んできた。


もっと絵を鑑賞するためにレオナは席を立つ。


「ヘルシィさんの肖像画かな」


杖を持ったヘルシィの全身像が描かれた一枚。


『寂しい魔法使い』


額縁下のタイトルには銀細工でそう記されていた。


「いい絵ですね」


お金持ちらしい趣味しているわ。


興味も失せレオナが再びタイトルを見つめたときだ。


『幻影なる従者』


最初にレオナが見た時と題名が変わっていた。


題名だけでなく、描かれているものも変化している。


描かれているのはダグの立姿だ。


「どうなってんのこれ」


「認識魔法の一種です。見える絵が都度変わっていくんです」


サラダとスープを運びながらダグはレオナの疑問に答えた。


ダグのさらりとした解答に彼女は驚く。


「認識魔法って超上位魔法じゃない」


「幻術や変身魔法とは違って周囲への影響が大きすぎますからね」


「もしかして、この絵って最新のMAGが使われている」


「ですです」


「ですですってサラッと言うわね。ていうかダグ詳しくない」


「使用人ですのでこれくらい当然です」


「偉いわね」


すごい所だ。


ダグを褒めつつもレオナは探るように辺りを見渡した。

 

品定めや宝物に目を光らせる様に。

 

(ここにあるものを何か持って帰ればお父さんも褒めてくれるかも)


舞い上がりながらレオナは室内を観察しようとしたときだ。


「レオナ様、スープが冷めてしまいますよ」

 

「あっ、うん。ごめんね」

 

あからさまなのはいけないわ。

 

露骨な咳払いをしてレオナはソファに腰かけた。

 

単純に彼女が空腹だったのももちろんある。

 

「美味しそう」

 

「水鏡キャベツのサラダとゲルコカトリスの卵のスープです」


「本当に食べていいの。どれも高級品じゃない」

 

こんな贅沢なものが食べられるなんて。

 

喜びと困惑が交互にやってきてレオナはなかなか食べられずにいた。

 

ダグがそんな彼女に食事を促す。

 

「遠慮せず冷めないうちにどうぞ」

 

「うん。いただきます」

 

スプーンを持ってレオナが食べ始めようとしたときだ。

 

静かにダグは外へ出ようとしていた。

 

「あなたも一緒に食べないの」

 

「自分はいいです。それに他に仕事もあるので」

 

「なら、仕方ないわね」

 

むしろ好都合。

 

退出するダグをにこやかにレオナは見送った。

 

このまま部屋を物色してもいい。

 

しかし、それよりも何よりもお腹が空いた。

 

腹ごしらえのためレオナは改めて食事を始めた。

 

(美味すぎる)

 

彼女が最初に食したのはサラダ。

 

キャベツは単体でも瑞々(みずみず)しく甘かった。

 

それを引き立てたのがドレッシングだった。

 

卵ベースで細かく刻んだ玉ねぎに細かくしたゆで卵が入っている品だ。

 

次にレオナが味わったのは卵のスープ。

 

ゲルコカトリスの卵は固ゆで。


対照的に黄身はトロトロの半熟。


具材も卵だけでなくみじん切りにされた大根と生姜(しょうが)が見受けられる。


卵のコクが舌に歓喜をもたらし野菜が温もりを与える一皿だ。


あまりの美味さにレオナは黙々と食べた。


サラダの一切れ。ドレッシングとスープの一滴。


なにも残さず、彼女は全部食べ終えた。


「ごちそうさまでした」


大満足。

 

料理の絶品さにレオナは夢見心地だった。

 

彼女はその満足感からしばらく体を動かしたくなかった。

 

(色々と探すのは後ででもいいよね)

 

食器を除けるとレオナは再びテーブルに顔をうつ伏せた。

 

得も言われぬ充足感のまま。

 

「おいしかったな」

 

独り言が漏れる。

 

この場には今レオナ一人。

 

彼女以外は誰もいない。

 

「ひとりでご飯か」

 

レオナは呟く。

 

誰に対してでもなく自己満足のために。

 

「一人で食べるのは慣れっこだけどね」

 

なに言ってんだろ私。


切なさを漏らすとレオナはそのまま眠りについた。

 

寝息は雪原の風と違い穏やかで優しい。

ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

唐突ですが『サブな奴らの意地』は完結しておりません。

つまりは、これまた唐突ですか続きを気まぐれで執筆するかもしれません。

という、宣伝じみたことを入れつつ。

次回の更新は11月27日の17:00の予定です。

まずはこちらの物語を最後までお付き合い頂ければ幸いです。

来週も物語を通してお会いできるのを楽しみにしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ