下ごしらえ５ 珍しい日
店長であるリブの頼みで珍客が来店する日の担当となったレオナ。
その日はリブ、レオナ、店の料理人であるホースダムの三人で。
昼間貸し切りでとある人物を迎えることになった。
「行ってきます」
父のレオルドはトランシープの駅で鉄道整備員。
母リオルは駅コンテナの管理業務。
レストランで働くレオナは両親と違い。
店の開店は昼の十一時からなのだが。
準備などの諸々の時間を考慮し。
十時過ぎに家を出る。
彼女が出発する頃にはもう父も母も。
各々出勤しているため。
家族揃っての団欒ができない日も珍しくない。
それでいて帰宅が一番早いのはレオナだ。
（お金貯めないとな）
特段欲しいものがあるわけではない。
レオナの収入は全て家計の助けとなっている。
（きっといつか今よりイイ暮らしをするんだ）
通勤中レオナは職場の立地上。
駅の構内を通るのだが。
そこには多種多様な人々がいる。
彼女がいつも思うのはーー。
今より良い暮らしをしたい。
義務教育を終え。
十二歳になるよりも早く働き始めた彼女は。
常にそんな思い出職場に赴いている。
特に駅で身なりのいい。
富裕層の人々を見かけた際には。
さもしいと分かりながらも。
レオナは強くそう思わざるを得なかったのだ。
具体的に今よりも良い暮らしというものが。
何なのかが言葉にできなくなって数年も経ってしまったからだ。
「おはようございます」
「おはよう、レオナちゃん」
勤務先のレストラン・アウロラに辿り着くと。
店長であるリブがレオナを明るく出迎えた。
「今日も一日頑張ります」
「レオナちゃんのそれ聞くとなんか一日が始まった感じがするわ」
更衣室で店の制服に着替えると。
ホールへとレオナは出向いたのだが。
普段なら開店前に軽く机を拭くのが一番の仕事だが、今日は違う。
「貼ってきましたよ」
「ありがとう」
店の入り口のドア、そこが本日最初の取り掛かり。
『本日ランチタイム中貸切。営業開始は夕方から』
そう書かれた紙を貼って戸締りをするのが本日のレオナの最初の仕事だ。
「にしても、いっぱいお金を払ってまで人払いしたいもんですかね」
「今日は珍客が来るからね」
「だからって、PMAG持っていないって理由で私を今日のシフトにしたんですか」
「レオナちゃんならSNSとかに今日のこととか書く心配しなくていいしね」
「そんな有名人が来るんですか。いつもは常連さんのためにこんなことしないのに」
「レオナちゃんだから話すけど、その人わたしの幼馴染なのよね」
「だから、今日だけ特別にお昼を貸切にしたんですね」
「まあね。要はわたしのワガママ」
「……他の人には黙っときますね」
「ありがと。ホースダムもいつも通り頼むよ」
「まかせておけ」
「頼もしいわ。おっともうすぐ来るみたい」
リブは自分のPMAGの。
掌よりもやや大きなサイズの画面に表示されたメッセージを見て。
レオナに次の指示を出した。
本日、この時間に店内にいるのは。
店長のリブ、バイトのレオナ、厨房担当の男ホースダムの三人。
ホースダムはリブの従兄弟で。
料理長である父からこの店の味を受け継いだコックだ。
力持ちの男だが。
先代の父の影響で衛星の観点から。
コック帽とマスクをしているため。
従業員であっても素顔を見た者は店長のリブ以外にいない。
ここで数年働いているレオナも知らないほどだ。
そうして必要最低限の人数で。
レストラン・アウロラが出迎える珍客が。
店の扉を開けてきた。
「ごめんなさい。稼ぎ時なのに貸し切っちゃって」
「いえいえ。その分のお金は受け取っていますので。マダム・エンプレ」
「昔みたいにビーンズちゃんでいいのに」
「じゃあ、おいでませビーンズちゃん」
訪れたのは一人の女性だった。
最初はローブやレースのついた青い布で。
顔を隠していたが。
リブの呼びかけにより。
彼女は素顔を晒した。
来店してきた珍客は。
ここの店長であるリブとそう歳の変わらない。
黒髪の女性だった。
現れたのはメロディアス一の占い師と名高い。
マダム・エンプレこと。
ビーンズ・キャンディボウルだ。
ここまで読んでくださありがとうございます。
もう新年も一月目が終わろうとしています。
だからこそ、これからの季節で読者の皆様のお体が崩れぬよう。
私は願っております。
ご無理をなさらぬように、と。
では、次回の更新については2/5の17:00になります。
