みんなそれぞれの生活 -4-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
ここはエリアスがモデルとして所属している事務所。その名を「オフィスN→S」という。
元々は東京の出版会社でファッション系雑誌の編集長をしていた吾妻水萌という女性が社長を務める、北の都にある小さなタレント事務所。
厄災戦で東京をはじめとしたいくつかの都市が大きな被害を出し、その立ち入り禁止が解除できない事に端を発した、政府主導での地方分散化政策の波に乗り、3年前にここ札幌市で創業した。
所属モデルはエリアスを入れてまだ3人。運営は営業とマネジメントもこなす吾妻社長と、事務とメイクを兼務する小松川という女性だけという状態。
今日は先輩モデルの2人が、地元局「テレビさっぽろ」の深夜バラエティー番組のアシスタントとして採用された事の、ちょっとしたお祝いをやっている。
「かんぱーい」
雑誌編集部時代のコネクションや実績を駆使して、3年。所属タレントが毎週電波に乗るという、メジャーなお仕事を掴んだ。
買ってきたお菓子とジュースを来客スペースに並べて、事務所関係者5人とおまけ1人で、これからの発展を祝して乾杯した。
「伽里奈たんのプリン、美味しいっ!」
共に22才になる先輩モデル2人は、伽里奈が作ってきたプリンアラモードを、上機嫌に食べ始めた。
「これも皆のおかげ。ファッションショーや雑誌、広告、単発のテレビ出演を通じて目に止まったからよ」
「後は、小樽の魔天龍さんのおかげもありますね」
この北海道には「小樽の魔天龍」という凄腕の占い師がいる。
小樽の観光地の一つ、「堺町本通り」にあるガラス工房内に店を構える占い師であって、北海道だけでなく、本州をも越えて四国九州沖縄からも、一般人だけでなく、政界財界の人間もこっそり訪れるという、有名占い師だ。
このオフィスも、創業前からしばしば小樽の魔天龍のアドバイスを受けつつ、着実に売上を伸ばしている。
「でも皆のおかげよっ!」
社長はもう52才。大きくなくてもいい、編集部時代からこつこつと創業の準備を進めたモデル事務所を支えている。
着実に売上を上げているのは小樽の魔天龍さまさまでもあるけれど、実際頑張っているのは関係者5人だ。
《小樽の魔天龍ってウチの住民なんですけどね》
フィーネからは黙っていろと言われているので、伽里奈もエリアスもやどりぎ館に住んでいる事は黙っている。
占い師はイメージ商売。お客様に運命を信じさせる魔法にかけなければならない。だから占い師の日常は謎めいたままの方がいい。
なお、なぜモデルでも営業でも事務でもない伽里奈がこの場にいるのかというと、エリアスの付き添いだったりする。
この春に「オフィスN→S」にスカウトされたエリアスだけど、一人では不安なので仕事の際はアリシアについて来て貰っていたのだ。
最近ではもう現場や仕事に慣れてきたからので、伽里奈の出番は減ってしまっているけれど、臨時の事務所スタッフのようになっているので、今日はお呼ばれしたのだ。
「放送はいつからなんです?」
「12月の1回目からよ」
これまでアシスタントだった局の女子アナさんからの交代で、華やかなモデル2人を入れての番組パワーアップだ。
地元札幌出身のバンドマンをMCに、北海道のマイナーな企業や、知る人ぞ知るスポットに焦点をあてるバラエティー番組。道内地元色バリバリの内容だ。
撮影は11月から。まあ一回の撮影で三、四回に分割するという、番組制作上よくあるペースでのお仕事ではある。
明日明後日には衣装合わせと番宣と販促用ビジュアルの撮影、それと今後の企画の打ち合わせと、仕事自体はもうすぐ始まる。
自分の仕事ではないけれど、所属事務所の転機にエリアスもニッコリしている。フィーネと違って運命に手を加える事は出来ないけれど、モデルとして、自分が所属している組織には幸せになって欲しい。
「これからも頑張りましょう」
社長は終始上機嫌だ。
「それと伽里奈君、この間の店頭ポスターと特設ページが出来あがったわ。公開は来週からね」
「お、伽里奈たんのデビュー作ね」
少し前に、札幌にショップを出している地元ブランド会社からモデルの仕事があった。
その時に撮影現場について行った伽里奈を見て、「あのくらいの女子高生向けのブランドを立ち上げたい」とオーナーが言いだして、臨時のモデルをした件だ。
「男ですけど」と言っても「キミでイメージをしたから」とオーナーはノリノリで、女子高生、という扱いで仕事をしてしまった。
その時の写真は店頭用のポスターと、HPでのブランドイメージとして複数回にわたって公開するという。
「あの後も色々商品イメージも浮かんで、オーナーも喜んでいたわよ」
メイクもスタイリングもして、伽里奈だと解らないようになってはいるけれど、これは絶対に内緒だ。
* * *
帰りは札幌から小樽へのバスに乗って帰ることにした。
鉄道に比べて乗車時間が長いけれど、安くて便数も多く、時間帯によっては乗客も少なく、車両も観光バスタイプということもあって、車内も比較的静かなので2人の時間を楽しむことが出来る。
「今はまだ企画中だけど、観光本の仕事も入っているそうなの。3人でいくつかの観光地で写真を撮るそうよ」
「モデルっていうから、雑誌とかショーとかって印象があるけど、そういうのもあるんだねー」
「それと貴方の仕事が上手くいっているから、来年に向けて、いかにも女子高生っていう子も探しているのよ。私の外見だとやっぱり違うらしいのよ」
「そうだねー。あれはあれで面白かったけど、次はちょっとお断りしたいなーって」
女子高生の仕事だってあるわけで、そろそろ次の需要に応える準備をしているというわけだ。
「エリアスも段々と仕事に慣れてきて、ボクの出番も減ってきてるから。良いのか悪いのかわからないけれど」
「ついて来て欲しいところはあるんだけど、館の入居者も増えてきてるし、貴方もちょっと忙しくなってきているから、私も我が儘ばかり言っている場合じゃないと思うの。それにスカウトされたからといって、私が選んだのだから、ちゃんと自分の力で仕事に向き合わないとダメだもの」
女神であるエリアスに人間の生活を教えるのはちょっと大変だったけど、心のケアだけで無く、そのおかげもあって2人の距離が縮まって、今がある。エリアスが伽里奈への依存を減らしていっている事には寂しさもあるけれど、心の傷が癒えていっていることの証でもあるのだから嬉しさもある。
それでも今こうやって、背の低い自分の肩に寄っかかってくるような仕草も見せているから、これからもエリアスの成長を見守っていきたいと思っている。
「ちょっと眠くなっちゃった」
伽里奈の愛しい女神様は小さくアクビをすると、小樽までのほんの少しの時間、甘えるように身を預けて寝てしまった。
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