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英雄と女神の妙な関係 -2-

 背の高い、魔女ソフィーティアだった女性は椅子から立ち上がって、アリシアをぎゅっと抱きしめてきた。身長の差が大きくて様にならないけれど、事情のわからないアリシアは困惑しながらも、どうやら魔女との戦いは終わったようだと安堵した。後はこの戦いがなんだったのかを教えて貰わないといけない。


「まさかこんな事が起きるとは」

「今回はお前の負けだな。いや、この結果は初めてか」

「これまで幾度も愚かな人間に裁定を下してきたが、完全に回避されたのは初めてだ」

「奴は最初から戦う気が無かったようだしな」


 声の主は何人かいるようだが、姿は見えない。


「人間よ、褒美に姿を現しましょう。皆驚いていますが、これは喜ばしいことです。人類はお前の行動で救われたのだから」


そう言うと、どこかで見覚えのある、これを人と呼んでいいのか、巨大な人物が4人、部屋の中に姿を現した。


「我が名はアーシェル」

「我が名はギャバン」

「我が名はヘイルン」

「我が名はオリエンス」


 4人はそれぞれの名前を口にした。


「えー、みんな神様じゃん。なんでこんな所に? じゃあこの魔女さんはなんだったの?」 

「その子は我が眷属、小さき女神のエリアスよ。エリアス、心優しいあなたにはさぞ辛い役目だったしょう。ですがそれも今、終わりました」


 大地と誕生の神であるアーシェルがいたわるように、アリシアに抱きついている小さな女神に言う。


「人間よ、人の世に争いが溢れていたのを忘れたとは言わぬな?」

「それは、隣の帝国とかいくつかの迷惑な国が戦乱のタネを蒔いていましたから」


 話しかけてきたギャバン神は戦いと勝利の神じゃなかったっけ、と思うが、彼は国家間の過度な侵略目的の戦いは嫌いなのだろうか?


 隣の帝国こと、ワグナール帝国は100年程前に急に建国されてから、フラム王国を初めとした周りの国にちょっかいを出し続けてきた迷惑な国だった。それ以外にもスパイを放ったり、領土の拡大を画策する国も存在した。


「大地には人の作り出した悪意が満ちていた」


 それはギャバン神の言うとおりだ。


「よって我々はお前達人間に試練を下すことにした。このエリアス扮する魔女という存在に等しく災いをもたらされた時、どのような選択をするのかを見ていた」

「紆余曲折の末、お前達人間は何とか互いに手を取り合い、戦うことを選んだ」


 豊穣と美の神であるヘイルンは部屋の空中に、地上で起きている魔女軍団との戦いの様子を映し出した。


「今は時が止まっているの。あなたへの話が終わったら時が動き出し、すぐにあれは全て消えるわ」


 抱きついているエリアスが、涙を拭きながら説明してくれた。


「あなたの仲間達は今こちらに向かっている最中だけど、この部屋の外は同様に止まっているわ」


 じゃあシスティーはと部屋を見回すと、この事態を前に所在なさげに少し離れた所に立っている。この中だけが動いているようだ。


 ギャバン神は話を続ける。


「一つ目は合格だ。だがこの戦いはいつか終わらねばならない。その際にはこの場で、魔女との戦いになるだろうが、憎しみの心だけを持って戦いを挑む、言ってしまえば、ここにたどり着けた人類代表が何も考えず魔女に剣を向けた時に、失格となる予定だった」

「その際は大地の全てを書き替える、つまり今の文明は全てなかったことになるはずだったのだが」


 繁栄と富を司るオリエンス神が腕を組みながら肩をすくめた。


「人間よ、理由はどうあれ、お前は剣を納め、憎しみの心も持たずにこのエリアスに歩み寄った」


 本来の答えは何だったのだろうか。人が人と戦い続けた愚かさに気がつき、まずは魔女にその事を告げることが正解だったのかもしれない。


「想定と違っていた事は残念だが、我等が決めたルールだ。お前の行動は人類の滅亡を回避した」


 ギャバン神はどこか苦笑いをしている。


「ボクはただ、この後に待っている自分の将来に悩んでいただけなんだけど。それで魔女さんの様子がおかしかったから」

「理由はよいと言っている。神である我々は一度決めたルールを破る気はない。この結果を受け入れ、またしばらくはこの大地を見守ろう」


 むむー、危なかったー、とアリシアは心の中で思う。もし、2人の将を6人がかりで倒して、皆で一緒にこの広間に来たら、この結果にはならなかったかもしれない。他の5人がいる状態で自分勝手な判断で泣いている魔女、ではなく、女神エリアスを慰める事が出来ただろうか。ひょっとしたら、途中で止めたかもしれないけれど、それではダメかもしれない。


「時はじきに動き出します。ただその前に我等に勝利したお前に、褒美を与えます。何か望みのモノを授けましょう」

「え、えー、そうだなあ」


 ―急にそんな事を言われても困るなあ。んー、じゃあちょっと出来るかどうか聞いてみよう。


「ボクは、このまま国に帰って貴族にはなりたくないんだ。出来たら、宿とか下宿とか食堂をやりたい。それもボクのことを英雄だって知らない場所がいい」


 無理じゃないかなー。それともボクのことに関して、この2年間を無かったことにしてくれるのかなー、と待っていると、意外な答えが返ってきた。


「貴方のような高い能力を持つ人間を必要としている館があります。現在の管理者から、自分の故郷に戻りたいという希望が出ています。その後任はどうです?」

「え、あるの?」


 言ってみるモノである。


「ただしこのアシルステラではなく、地球という異世界の、日本という別の国です。勿論あなたのことを知る人間はいません。あなたは今よりすぐその世界に旅立つ必要がありますが、それで良いですか?」


 アリシアのことを誰も知らない場所、となると確かにこの世界には無いだろう。


「ボクみたいなのが必要って、そこでは何をすればいいんです?」

「その館は夢や希望を持つ者や、疲れた者が癒しを求めて一時的に滞在する舘です。あなたはそこの管理人として入居者の日々の生活を支えるだけでなく、人生の手伝いをする役目を担います」

「お前程の力があれば足りるだろう」


 今すぐかー、皆にお別れくらいしたいなー、と思うけれど、このおかしな顛末を今の5人に見せるわけにもいかない。これはいつか、魔女戦争のほとぼりが冷めるのを待った方がいい。


 そこで今自分に抱きついている女神様がいることを思いだした。自分達人間のせいで心に傷を負ってしまった優しい女神様は、この後どうするのだろうか。


「この女神様はどうなるの?」


「エリアスはゆっくりと休ませ、疲れた心に癒しを与えます」


「ねえ女神様、ボクが行く館って癒しを求める人もいるんだって。余所の世界だけど一緒に行かない? 誰もキミがやった事を知らない場所で、一緒に人助けしない?」


「なんと」


「人間よ、大胆な発言をするものだ」


 神様達がアリシアの大胆な提案に驚く。だがこの提案は悪いモノでは無かった。


「この一年間でやった事を悔やんでるなら、未来がある人の背中を押すの手伝ってよ。女神様としても悪くないでしょ?」


エリアスはハッとした顔をして、しばらく考えた後


「私はしばらくこの世界の人間を見たくないわ。でも私が人間と生活する事が出来るのかしら?」

「ボクも余所の世界の生活は知らないしねー。同じ境遇なのが1人くらいいた方がいいかな。ボクみたいな変なのと一緒が嫌なら無理にとは言わないけど」


「面白い事を言うわね。アーシェル様、彼についていってよろしいでしょうか?」


「あなたが望むなら許します。ならば一人でも多くの人間を救いなさい。それが貴方の心も救うことになるでしょう」

「はい」

「して人間よ、お前はここでどうありたい? 魔女と相打ちになり消滅した事にするか?」

「それとも魔女を倒した際に大きな傷を負い、その身を我等が預かることにするか?」


 ギャバン神とオリエンス神が魔女との最終決戦における2つの結果を提案してくる。死んだことにするか、一旦表舞台から退場することにするかだ。


「後者でお願いします」

「解った。では時は動き出し、お前はこの世界から姿を消す」

「システィーも来る? 来てくれると嬉しい」

「そう言われると行くしかありませんね」


 システィーは剣の姿になり、アリシアの腰に納まった。とても使いにくい剣だけれど、1人でも相談相手が多い方がいい。


「ではこちらに向かっているお前の仲間には、上手く誤魔化しておこう」


 ヘイルン神が言った。彼は芸術を司る神なので、上手くやってくれることだろう。


「人間よ、エリアスを頼みますよ」


 エリアスの生みの親であるアーシェルは、アリシアの申し出を全面的に受け入れたようだ。彼女もエリアスには無茶をさせすぎたと感じている。そのエリアスが希望するのなら、自由にさせてやろうという親心だ。


「うん。じゃあ女神様、しばらくよろしく」


アリシアはエリアスの手を取る。


「変な英雄さん、頼りにしているわ」


 エリアスはアリシアと繋がった手をぎゅっと握りかえした。


 そしてアリシア達はこの部屋から姿を消し、時は再び動き出した。程なくして世界からはエリアスが生み出した魔物達は姿を消し、1年にわたった魔女戦争は、人類が知るよしもない形で終わったのだった。

今後ともよろしくお願いします。

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