新しい出会いと久しぶりのおもてなし -4-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
「次の日に来るかなー」
今日のところはまた今度と結論づけたのに、ヒルダとルビィは翌日にやどりぎ館にやって来た。
「お前は信頼されてるんだよ」
これには霞沙羅も苦笑いだ。
「アーちゃんがどれだけ料理の腕を上げたのか確認に来たわ」
「右に同じダ」
館に到着したばかりの2人は、まずはウェルカムドリンクとしてお茶を飲んでいる。
ヒルダは、レイナードには何かあったら連絡するようにと、通信用の鏡を預けてあるから仕事のフォローは大丈夫だ。
ルビィの方も、旦那にはアリシアと魔術的な勉強会をしてくると言ってある。
2人とも朝食を終えてはいるけれど、昼食から用意しなければならなくなった。
「今日の昼飯は何だ?」
「マルゲリータと、ソーセージとポテトのピザと、エビのクリームパスタ」
アリシアはさっきピザ生地を作り終えたところだ。
「夜はなんだ?」
「昨晩から作ってるこれです」
コンロの所にさっきまで火にかけられていた鍋がある。
「お前達は運がいい。いきなりこれを引いたか」
モートレル奪還に協力してくれたフィーネが希望した、アリシア特製の一晩じっくり煮込んだビーフカレーだ。
具材がルーに溶け込み、大きめのブロック状に切られた牛肉がとろけるまで煮込まれた、大人のカレー。
今は煮込みを止めているが、しばらくしてからまた弱火で煮込む予定だ。
「ちゃんと2人分も考えて作ってるからねー」
「カレーって、この前作ってくれた、あの平たいパンと食べるあれ?」
「ライスで食べるんだよ。2人とも冒険中に別の国でライスは食べ慣れてるでしょ?」
「違うんですよ、このカレーは。あの晩のカレーとは全然違いますから。私がお父様達に食べさせてあげたいくらいに違います」
今日はアンナマリーはお休みだ。そのアンナマリーもこのカレーは二度目。夕食をとても楽しみにしている。
「アンナマリーにドヤ顔で言われると腹立つわね」
「アーちゃんは私らのモノだゾ」
「すみません…」
「ヒーちゃん様、ルーちゃん様、これでお怒りを沈めて下さい」
アリシアは今、霞沙羅特製の型で焼いていた「おやき」を出した。日本経験の薄い2人がいるので中は小豆ではなく、カスタードクリームのみで作られている。
「ちょっと小腹が空いてるでしょ」
世間的には大判焼き、今川焼き、と呼ばれる焼きたて熱々のおやつを貰って、2人は機嫌を直した。
* * *
折角2人がやどりぎ館に来たので、霞沙羅の鍛冶としての腕前を確認させて貰う事になった。
ただ、それだけの為にこの館をちょっと出て隣にある家まで行かせるのも問題なので、霞沙羅がわざわざ自作の魔装具を持ってきた。
「お前のも貸せ」
アリシアの魔剣も霞沙羅が手を入れているので、どのくらい手を入れたのかの参考として、2人に説明を始めた。
ヒルダは純粋に武器としての出来を見て、ルビィは魔術師の視点でどのような魔術基板が仕掛けられているのか興味津々だ。
ユーラシア大陸全土を破壊しつくさんとした幻想獣を討ち滅ぼした、霞沙羅の作った魔剣はどれもこれもが一級品どころか特級品で、異世界人が見ても驚きの出来だ。
霞沙羅が日本軍の中央を嫌って、こんな北海道までやって来る事が許されているのは、英雄という実績だけで無くこの腕前によるところも大きい。
鍛冶として、その腕前を存分に発揮出来る環境が欲しいと言われれば軍も折れるしか無い。ただ、横浜にある軍本部から命令が下った際は従わなければならないし、先日のように出頭義務もある。
それでも、北海道で割と自由に振る舞えているのだからと、柔軟な対応をしてくれた上層部には感謝している。
「これならロックバスターを預けられるわね」
「私の轟雷の杖も見て欲しいものダ」
人柄という点では、口の悪さはもうこの2人の中には問題としては無く、単にサバサバした性格に映っているようだ。そして今日、鍛冶としての腕前を見せて貰って、一気に信用することとなった。
「高位の魔術師で鍛冶屋とか、中々いないゾ。天望の座にいる賢者達もこれの出来を見れば溜息を漏らすだろウ」
「ロックバスターも轟雷の杖も、威力は大きいけど扱いにくいのよね」
アリシアの魔剣をいじれるという事は、2人の魔剣にも手を加える事が出来る腕前があるわけで、屋敷の地下にしまっておかなければならないほどの使いにくさをどうにか解消したい。
魔女戦争が終わってから、ロックバスターは使い所が無くなってしまったので、何とかならないかと色々と有名な鍛冶を当たってみたのだが、上手くいかなかったのだ。異世界人への依頼になってしまうけれど、ようやく目処が立ちそうだ。
「ホントにアーちゃんから魔術を教わっているんだナ」
霞沙羅による、アシルステラの魔術の説明は、階位8位のルビィが聞いても文句の付け所はなく、このまま学院で働けるほど理解している事も解った。
先日のアリシアの講義でも、日本側で使用された魔装具については、ほぼ霞沙羅の原案そのままのレポートだと言うし、魔術師専門のルビィとしても、とても面白い人物だと感心した。
「まあこんな距離感だろ。あいつは管理人の業務上こっちの魔術を覚えるのもあるし、じゃあこっちのを教える代わりに私にも教えろとなってな」
「霞沙羅さんのグループには吉祥院さんていう、魔術専門の人もいるから、その人にもお互いに教えたよ」
「どんな人なんダ?」
「この国の、魔術師の元締めのような家系のヤツだ」
「霞沙羅さんにとっては、ボクから見たルーちゃんって立ち位置かな。ちょっと癖のある人だけど、研究者っていう点ではルーちゃんと意見も合うんじゃ無いかなー」
「ここにも時々来るから、いずれ会わせてやるよ」
* * *
人生初の美味しい本格ピザを食べてご満悦の2人は、目的の一つだった霞沙羅との話も終わったので、あとは温泉に入るなりして休日を満喫することにした。
場所は異世界であっても知り合いが管理人をしているという安心感は大きく、よく解らない設備はあるけれど、居心地も良くて、すっかり気に入ってしまった。
2人の部屋は空き部屋と宿泊部屋をあてがった。空き部屋は入居者が来るのはまだ先で準備はしていないので、現状そのままで使って貰った。
ヒルダはもう今日は何もしない腹づもりで、与えられた部屋で昼寝を楽しみ、ルビィはアリシアの部屋から、霞沙羅にアシルステラの魔術を教えた時の書類を持って行って、部屋に籠もって読んでいる。
「そういえば、日本版の探知機を貸せよ」
「こっちの世界ですよ? 学校にも自治体とか警察の防災ネットワークが繋がってるんじゃないですか?」
「遅いんだよ、あれは。私やお前は範囲内ならリアルタイムで探知が出来るが、機械経由だとどうしても時間差が出ているだろ?」
勿論、元軍人だったり純粋な魔術師もいるから、個人で探知出来る人間はいる。ただ一つ言えるのは、この2人はそんな人達から見ても精度も範囲も段違いであり、職員全員にそれを求めるのは酷だ。
「じゃあこれです」
「このアンテナが何ともな」
受信のブースターとしてラジオ用のロッドアンテナを使っている。収縮出来るのでいいなと思ってつけたのだ。
「元々この家で使うことしか考えていないので、範囲は狭いですよ」
「大学とその周辺さえ見られればいい」
起動させてみるが、当たり前のように何も見えない。ただ、霞沙羅が魔力の流れを見ればきちんと探知をしている事は解る。単に探知の射程内に幻想獣がいないだけだ。
「鐘がある間は嫌がらせもあるだろうから、研究が終わるまでは借りておくか」
「稼働時間がありますよ」
「生徒がいる時間だけカバー出来ればいいだろ」
色々とダメな部分はあるけれど、まあそう言うのなら、と霞沙羅に貸す事にした。
「マスターも変わりましたからね」
「システィー、お前が一番変わってんぞ」
札幌でスープカレーを食べに行っていたシスティーが帰ってきた。ここ半年ほどスープカレーにハマっていて、時々その研究成果を夕飯で披露してくれる。スープカレーに関してなら伽里奈よりも腕前は上だ。
家事は何も出来無いという点では、霞沙羅以下の所からスタートしたはずなのに、システィーはやどりぎ館の仕事をしっかりと覚え、料理についても、アリシア程では無いながらも、自分なりのこだわりを持つほどになっている。
霞沙羅もシスティーの真の姿は知っているけれど、あんなモノがこの3年で随分と文化を取り込んだモノだと感心している。
「ヒルダ達はどうしてます?」
「昼寝したり、ボクの書類を読んだりしてるよ」
「そうですか。折角なので話題のプリンを買ってきたんですけどね。おやつに食べます?」
「もうそんな時間かー。プリンは夕食の後にして、パンケーキでも作る?」
「パンケーキ、お願いします」
テレビで犬の動画を見ていたアンナマリーが素早く反応した。
学校が休みの日は3時のおやつが出るから、アンナマリーの楽しみでもある。
特にこのパンケーキは最近のお気に入りだ。あんなにふわふわな食べ物は、貴族である実家でも出てくることは無い。雲でも食べているような、夢みたいな食べ物だ。
「お前、部屋にテレビを置いたらどうだ?」
「なにか壊しそうで、いいです」
テレビの操作はエリアスがやっているから、リモコンが壊れるのも怖いらしい。そんなに壊れるものでも無いけれど、本人が触りたくないのだから仕方がない。
「じゃあ作ろうか」
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