七十五日後に死ぬ流言
私は中学3年生の飛語流言(15)。窮地に立たされています。10月にある合唱コンクール、、そのピアノの伴奏を任されたからです。
お母さんは私が保育園児の頃に
「ピアノは女の子の習い事にはとっても良いのよ。頭も良くなるし、友達もできるわ!」
と地域に唯一の音楽教室に通わせたんだけど、何と同学年の子が一人もいなかったの。しかも、私には壊滅的にピアノの才能が無くて、先生に怒られてばかり。だって楽譜なんて読めないし、覚えられないし、指も薬指、小指なんて全然力なんて入らないし、練習も全然楽しくなかったわ。課題も沢山出るし、家のキーボードで何度も何度も同じ音を弾いて、それを聞いていると頭がおかしくなってくるの。小学3年生まで何となく通い続けたんだけど、先生から
「やる気が無い」「保育園児より下手」「課題やってないでしょ?」「言う事きいて」
と周りに他の生徒が多くいる中で何度も何度も何度も注意されて、とうとうぷっつんして結局辞めることになったの。合わない習い事ってすぐ辞めるべきだったんだろうけど同学年の子がいなかったから話し合ったりする場も無くて、そんなもんなのかな?とだらだら続けてしまったのよね。
で。中学3年生の夏休み直前には多くの子が部活は引退するって時期。私の入っているバレー部は地区大会で勝っていたからまだ続くんだけど、これから高校入試のための勉強を頑張らないといけない時期でもあるの。合格予想のボーダーに得点が50点程足りてないのよね…。田舎だから近所に公立高校が1つしかなくてランクを下げてしまうと時間のかかる電車通学になっちゃう。11月に県で実施される重要なテストで大きく点を伸ばさなきゃいけないから、夏休みに勉強頑張るぞ!と意気込んでたんだけど…。
クラスのホームルームで担任の先生が
「え~。もうすぐ夏休みに入るけど、お前ら3年で受験生ってことを忘れるなよ。中学最後の夏休みだからって遊び惚けるな。夏休み明けにもすぐテストがあるから気を抜くなよ~!あ、そうそう。そんな時期ではあるけども10月の下旬に合唱コンクールもあるからな。部活はまぁ終わってるから良い気分転換になるだろ~。それで流言はピアノを5年ぐらい習ってたんだろ?この前の家庭訪問でお母さんに聞いてな。ずっと先生知らなかったぞ。10月の合唱コンクールで伴奏よろしくな。弾ける子はこの学年にいないと思ってたけど弾ける生徒がいるなら原則生徒が弾かないといけないんでな。」
え”え”え”ええええぇぇっっ~~!!!!!
「え!飛語ってピアノ弾けるの?」
「バレー部キャプテンで地区大会も優勝してんのにピアノもやれるんだ!」
「流言凄ぇじゃん!」
「あ、ありがとう、影君…。」
隣の席のひそかに恋心を抱いている男子の影君に褒められちゃった…。で、でもこの流れはヤバい!
何とか断れないかな…?と6限が終わってから部活までの時間に職員室に行ったけど担任の先生がいない…。そんなこんなで辞退を告げられないまま夏休みに入っちゃった…。
こ、、こうなったら、ピ、ピアノを練習しておかないと…。もう夏休み明けで断るなんてできないよね?10月の合唱コンクールで歌う曲は決まってすらいないけど、ピアノには触っておかないと…。小学生の頃から随分と手は大きくなったし、楽譜の読み方も思い出しておかないと!
「あー。キーボードは捨てちゃったわよ。あんたずっと弾かなかったでしょ?」
なぬ”ーーーーーっ!!
元はといえばあんた(母)が担任の先生にピアノやってたなんて言っちゃうからこんな事になっちゃったのにどうすんのよぉぉ!!!
ま、まぁ、とりあえず、今は勝ち残ったバレー部の方に力を入れておこう。楽譜もまだ無いんだしね。
ふ、ふふ。バレー部が全国大会まで行っちゃって8月の下旬までバレー漬けになっちゃった…。キャプテンとしてはとっても嬉しいんだけどね。志望高の近所の公立高に女子バレー部が無いからスポーツ推薦が使えないのよね…。部活が終わってから急いで残りの学校の宿題を終えて、夏休み明けにはすぐテスト。結果は散々…。部活で遅れた分を本気で頑張らないと。ピアノの方も、放課後に先生から音楽室で練習しても良いという許可を得て、残り1カ月半。勉強とピアノ練習を死ぬ気で頑張ってみようと思うわ。
9月。合唱コンクールの曲が決まって楽譜とにらめっこしながら1カ月間ピアノを弾いてみたんだけど、全くダメ。楽譜を読むのも憶えるのも時間がかかる。リズム感が無いからか、右手と左手がバラバラ…ミスタッチだらけ…、、どこ見ればいいの?何せ弾けないから先にも進めない。前奏だけしかまだ練習してないのにそれも満足にできない。これ、、ヤバくない??学校の音楽の先生は出産だか何だかでゴタゴタしててここしばらく学校に来てないし、周りに音楽の知識がある同級生もいない。音楽教室の先生に頼るしかないのかな…。でもそれは最終手段ね。ぎりぎりまで一人でやってみましょう。勉強も親に頼んで塾に通わせてもらってからちょっとずつ手ごたえは掴めてきているし。
10月の合唱コンクールの前日。私は窮地に立たされています。ぎりぎりまで一人でやってみたものの、どうにもならなかった…。順調に思われていた勉強も、問題を解いている時に合唱コンクールの曲が頭に鳴り始めて不安で集中を妨げられるし。ピアノの練習中に唐突に今度のテストで得点がとれなかったら本当にどうしよう…と涙が出てくるし…。
コンクール前日、ピアノの仕上がりは15%程…。本番で無様な姿を見せてしまうのは間違いない…。
「やる気が無いんじゃん?」「保育園児より下手w」「あの子部活ばっかでピアノの練習やってなかったんじゃない?」「5年も習っててこれ?」
と噂されている自分が想像できちゃう。バレー部ではあんなに頑張って成績も出したのに…。私はまた、誰にも相談できずに自らピンチになったのだけど、、、ねぇどうすれば良かったの?合唱コンクールの2週間後にある重要なテスト。こちらも過去問を解いても解いても得点は何故か下がる一方。「これは2022年の過去問と一緒の問題だね」なんて言われても私にとっては別問題なの。
だから私は最終手段をとることにしたの。音楽教室の先生に頼ること。これで全てが解決するはずよ。音楽教室のチラシの電話番号に電話して
「はい。千里音楽教室です。」
あの忌まわしい先生の電話用の高い声が耳に入り全身に悪寒が走る。しかし私は千里先生にお願いして夜に少し時間を作ってもらう事にしたわ。千里先生はえらく気だるそうに一度は断ってきたけど、何とか下手に出て頼み込んで
「明日、、、合唱コンクールで伴奏なんです。5分程で構いませんので、ピアノ室で見ていただけませんでしょうか?」
「う~ん…あんたみたいな才能無しには伴奏なんか無理でしょ。まぁ5分くらいなら。じゃ5分よ。絶対にね。」
と了承をもらえたわ。
日付が変わって合唱コンクール当日。夜の24:00を回った頃、私は千里音楽教室のピアノ室で千里先生をぼんやり眺めていたの。
「私がこの千里音楽教室に通っていた頃、千里先生ってば、私の一つ上の男の子がずっとお気にだったわよね。肩に手を置いたり、腰に手を回したり、指を絡めてピアノを指導したり…。
私に強く叱責する姿をその男の子にも見せて、間接的に千里先生に逆らえないようにしていたんでしょ?千里先生の思惑はずっと気づいてたよ。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
あ。でも私も大して変わんないかぁ…。もう隣の席じゃなくなっちゃったけど、、、担任から伴奏を頼まれた時に影君の言ってくれた【流言凄ぇじゃん!】って言葉が頭から離れないの。ある意味呪いなんだよね。
普通の子はさぁ。普通に練習して、普通にできるようになって、普通に褒められるんだろうけど、私は普通じゃなかったのかなぁ。だから普通じゃない手段を考えて実行するしか無くなっちゃった。」
もう千里先生にはその声は届いてない。ピアノの防音室の頑丈なドアとドアの間に頭部を挟まれ、流言に5分間何度もドアを力いっぱい開け閉めされ、頭部がぐちゃぐちゃな状態で亡くなっていた。過去に私を罵ってきたその口を何年たっても許すことができず、口に戸を立ててみたのだ。醜悪な顔、がちゃがちゃの歯並びで私に唾を飛ばしながら叱責をしていたその顔。今は人相は何が何やら分からないものになり、口には歯が一本も無く辺りに全て散らばっている。
人を、しかも自身の嫌いな相手を殺す事で過去のトラウマを、伴奏の任を、大切なテストを、高校の選択を、思考の全てを放棄できる1石で何鳥だという方法だと考えて行動に移したんだけど。
でも…いざ実行してみると虚しさだけが残ったの。千里先生がどうなろうかは何でも良いけど絶対に選ぶべき選択ではなかったわ。外では警察へ私の失踪届が出ているのか、深夜ながらあちこちでパトカーのサイレンが鳴っているのが聞こえてくる…。
私は千里先生と同じ部屋で××するのは嫌だったので、
学校の屋上へ…
夕方に音楽室の窓を開けて、音楽室の鍵を閉めてから、その後に千里音楽教室に向かったわ。屋上のココの下の位置が4階の音楽室の開けた窓ね。ここから飛ぶことで密室の音楽室から飛び降りたのだと誤認させることができるかもしれないわね…。そうなったら、ふふふ…。この地域に同時に2件の不審死が出来上がりね。
ま、、どうでもいっか…。
どうせ人の噂も七十五日って言うしね。