新しい出会いと久しぶりのおもてなし -5-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
「もふ、ふはふは」
ヒルダはまたもやリスのようにパンケーキを頬張りはじめた。
メレンゲ注入でフワフワに膨れ上がったパンケーキは、これまでの人生で未体験の食感を持った食べ物だ。粉砂糖がかかっていて、さらにシロップと生クリームとカットバナナが添えてあって、色々な味が楽しめる。
「その食べ方、来客の摂待とかパーティーとかではやってないよね?」
「何度か国王に誘われて晩餐に参加しているが、こういう食べ方はしていないナ。キャンプ中はよく見ていたがナ」
「こいつのメシはどんだけ美味かったんだよ。なんか、イメージ的には干し肉かじったり、硬いパンに適当に作ったスープという印象があるのだが」
「最初は干し肉でしたけど、ちゃんと火を入れたり、工夫してスープのダシにしたりしてるんですよ。外は乾いてますけど、全体塩気がありますし、ちょっと切れ込みを入れて中から日本で言う、うま味が凝縮された脂が出るようにして」
「冷凍と冷蔵魔法を作ってからがすごかっタ。町で買った生モノが持ち歩けるから、普通の料理が楽しめタ」
「この館に来てから、こいつはえらい勢いで料理を覚えたからなあ」
「しゅぎのえんひゅうがあふかか、んん、あの札を作って頂戴」
ヒルダはもうパンケーキを食べ終えてしまった。添えていたは生クリームもバナナも綺麗さっぱり無い。
無我夢中で食べてくれるのはいいけれど、折角作ったのだからもう少し味わって欲しい。
「王様からもあの札の説明を求められていル。早く日程を決めるのダ」
ヒルダの所で肉だけでなく、牛乳も果物も一日鮮度が持つことが実証されているので、王宮も早く騎士団で採用したいようなのだ。
「アリシア様には私の屋敷にも来て欲しい」
「アンナマリー、まずは私の家が先よ」
厨房ではまたカレーに火が入っている。弱火でコトコト煮込まれたいい香りが、うっすらと漂ってきている。
「先生よ、あの中で何が起きているのダ」
「まあ美味いぜ。店に出せば高額な金が取れるくらいにはな」
「この前のシチューも何気なく持ってきたが、あれとどっちが美味いのダ?」
「ルビィ様、甲乙つけがたいです」
「どっちと言われると、その日の気分次第だな」
「とりあえずカレーを見てくるよ。ヒーちゃん、ボクの残りだけど食べる?」
伽里奈のパンケーキは半分くらい残っていたので、ヒルダにジッと見つめられて気にはなっていたのだ。
「あらいいの?」
お皿をヒルダの前に置くと、またリスのように食べ始めた。
「貴族なのにー」
それほど美味しいのなら仕方が無いけれど、もう二児の母なんだからそれなりの節度を持って欲しい、と呆れてつつ、伽里奈はカレーの面倒を見に厨房に移動した。
* * *
カレーを所望したフィーネは、夕食前のいい頃合いに帰ってきた。夕飯のせいもあって邪龍様はややご機嫌なご様子だ。
「先日はありがとうございました」
「よいよい、我にも刺激が必要じゃ」
ヒルダとフィーネは奪還の時以来だったので、再度の挨拶をした。戦闘に邪魔な市民達を追い払ったフィーネの力が無ければ、あの奪還作戦はかなり困難なものになっただろう。一番の功労者と言ってもいい活躍だ。
このフィーネがエリアスよりも格上の、自分が信仰するギャバン神と同格の女神であるとは知るよしも無いが。
「お主らは酒を飲むのか? 今日のカレーに対しては過度に酔うてはいかんが、喉を潤す程度のワインが合うぞ?」
「私はビールだぜ。そういえば向こうにビールは無いのか?」
「霞沙羅さん、ビールの元になったエールはありますよ。私は飲んだ事はありませんが」
「冒険中にシスティーが飲食する事は無かったものね」
「質は違うだろうが、エール自体はこっちの世界でもまだ飲んでいるがな」
「お主らの土地には存在せぬビールは今度にして、今日のところはさして変わらぬであろうワインでも飲んでいくがよい」
伽里奈が夕食の準備をしているなか、食卓では酒談義になった。
建物自体は日本にあるけれど、飲酒については入居者である異世界人にはその世界のルールに従って貰っている。なので、アンナマリーもワインを飲む事がある。
伽里奈は冒険者時代はお酒を飲んでいたけれど、やどりぎ館に来てからは食事中にはあまり飲まなくなった。飲んで酔っては味覚が鈍るからだ。
結局、ヒルダ達はフィーネが所有しているワインを飲む事になった。フィーネは自室に個人用のワインセラーを置いてあるくらい、ワインが好きだ。安いモノから高いモノまで色々と持っていて、伽里奈も貰う事がある。勿論北海道もワインの生産地なので、わざわざ十勝などの産地まで行って買ってくることもあるくらいだ。
やがて、ご飯も炊き終わり、コンソメスープもサラダも揃え、食卓にカレーが並んだ。
「こ、これがカレー?」
ソースポットに入れられたカレーには、大きめにカットされた牛肉しか具が見えない。モートレルでヒルダが食べたカレーは色々と具が入っていたし、色もこんなに濃い茶色では無かった。
「タマネギとかはじっくり煮込んでソースに溶けちゃってるんだー」
それにしても何とも柔らかそうなお肉の姿がある。先日食べたビーフシチューにも匹敵していそうだ。そしてカレーから香る、ややマイルドながらスパイシーな香りが食欲を誘う。
「ライスの上に必要な分ずつかけてもいいし、最初から全部かけてもいいよ」
「カレーってこういう食べ物なの?」
「これの発祥の地域のカレーはモートレルに持って行ったような食べ方をするんだけど、この日本だとライスだけで食べるのが主流だねー」
「我がこの手間をかけたカレーを作れと命令はしたが、これではないもっと手軽に作った庶民的な場合もあるのじゃ。その場合は辛さを変化させたり、別の具を入れたりと、別の楽しみ方もある。お主らのリーダーはなかなかに芸が細かいので、飽きさせぬように工夫しておる」
「ルーもライスもおかわり分はあるからねー」
ソースポットからスプーンでひとすくいしたカレー、そのルー部分にはさらさら感は少なく、何かが溶け込んで凝縮されたようなどろっとした感じがある。
ヒルダとルビィは互いに目を合わせてから、ライスにカレーを一杯かけて、まずは一口食べる。
「んーっ!」
あの晩食べたカレーも衝撃的だったが、味の濃さが全く違う。確かにカレーの味がするが、マイルドで非常に深みのある、まるで別の料理になっている。
これは、モリモリと食べるわけにはいかないとさすがのヒルダは思った。ゆっくり味わって食べないと勿体ない。
霞沙羅が「運がいい」と言ったのが解る。伽里奈が3年以上も姿を消していた事にも納得出来る。その間に伽里奈は地球側の料理をバッチリ習得している。これを口にすればここにいない3人も許すだろう。
これは家族に食べさせてやりたい。
それぞれがここにはいない相方や家族の顔を思い浮かべながら、一口一口味わって食べた。濃厚なビーフシチューも良かった。でもこのスパイシーなカレーも負けず劣らず良い。
なぜこのお肉は口の中でとろけていってしまうのか。もうちょっとお肉の感触を味わいたいとか贅沢な考えを持ってしまう。
勿論お替わりもした。
* * *
夕食の後システィーが買ってきた話題のプリンを食べて、2人はまた温泉を満喫して、今日は久しぶりに何もしない贅沢な休日を過ごすことが出来た。元リーダーさまさまだ。
ルビィは引き続き明るい部屋で書類を読み、ヒルダはオリビアから情報を仕入れた足つぼマッサージをアリシアに施してもらい、そのまま眠りに落ちた。
「今日は楽しそうにしていたわね」
部屋に帰ると今日もエリアスがベッドに寝転んでいた。その為にアリシアの部屋のベッドは少し広いのだ。
「こうやって一日中あの2人に付き合うっていうのは久しぶりだしねー。ボクばっかり楽しんで悪いんだけど」
「神様なんて群れるものじゃ無いから気にしてないわ。あなた達が楽しそうにしているのが見れて、私はそれでいいわ」
「ありがとうね」
伽里奈はベッドに入る。明日もいつも通りの業務があるからそろそろ寝る時間だ。
「ねえエリアス。向こうの世界を歩くのってまだ抵抗ある?」
「一人ではまだ抵抗があるわね。この前はアンナマリーの事もあったし、霞沙羅やあなたがいるのが解っていたから…」
「ボクと一緒なら大丈夫?」
「それは大丈夫よ」
「すぐにって話じゃないんだけど、色々と食材を買いに行きたいんだ。どこで何を売ってるってメモは持ってるんだけど、今のボクだと転移が出来ないから。一緒に来て欲しいんだ」
女神の力を買い物程度に使っていいのか解らないけれど、頼れるのはエリアスだけだ。
「あれを作ってとかそういう願いじゃないのね? 欲しい材料があれば作り出すことくらい出来るわよ」
「そういうのはなんか違うって思ってるんだよねー」
この人間はあくまで自分の手で食材を手に入れたいらしい。もっと頼って欲しいという思いはあるけれど、神との付き合いとしては正しい。
この3年間、「女神様」とは口にしながらも、その力を欲しいとも言わなかったこの男が、エリアスにはとても愛おしい。
「今度はどこに連れて行ってくれるのか楽しみね」
一人の女性として、ずっとこのアリシアといたい。そう思う。
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