二人の英雄 -1-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
附属高校の普通科のみで11月初旬に行われる学園祭に向けて、クラスの各担当責任者が集まっての進捗会が行われた。
伽里奈のクラスは喫茶店で、メニューはコーヒーと紅茶、パスタとホットケーキとなっている。
食材の発注は済ませてあるし、内装の準備も順調に進んでいる。服装については、男子は制服のズボンと独自制作のエプロン。女性はレンタルのメイド服だ。こちらも手配済み。
中でも伽里奈は自前のメイド服を用意し、エリアスはクールな見た目と背の高さを利用しての男装で女子人気を狙う。
伽里奈のメイド服はモートレルの戦闘でちょっと破けてしまったので絶賛修理中だ。
そして開催日中の各担当シフトも確認して、今回の打ち合わせは終わった。
「男性ってどう演じれば良いのかしら」
エリアスは初めての男装。基本的にクール系のイメージがあるとはいっても、口数が少ないだけで、動作も喋り方もとっても女性。
男装用の服はリサイクルショップで揃えて、エリアスに会わせる調整も終わっている。後はどういうキャラクターで行くかという所が残っている。皆からは普段通り口数は少なくてもいいと言われているけれど、喋り方は男に寄せた方がいいと思っている。
「霞沙羅さん、は参考にならないし、ボクもイメージが違うし」
「とりあえず、です、ます、でいいのかしらね」
「そうだねー」
しかしモデルをやっている以上、どこかで男性的な振る舞いを求められるかもしれない。たかが学園祭の出し物とはいえ、エリアスにとっては貴重な経験になるかもしれない。
「アンナマリーに訊いてみる? 立派な貴族のお兄さんが二人もいるし、普段どういう動きをしてるかとか解ると思うし。あとは最近はしっかりしてるレイナードを見に行くとか」
「そうね、まずは女子目線から見た貴族の男性でいこうかしら」
「じゃあアンナに訊いてみようねー」
* * *
今日は講義があるわけではないけれど、霞沙羅は午後から大学に来ていた。
大学の建物には有事の時に学生や教員を守る為の結界が仕掛けられていて、何となく気になってしまい、それの動作を確認しに来たのだ。
結界装置自体はずっと前から備わっているものなので、大学の設備管理担当が定期的に検査はしているけれど、時期も時期だけに何者かに細工をされているかもしれないと考えた。
霞沙羅は全ての動作状況を確認して回ったが何の問題も無く、その心配は杞憂に終わった。
「考えすぎだよな」
こう考えているのは何も自分だけじゃない。警察にも警備室にも魔術師はいるし、いくらなんでも見回りくらいはしているだろう。
空振りに終わった自分の行為に呆れながらも、仕掛けの確認が終わったので、霞沙羅は自分の研究室にやって来た。折角ここまで来たのだからメールの確認くらいはやってから帰ろうと決めた。
PCが立ち上がったところで、知り合いの同業者から着信があったが入った。新潟に工房を構えている、師匠の親友の刀鍛冶だ。
霞沙羅の師匠は長年鎌倉で工房を構えているけれど、互いに技術的な交流をするほどの付き合いがあって、その付き添いで何度か会ったことがある人だ。
「ご当主様ですか、お久しぶりです」
口の悪い霞沙羅であっても、電話の相手が師匠の友人ともなれば口調も変わるというもの。
「新城君、例の鐘は今もそちらの大学にあるね?」
「ええ、専門の研究者が集まって解析中ですよ。ちょっと行き詰まっているみたいですが」
「その鐘の制作者だがね、もう廃業をしてしまっているのだが、当時の文献がこちらの工房から出てきたんだよ」
「え? ご当主の家は鐘の制作者ではないのですよね?」
「制作者との取り決めをした書類だ。そこにあの鐘がどういう理由で作られた物か書かれていた」
「研究者のリーダーはウチの教授だからご当主の事を伝えておきますよ」
「それではすぐさま解析を辞めるように伝えて欲しい。そして一刻も早く浄化して、溶かしてしまうのだ」
解析に向けた良い資料が出来てたのかと思ったら、鐘を溶かしてしまえと言う。魔術にも詳しい鍛冶屋だから、その意見は無視できない。
「穏やかな話じゃないですね」
「今から送る添付資料を見て欲しい」
霞沙羅の大学用アドレスに添付データ付きのメールが飛んできた。送信主は勿論、電話の向こうのご当主だ。
二つ添付されている画像データの一つ目を展開している間にも、ご当主は話を進める。
「その鐘は白蛇の妖怪、今で言う幻想獣を封じ込めるものであるのだが」
「教授達からもそのように聞いています」
画像が開くと、それは古い文献をスキャンしたものだった。鐘の制作目的と、英国式に統一される前の、古い魔術基盤が書き示されている。
仕事上、古い魔装具や魔工具の修理をすることから、霞沙羅もこの手の魔術基盤も解るが、読み解くにはやや時間がかかる。
「鐘に使われている銅だが、最終的には封じ込めた幻想獣の力を宿した素材として、魔装具を作る予定だったのだ」
「うお、なんつー物を作りやがったんだ」
取り込んだ白蛇は長い年月をかけて鐘に同化させてから、その銅を素材として利用する。どうやら杖を作りたいらしいのだが、そちらの詳細は書かれていない。流れからいって次の書類があるようだが、画像のデータはそこで終わっている。
「一つ目の次は無いのですか?」
「探してみたのだが、杖についての書類は無い」
「セットのような気がしますけどね」
「紛失したか、盗まれたか、今を生きるワシには解らん」
とにかく無いモノは仕方が無いから、これ以上追求する事は出来ない。今は鐘の説明を聞いて、どうするかだ。
「結局、鐘の危険性から杖の計画は無しとなり、白蛇の群れも出なくなった後に、妖怪を浄化する為にとある寺院に預けたとある」
もう一つの画像データは、時代的にもう少し後に書かれたモノで、今度は手紙になっている。
「それが福島の廃寺院ですか?」
「危険な物なので、あまり人目に付く場所には置きたくなかったようだ」
「廃墟になったのがいつかは解らないですが、浄化は終わっていない可能性がありますか?」
「だから、その学者や新城君が信用出来る寺院に相談をした方がよいと思うのだ」
「そりゃあ私は大僧正にも話は出来ますぜ」
大僧正は日本に存在する、寺院の元締めにあたる、欧米で言えば教皇に相当する人物だ。
「そこなら確実だろう。手遅れにならないように、早く処理をするといい」
「あ、ああ、解りました」
思わぬ所から情報が回ってきたけれど、とりあえず今は送られてきたデータを教授達に見せよう。
霞沙羅は展開した添付データのプリントアウトを始めた。
「おいおい、大丈夫か教授達は」
あの鐘が今すぐに危険な動きをするわけではないだろうけれど、内容が内容だけにちょっと焦ってしまう。とにかく、今後の方針を決めるのは早いほうがいい。
古い魔術基盤だから、霞沙羅だけで確認しないで、詳しいであろう教授達にも解説書を見せた方が良さそうだ。
意味は無いのだが、霞沙羅は窓から見える研究棟を見た。余計なことをしていなければいいのだが。
「もう山にカラスが帰っていく時間か」
すぐ側は森が迫っているという場所にキャンパスがあるので、夕方になるとこの辺にはカラスが姿を現して、寝床に帰っていくのを見ることが出来る。
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