新しい日常生活の始まり -3-
―うわー、ヒーちゃんが留守の日でよかったー
小樽にある館とはいえアンナマリーの入居先なので、ヒルダから見ればモートレルの住民という事になってしまうから、領主からのお呼びだてには応じないと不自然だ。
勿論、館自体は深く詮索をされないという、神の奇跡に保護されているので、ヒルダにはいるはずの無かった住民がいきなりいるという不自然さを感じることは出来ない。
今日、伽里奈と面談するのはレイナードだ。ヒルダは王都で近衛騎士団の精鋭と相手をする予定が入っていたので不在だ。
代わりに出てくるレイナードは、何度かこの町周辺で起きた事件や戦闘で一緒になった事はあるが、冒険仲間ではないから、いきなりばれることは無いだろう。
「下手するとルーちゃんとも鉢合わせする可能性もあったんだよねー」
ヒルダは朝イチで、王都から転移してきたルビィが連れて行ったので、意味も無くこの町に舞い戻ってくる事はないだろう。
「おまけが悪かったかなー。でも食堂をうろついてお弁当を見られたら、いつかはこうなってたのかなー」
手土産の焼き菓子を持ってヒルダの屋敷に向かう伽里奈。アンナマリーはとっくの前に出勤してしまったので、一人で向かう。
屋敷までの道で子供達が何かのごっこ遊びをしているのが目に入った。木の枝みたいな棒を持って走り回っている。その一番前を走っている男の子が
「わるいまものたちめー、このありしあがあいてだー」
「ひるだをわすれてもらってはこまるわ」
「このおのがひをふくぜー」
「わたちのかみなりをくらうのだ」
台詞を聞いていて脱力しそうになったが、自分達のごっこ遊びをしているようだ。本当は6人いるけれど、4人しか子供がいないので、それぞれが好きな役を取ったのだろう
―神官のイリーナはともかくとして、ライアはやりにくいよねー。
しかしヒルダは領主としてすぐ身近なところに住んでいるのに、子供はそういう事にはこだわらないのだろうか。ヒルダだって子供のごっこ遊びくらいで怒ることも無いだろうけれど、大人から見るとちょっと度胸がいる感じだ。でもそれだけ英雄として愛されているのかもしれない。
そんな事を考えていると、子供達はどこかに走り去っていき、伽里奈は屋敷の前に辿り着いた。
警備をしている門番に声をかけると、話は通じているようで屋敷に通してくれた。そして屋敷の使用人に応接部屋に案内された。
「地下に何か保管してるなあ。術式的にはルーちゃんが仕掛けたのかな。ひょっとすると魔剣かなあ。あれは威力が高すぎるからねえ」
ヒルダの二つ名である「破山」は愛用の魔剣から来ている。大型のバスタードソードで、それが発する衝撃波は凄まじすぎて、城壁も軽々と粉砕出来る程だ。威力がすごすぎて常人が使ったら大怪我では済まない反動があり、随分と前に名のある鍛冶屋に作られたまま、誰も手にすることが出来なかったという曰く付きの逸品だ。
やっぱり悪いと思って魔力探知で家捜しするのはすぐにやめて、しばらく待っていると、金髪の落ち着いた雰囲気の好青年、レイナードがやって来た。
「すまない、こちらから呼び出しておいて待たせてしまった」
平民出身のアリシアに対して、パスカール家に仕える騎士の家出身という事を鼻にかけていた元少年は、3年以上の時を経て随分と落ち着いた性格になっていた。平民だと思っている伽里奈を待たせたことを謝ってきたりと、人当たりもよくなっている。きっと結婚をして子供も生まれたり、色々な事を経験して大人になったのだろう。
「お茶を持ってこさせてはいるがすまない、早速話を始めさせて貰う」
「ええ、構いません」
「ところでアンナマリー君から話を聞かせて貰ったが、キミは本当に男なんだね?」
「男ですよ」
「そうか、君のような人間は初めてじゃないしな、うん」
「子供の頃に、女の子みたいに育てられましたので」
「キミもなのか。ああすまない、話が脱線してしまった。キミはとても料理が上手だそうで、アンナマリー君のいる隊では、キミが持たせている料理の評判がよく、それをヒルダが確認したために、今日来て貰ったのだ」
ヒルダがハンバーグサンドとカステラを食べてしまったのでこの状況なのだ。アンナマリーが館に入居してから二週間程だが、随分と早く自体が動いてしまった。
「ヒルダとアリシアの仲はキミも知っているだろう。私は彼らの仲間ではなかったが、何度か同行する機会もあって、彼の料理を食べていてね。少しでもよい料理を作ろうという考えを、彼がいなくなってから痛感している。それで食堂の料理の質を上げる努力をしているのだが、なかなか上手くいかなくてね」
領主ともあろうヒルダが、わざわざお昼時の食堂に足を運んでいるくらいには、料理の事を真剣に考えているようだ。世界を救った英雄という事に胡座をかいていないで、新しい領主として何かを成そうと行動している取り組みには、素直に応援したいとは思う。
「それでどうだろうか、キミが下宿で出しているという料理を、いくつか作ってはもらえないだろうか。食堂で提供出来そうな料理があれば採用したい」
保存食を料理にするにも限度があるので、折角魔法が使えるのだしと、食材を保存する魔法を開発し、鮮度を長持ちさせた食材を持ち運んだ。そこから調味料も揃えたり、行った先の名物料理をコピーしたりとやっていくうちに、たまに合流する他のパーティーからの口コミで、異様な料理を食べている奴らがいる、とアリシア一行は噂になった。
元々実家が食堂をやっているので料理にはこだわりがあったし、5人も喜んでくれるので、魔女戦争時であっても、料理の研究は欠かさなかった。
小樽に移住してからは、食文化が進んだ地球に数多ある料理に触れながら、いつかこちらの世界に持ち帰りたいと、冒険中にメモした各地の食材リストから代用品となるモノは無いかと考えるようになった。
それがようやく日の目を見る時が来たのか、とりあえずいくつか、大人数相手の食堂でも出せそうなモノは無いかと候補を頭の中で整理する。
「普段はどういった料理を出しているんです?」
「基本的には、スープだったり、麵料理だったり、一度に多く作れるモノが多い。勿論、その脇に肉を焼いたり等もあるが」
レイナードはここ1ヶ月のメニューリストを見せてくれた。基本はある程度のローテーションだが、この世界にしてはその期間はやや長いと思える程の種類がある。
町の食堂にしたって、基本はそんなに多くのメニューは無い。季節によって食材の採れる採れないで変わることはあるけれど、だからといって大きくメニューが変わるわけでも無い。大体の人が短いローテーションで食事をしているのだ。
とはいえ、それを変えようという姿勢に助力はしてもいいと思う。知り合いの領主夫婦が、従えている騎士団のために福利厚生を改善しようとしているなんていい事じゃないか。
ただし、今のところは正体がばれないように注意しないとダメだけれど。
「じ、じゃあ、明日にでもちょっと厨房を貸していただく感じで、いくつか作りますけど」
―ああー、いいのか、明日はヒーちゃんがいるぞー。
だがしかし、アンナマリーの職場だから、その領主様の意向に逆らうわけにはいかない。今は話の流れに身を任せるしかない。
ここでコンコンとドアがノックされ、使用人がお茶を持ってきた、と思ったら、引越の時に見た、2人の子供もよちよちと入ってきた。
「ぱぱ」
「ぱーぱ」
「パパは今、お客様と話をしていると言っただろ」
それでも二人はパパの座っている椅子に寄ってきてしまった。まだ幼児がすることだから、パパさんもキツく注意する事はしない。
「いや、すまない、まだ甘えん坊盛りで」
「いえいえ、幸せのお裾分けみたいなものです。話の方もある程度纏まってますし、多少は許してあげて下さい」
「ぱーぱ」
レイナードは仕方なく2人を椅子に座らせた。父親の側にいるので安心したのか、それ以降の2人は暴れることは無かった。
「そうそう、お土産です。下宿のおやつに作ったので、よろしかったらどうぞ」
伽里奈は鞄から布で包んだクッキーを出した。味は3種類。プレーンとナッツ入りと、シナモン味。ナッツとシナモンは同等品がこちらの世界でも流通しているから問題ない。
「ぱぱ」
「君はお菓子作りも出来るんだったね」
子供がお菓子を欲しい欲しいと手を伸ばすので、とりあえずプレーンのモノを手渡した。
「うま」
「うま」
「ほう、よく出来ているね」
別に袖の下というわけではないが、2人の子供は美味しそうにうまうまと食べているのを見て、レイナードはニコニコしている。つまらない事で喧嘩をした事もあるレイナードだけあって、本当にいいパパさんになったなー、としみじみ思う。
「ママの分も残しておかないと怖いぞ」
「まま」
「ぷんぷん」
あの腹ぺこさんは怒りそうだねえ、という事で、部屋に残っていた使用人さんに言って、パパに甘えてある程度満足した2人の子供は部屋の外に連れて行かれてしまった。
「ヒルダには私から渡しておくよ。それではすまないが、明日の昼食によろしく頼む」
いくつか、提案した方が良さそうな料理の中からアンナマリーに選んで貰うとしよう、と考え、伽里奈は屋敷を後にした。
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