二人の英雄 -6-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
「あー疲れた」
研究室につくなり、霞沙羅はソファーに寝転んだ。
「大学の校舎は多いですからねー。建物全部の結界を起動するとか、無茶すぎですよ」
「本来は何人かで起動するんだよ。緊急なんだから仕方ないだろ」
さすがは霞沙羅。ぶっ倒れるほどでの消耗では無いけれど、起動の点検をしたのも悪くて、久しぶりに魔力の消費が多かった。
「お茶を買ってきたわ」
「ありがとさん」
エリアスが買ってきたペットボトルのお茶を飲んで、霞沙羅はようやく人心地ついた。
「今日の夕飯はなんだ?」
「鉄板焼きのジンギスカンとポトフです」
この事件のせいでもう午後五時を過ぎてしまっているけれど、時間をかけたいポトフは、システィーに指示して作って貰っているから大丈夫だ。
羊肉とタレは準備は終わっていて冷蔵庫に入っている。後は焼くだけだ。
「スタミナ系の丼にしてくれ」
「じゃあ霞沙羅さんだけ豚バラのスタミナ丼にしますよ。肉マシで」
「半熟卵も付けろよ」
「はーい」
やどりぎ館は、入居者の急なリクエストにも応えます。
「この状況で帰れそうなの?」
「今回軍はノータッチだぜ。それに私は警備責任者でもないしな。事情の説明だけして帰らせて貰う」
「そうして下さいねー」
「結局私とお前だけで殆ど片づけた形か」
「英雄と呼ばれる人間が2人も揃えばそうもなるわよ。それにしても伽里奈は大丈夫なの? あれだけ力を見せつけて」
「え、えー、どうなんだろ。魔法術科の教師にも正規の魔術師ですって事情言っちゃったし」
「大卒の話か? それについては私の指示だと報告しておいてやる。実際軍の期待もあってここにいるわけだしな」
半分は伽里奈のワガママもあるけれど、霞沙羅からとある密命を受けてもいる。といっても大した内容では無く、学校の教育に関わる話なのだが、新しい魔術師の増強が急がれる中、いずれ軍にも影響する。
「色々悪いな」
「管理人の仕事ですしねー」
アンナマリーのように手がかかることは無いけれど、霞沙羅の手伝いをするのも伽里奈の仕事だ。
それに自分が通っている高校の危機でもあったし、逆に動かなかったら明日から学校に登校し辛くなるところだった。
「まあお前らはそろそろ帰れ。それで私のメシを作れ。こっちは一寝入りする」
「はーい」
ちょっと魔力を無駄遣いしただけだから、軽く休めば疲労は取れる。
目を閉じた霞沙羅を置いて、2人は研究室を後にした。
* * *
事件の報告を終えて、午後9時過ぎに霞沙羅は帰ってきた。
「大夫お疲れじゃな。先に風呂にするか? メシを食うか?」
「ニャー」
ソファーでワインを飲みながらネコを撫でていたフィーネが最初に声をかけた。伽里奈は厨房奥でパンを作っている最中だった。
「風呂だな」
「これ小僧、霞沙羅は先に風呂に入るそうじゃ」
「はーい」
それなら、霞沙羅が温泉に浸かっている間にスタミナ丼を作ろう。
伽里奈はパン作りを一旦止めて、丼用のタレ作りを始めた。
「これそこな小娘、霞沙羅にバスローブを出しておくのじゃ」
「ニャー」
そこな小娘こと、ファッション雑誌を読んでいたエリアスはタオルとバスローブを取りにいった。
さすがに疲れていたのようで、霞沙羅は30分ほどゆっくり温泉に入って、出てきた。
「少しは楽になったかのう?」
「ニャー」
「幻想獣自体はそこまで大したことはないんだがな」
軍には情報は無いが、国際的な傭兵団があの侵入者4人組の正体だった。照会していた警察からの連絡もあって、報告会で知らされたが、各国でも指名手配されていた、かなりの腕前の持ち主達だったそうだ。
それに加えてあんなに大量の幻想獣をばら撒かれるとは思わなかった。
「警察の連中もヘマしやがって」
実際、あそこまで大がかりな襲撃をしなければならなかったのか解らないが、霞沙羅と伽里奈の横槍が無ければ鐘は奪取され、4人も計画通り逃げることが出来ただろう。
それだけに手間をかけさせられた。
「お、霞沙羅さんお疲れ」
今日も治癒魔法の訓練をした後に、部屋で休んでいたアンナマリーが飲料水を取りに2階から降りてきた。
「なんだこの匂いは。私が食べた夕食とは違うのか?」
とっくに夕食は終わっているのに、どうにも食欲を煽ってくるニンニク系の匂いがしている。
「霞沙羅用には別の料理を作っているのよ」
「随分美味そうな匂いだぞ」
自分が食べた羊肉の鉄板焼きとは違うから、アンナマリーは伽里奈が何を作っているのか見に行った。今は特製のニンニクダレで豚バラとタマネギを炒めているところだ。
「アンナマリー向けって感じじゃ無いけど」
「騎士団の食堂でこれは出来るのか?」
「ライスじゃ無くて、麵料理にすれば行けると思うよ。豚肉とタマネギがメイン材料だから値段的にも大丈夫かな。醤油が無いから味は変わるだろうけど」
「アリシア様のお弁当があるから私が食べるわけじゃないんだが、周りを見ているとな。んー、だが実際に食べてみたい」
「明日の夕飯で食べる?」
伽里奈はお肉を炒め終えて、用意していた大盛りご飯の入った丼に移し、刻み海苔を散らして、その上に半熟タマゴを置いた。
「た、食べたい」
フラム王国に生卵を食べる習慣はないけれど、この半熟タマゴならいける。アリシアの作った料理は味が保証されているから食べたい。見た目は雑で単純で、貴族的な料理では無いけれど、美味しそうな料理である事は間違いない。それに最近どうも、スタミナ系の料理に惹かれる。
お嬢様育ちであっても、騎士団での業務には体力が必要だ。大きな戦いを乗り越えたとはいえ、まだまだ見習いで、体は出来ていない。そんなアンナマリーの体を作るためにも今は栄養を摂ることは重要だ。
「じゃあ明日はアンナマリーだけこれで。でも米食には大夫慣れてきたよね。カレーだけじゃ無くてロコモコとかも食べるしね」
「屋敷で教えられてきた食事マナー的にはどうかと思うが、美味しいモノは美味しい。じゃあ明日の夕飯は頼んだぞ」
「あーい」
アンナマリーはウォーターサーバーから水を汲んで、部屋に帰っていった。
「じゃあ先生、出来ましたよー」
伽里奈が食卓に丼と、味噌汁の代わりにちょっとしたポトフを置くと、冷蔵庫から缶ビールを出した霞沙羅が席に着いた。
「今日も美味そうに作りやがって」
「今日はここに泊まっていきます?」
「あ? ああ、そうだな」
服を脱いで、バスローブを着てしまっている。また服を着て隣の家に帰るのは面倒だ。
「宿泊部屋は清掃済みですからねー」
本当に頼りになる奴だ。厄災戦の時にこいつがいて、4人のグループだったらあの戦いはさぞかし楽だったんだろうなと思いながら、こうばしいニンニクがきいた豚バラ肉まみれのスタミナ丼を食べ始めた。
* * *
もう寝る時間になり、同居人の黒ネコはフィーネの部屋に行き、一足早く寝てしまった。
伽里奈は今日最後のお勤めのために、霞沙羅が寝る宿泊部屋にやって来た。
「足裏だけでいいぞ」
「はーい」
ベッドに寝転がっている霞沙羅の足を取って、マッサージ用の棒で足つぼを押す。今日は軽くにしよう。ゆっくり寝かせたいし、強くやって蹴られたらたまったモノじゃ無い。
「ん、…ん」
こういう時だけ色っぽい声をあげないで欲しい。自分にはエリアスがいるからそこまで気にならないけれど、同級生の男子だったら、色々と大変な事になっているだろう。
それにこんな事をやっていることが解ったら女子からも「代わってーっ!」とか言われるだろう。なんと言っても日本が誇る英雄の一人であり、軍のアイドルだ。
「あのな、ん、また無理を頼んでいいか?」
いいツボに入ると「ん」と言うのはやっぱりやめて欲しい。それだけお疲れなのかもしれないけれど。
「何の話です?」
「シャーロットが、ん、来るだろ。留学という扱いで小樽校に通わせるんだが、ん、あいつに教えられる奴がいない」
「学力的にはどのくらいなんです?」
「大学卒業レベルだぜ」
「それで大学行くんですか?」
「ん、大学じゃ現地の魔術協会の連中が付いて研究主体の特別教育をするんだとよ」
「それは確かに、普通の高校教師じゃ無理そうですね」
小樽校の教師がどういうレベルなのかは知らないけれど、他の生徒と同じレベルで授業をさせるわけにはいかないだろう。
ということで、伽里奈とても嫌な予感がした。
「あいつは高校卒業前に実技だけでなく、いくつかのレポート提出があるんだが、、その一つに教育をテーマとした、ん、レポートを予定しているんだとよ」
「13歳にしてはまた」
「その為に授業は受ける。だがつまらんだろう。んー…」
「肩こってますよ」
ツボを押されて、心地よい痛みに霞沙羅が身をよじるように悶えた。
「…横でお前がサポートしてやって欲しい」
「ボクは普通科ですよ?」
「転属してくれ」
「ええー」
いきなり転属とか言いだした。でも恐らく、今日あれだけ大きな魔法を使っておいて、このまま普通科にはいられそうにない。早藤と中瀬にもその話は伝わるだろうから、魔法術科に転属しない理由が無い。
ただ、大卒の資格と魔術師の登録がされてしまっているから、このまま生徒でいいのかも解らない。
それに、フラム王国に復帰した伽里奈としても、一つ考えている事がある。
「まあその、ボクも故郷の方で魔法学院に復帰するわけで、これから研究とか教育とかに携わるんですよね」
「いつ、ん、ってのは決まってるのか?」
「新しい階位の授与もありましたし、今度魔女戦争終了とモートレル騒動解決の式典が王都であるんです。それが終わったら何か始めないとダメでしょうね」
この館の管理をしているという事情は汲んでくれているから、時々来ればいいとは言われているけれど、国王から賜るハズだった領地をキャンセルしての復帰なので、何か関わらないと叛意を疑われて、将来的に国に帰れなくなってしまう。
「前々から霞沙羅さんにも頼まれてますけど、小樽校のカリキュラムとか教科書とか設備とかは気にはなってるんですよね」
以前から中瀬と早藤など、E組との付き合いで気がついた事があれば言えといわれている。なので高校の授業の改善点を探っているのだ。
「その情報を向こうにも持って行きたいので、考えておきます」
「悪いな」
「ちょうどいい機会なのかもしれません」
高校については霞沙羅の持つコネと権力に甘えているのだから、悪いのはこちらだ。
結局、持ってしまった高い能力から逃げるのは難しいのかもしれない。霞沙羅は見た目もあって、本人は望んでないアイドルまでやらされているし、境遇が似ているから、伽里奈としても
霞沙羅のお願いを断るのはなんか情けないと思ってしまう。
「ふあーぁ…、ありがとな」
霞沙羅がアクビをし始めたので、ツボ押しはやめて、仕上げに足裏を軽く揉んで終了する。
「話はまた明日以降にしましょう」
霞沙羅は寝てしまったので、伽里奈は静かに部屋を出た。
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