新しい出会いと久しぶりのおもてなし -1-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
土曜日になると、平日はその多くをシスティーに任せている清掃作業を伽里奈が行うのが通常だ。ただ、今のところアンナマリーは、英雄アリシアであろうとも男が部屋の清掃をすることを望んでいないので、入らないことにしている。
朝食が終わるとアンナマリーの部屋以外の各居室と、廊下やロビーといった共用部、温泉の清掃を終え、庭の雑草取りと、外壁と柵の確認を行った。
「洗濯機を動かすわよ」
各入居者から集めた洗濯物をエリアスに預けて、お隣の霞沙羅の家に移動する。
霞沙羅の家では2階の居住スペースの清掃と異類の管理、それとゴミの回収が主な仕事だ。
元自動車修理工場だったので敷地は舗装されているので、雑草は生えていない。一階の作業場は霞沙羅から依頼があるまでは触らないようにしている。
合鍵を使って2階に上がっていくと、霞沙羅は気晴らしに、趣味のシンセサイザーを弾いていた。
霞沙羅は親類が運営している寺院系の保育園で、子供達相手に賛美歌をオルガンで弾くという事をやったりしていたので、鍵盤楽器を弾くのは結構上手かったりする。
今日も最近流行の曲を、楽譜もなく耳コピーで弾いている。この辺がこの人の格好いいところだ。この寝室の床に寝間着と下着と昨日着ていた服が散らかっていなければ、の話だが。
そして、昨日洗濯した衣類をクローゼットに仕舞い、ベッドのシーツ類を交換し、散らかっている衣類を洗濯用として回収し、床や棚の掃除をする。リビングでは転がっていたビールの缶とお菓子のゴミをゴミ箱に投入して、掃除は終わった。
その頃には霞沙羅も演奏も終えて、リビングに移動してきた。清掃した側からコンビニで買った安ワインと湯飲みを持って、朝から飲む気だ。
そんな霞沙羅はおつまみではなく、一冊の冊子を伽里奈に渡してきた。
「広報誌が来たから、エリアスに一冊持って行ってくれ」
軍のアイドルも務める霞沙羅は、毎回というわけではないが、軍の広報誌に特集が組まれて、業務に関するインタビューと、まるでモデルのような写真が掲載される。
これがまた売れるのだ。ユーラシア大陸全土を巻き込んだ厄災戦を終わらせた18歳の少女は、24歳になっても国の誇りとなるほど強くて格好良くて綺麗で、女性を中心に人気が高い。
霞沙羅が特集される号は普段の何倍も印刷され、それでもすぐに完売してしまうことから、その人気がうかがえる。
休日とはいえ、朝から湯飲みで安ワインを飲もうとしているけれど、こういった雑な面と、世話のかかる性格であるというギャップには人間味があって、伽里奈は結構気に入っていたりする。
「今日は江別で幻想獣が出たらしいぜ」
テレビで速報はあったけれど、小樽市は関係が無いのでサイレンは鳴らなかった。
「お前、学校で何かあれば動いていいぜ」
「状況次第ですよねー」
「まあな」
霞沙羅はテレビをつけた。ちょうど字幕で「江別の幻想獣は駆除されました」と出た。
この3年間、日常生活で伽里奈がその戦闘力を披露することはなかった。周囲で幻想獣や魔術関係の事件はあったけれど、それは警察の仕事であって、軍に協力しているけれど、危険にさらされているわけでも無い伽里奈が出ていって駆除する理由は無い。
例外として、霞沙羅絡みで千歳や東京の立ち入り禁止区域の確認で同行する事はあったけれど、突発的な事件で軍からお呼びがかかることはない。
「何かあれば私の命令にしていいぜ」
「今後も平穏な普通科の生活を送りたいですけどねー」
「お前は、一ノ瀬家の関係者と知り合いだろ。学校には生徒でも、ああいう本職が警備に関わったりはするが、警備室連中でも手に負えないと思えば遠慮なく出て行けよ」
「そんな機会があればですけどねー」
まあ霞沙羅が言いたいことは解っている。「鐘」の件だ。
霞沙羅は週に一日しか大学にいないので、狙われるとしたらその不在時か夜間だ。勿論、警察もいるし、大学が雇ったエージェントもいるから、伽里奈が出る幕は、普通考えれば無い。
あくまで、本職の人だけで手に負えない時だけだ。命の危険が迫る状況で、バカ正直に逃げ回る必要は無い
* * *
午前中で一通りの管理業務が終わって時間に余裕があるので、昼食後に部屋に置いてある魔工具を今一度整理する事にした。
「確か以前に作ったと思うんだけどー」
この館に来てから、折角近くに霞沙羅がいるからと、魔装具や魔工具といったマジックアイテムの制作を教えて貰っている。それで個人的に制作したモノは部屋に収納している。
学院用の記録盤を弄りまくったのも、これのせいだ。
通常は、幻想獣が現れると警報が鳴ったり、専用サイトに情報が流れたりするけれど、リアルタイムというわけにはいかず、自治体や警察を経由するので、どうしてもタイムラグが発生してしまう。
入居者の安全確保も必要だから、この館の周辺くらいは少し早めに知っておきたいと思って、一つの魔工具を作った事を思い出した。
結局、自分やエリアスやシスティーだけでなく、霞沙羅やフィーネなどの能力の高い人達は自分で危険探知が出来てしまうので、用が無いと解って仕舞い込んでしまったのだ。
「こっちだね」
そして、それのアシルステラ版も作ってある。霞沙羅が言うには、世界が違っても互換性を考えて素材を選定して、正しい魔術基盤を刻み込めば、地球製の魔工具も対象の世界で動くと言われた。
この事については、まさにモートレルの事件で確認が出来てしまった。
アンナマリーが来る前に作って、霞沙羅からは大丈夫だと言われていたけれど、使う機会も無いので引っ張り出す事もなかったけれど、王者の錫杖が動くのであれば、自分が作ったこれも間違いなく想定通りに動くだろう。
伽里奈は一枚の鏡のような魔工具を引っ張り出して、ついでにお菓子も持ってモートレルに向かった。
* * *
「か、カステラ!」
「昨日作った分だけどねー」
冷蔵庫に入れていたカステラを持って、ヒルダの屋敷にやって来た。
「一気食いはやめてね」
アンナマリーから「ヒルダ様は一口で食べた」と報告を受けている。四切れだけ持ってきたので、そんな勢いで食べられたら一分も保たない。折角作ったんだから、もう少し味わって欲しい。
ヒルダは家の人間を呼び、お茶を持ってこさせた。
「ところでモートレル周辺の地図ってある?」
「あほこのかへに」
一切れを一気に口に入れたようだ。
ヒルダが指を指した壁には、ちゃんと測量したとおぼしき、モートレルの町を中心とした地図が貼られていた。さすが領主の執務室だけはある。
「いいじゃん、これなら」
アリシアは早速持ってきた鏡の魔工具に、その地図が裏のレンズを通して映り込むようにセットして、画像データとして取り込んだ。
鏡の表面には地図が表示され、そしていくつかの光点が現れ始めた。魔工具の側面につけていたロッドアンテナを伸ばすと、弱々しかった光りがくっきりと表示されるようになった。
「上手く動いてるかな」
椅子に座って意識を飛ばす。何カ所か光点が表示されている場所を視て、整合性を取るために地図のサイズを調整する。
「よしよし、これでいいかな」
「今日は何を持ってきたの?」
もうカステラは食べ終えてしまったようだ。ヒルダはお茶を飲んでシメている。
「モートレル周辺の魔獣反応を観測する魔工具だよ」
「そんな便利なモノが?」
アリシアはヒルダの前に鏡を置いた。
「ルーちゃんが作った設備がどの程度の範囲まで対応してるのか解らないけどね。ボクが見てもあんまり広いとは言えないし、魔力のチャージが必要だから、ずっとは動かないんだけどねー」
自分一人で作ったモノなので、最大で半日は動くけれど、3時間程度は魔力チャージに時間がかかる。チャージと言っても、機能を停止して置いておくだけだが、その間は何も出来無い。
「距離的には半分位かしらね」
実際にモートレルの設備が動いているところを見た事がないけれど、それを知っているヒルダがそう言うのなら、そうという事にしておくしかない。
「町の設備の方は、魔物の数によって光りの大きさが変わったりはしたのよ」
「これだとこの点の色だよ。青緑赤の三種類だけど、青が少なくて、赤が多いの」
学院の職員だった時に、王都ラスタルの施設を見学する事があって、それで構造とか表示とかを覚えていて、それをアレンジしてみたのだ。
「やっぱり使えないかなー」
「そんな事はないわよ。範囲は狭いけど、こうやって居場所が見えてるってだけでも全然違うわ。今は町の周辺を警備して、それでいるかいないか目で確認してるもの」
「アンナマリーからも、外出の頻度が増えたって聞いてるけど」
光点は町の周囲に3つある。どの点も色が青に近いので、どの集団もさほど多くはいないという事だ。
どれもこれもモートレルその物や、街道からは離れている森の中なので、討伐については騎士団の方で決めて欲しい。
「だったらしばらく貸すよ」
「あら、助かるわね。まだ修理の目処が立ってないのよね」
「あの、この地図の中心がこの部屋に調整しちゃってるから、騎士団の事務所に持って行くくらいなら誤差だろうけど、町の外には持ってかないでね」
観測の中心地はこの鏡なので、移動してしまうと表示されている地図とずれてしまう。
「なら騎士団の事務所に置いておこうかしら。設備の表示板もそっちのあるの。ところでアーちゃん、光りが一つ増えたわ」
北西の方に緑色の光りが増えて、それがだんだんと町に移動してきている。
「速度的に飛行タイプみたいだねー。ドラゴンじゃないと思うけど、この動きだと多分ここの町に来るよ」
「あらそれはまずいわね。騎士団に迎撃させましょう」
《そういえば魔物を直接見るのは久しぶりだなー》
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