大事件の後は -2-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
こちらはモートレル騎士団の食堂。今は団員達が集まり、昼食をとっている憩いの時間。
アンナマリーの昼食は今日もアリシア特製弁当で、あの大きな騒動の後だとしてもちゃんと忘れずにおまけを付いてもらっている。
「アリシア様は本当にマメな人だな」
専用の容器には一口サイズのシュークリームが沢山入っていた。中はカスタードクリーム。一つ一つにカスタードクリームを注入するという細かな作業にオリビアは感心しながらヒョイと口に入れる。
サクッとした感触のすぐ後にカスタードクリームの甘さが口の中に広がっていく。食べやすさもあって癖になりそうだ。お皿の上にもっといっぱい積んで独り占めしたい。
1ヶ月以上も、自分達がアンナマリーのご相伴にあずかっていた料理が、アリシア製だったことには驚きだけれど、それを知った今日も今まで通り楽しんでしまっている。
今日の食堂の昼食はスパゲティナポリタンだし、他の団員達もアリシアのありがたみをひしひしと感じながら食事をしている。
アリシアから教わったメニューは、まだ時々ローテーションされてくる程度だけれど、今まで出ていた料理にも改良案を出してくれているので、味も良くなり、食堂の雰囲気は以前よりも明るくなった。
今後はどんな料理が増えるのだろうか、それを想像するのも楽しみだ。
「アーちゃんは馴れ馴れしいところがあるけど、その分自分の仲間というか、身内と決めたアンナには、今まで通りにいて欲しいって思ってるわよ」
ナポリタンの評判を確認しにきたヒルダも、シュークリームをつまみながら話の輪に入ってきている。
アンナマリーとしては、ヒルダは雇い主というだけでなく、同じ女性としてその強さに憧れもあるから敬意を向けている。その敬意はアリシアへも同じで、この三年間「アリシア様」と呼んでいた。
それが一ヶ月以上も「伽里奈」と呼び捨てにして、タメ口を聞いたり、背中をバンバン叩いたり、ぬいぐるみをねだったり、色々と失礼な事をしているだけでなく、一晩ベッドを借りてしまったり、顔面を蹴っ飛ばしたりと、色々とやらかしている。
「本人も途中で言い出しにくかったって言ってるくらいだから、解って放っといたのよ。今更よ、今更」
「あ、あの家に帰りにくくて」
「ちゃんと帰りなさいよ。あなたはアーちゃんとこの世界を繋いで貰って、美味しい料理を持ってきてもらわないとダメなんだから」
「ヒルダ様…」
長年付き合いのあるオリビアも呆れる台詞だが、ほんのちょっと、解る。アンナマリーにはあの館に居続けて欲しい。こんな小さなシュークリームが美味しいんだから、もっと美味しいモノが沢山あるのだろう。それとゆっくり泊まりに行きたい。
「気になるなら、場面場面で話し方を変えれば良いのよ。気を抜く時と真面目に向き合いたい時でね」
* * *
放課後に中瀬達の試験勉強を見てあげた後、やどりぎ館に帰ってきた伽里奈は、今日は特売品購入の為に、カートを持ってスーパーに向かった。特売品の中にはお一人様数量限定の商品があるので、エリアスを誘ったら喜んでついて来てくれた。
この町に住み始めて3年が経つので、可愛い女子のような男子と、背の高い綺麗な女子の凸凹カップルは、レジのおばちゃん達だけでなく、各売り場担当の店員にも覚えられていて、買い物に来ればよく声をかけられる。
今日の特売の目玉は何といってもお肉。テラス席が撤去される前にと、後日予定しているバーベキューに備えてお肉の補充をしなければならない。
「ウチの子ももうちょっと手伝ってくれればねえ」
ショッピングカートを食材で山盛り状態にした伽里奈に、肉担当のパートをしている中瀬の母親が声をかけてきた。
「でも魔法術科ですからねー。普通科と違って毎日勉強の日々じゃないですか?」
「ホント、あの子があんなに勉強家になるなんて思わなかったよ。成績の方はまあまあだけど、稔も付属高校に通えたんだって気合い入っちゃってね。それならアタシも授業代くらい稼いでやらないとって気にもなっちゃうのね」
稔、は中瀬の名前だ。
魔術師の養成は国家的な事業なので、国立校ということもあって、言うほど授業料は高くない。それでも施設に資材に教材にと、経費がかかるので、普通科よりも授業料は高い。
大学を卒業し、魔術師として登録されれば、就職先は確保されたようなモノで、将来の事を考えれば、魔力適正のある子供は魔術師への路を歩ませてやりたい、と世間の親は思う。勿論成績優秀者には奨学金だったり、授業料の割引なども備えられている。
「またテストもあるみたいですし」
おばちゃんだって解っている。ただまあ家事の出来る、息子の友人を見てしまうと、ちょっと羨ましいとか思ってしまう。
「ウチの子のこと、またちょっと見てやってね」
ああそうだ、と冷凍焼けでちょっと色が悪くなって、そろそろ割引品として出すことになっていたシチュー用の牛肉を持ってきてくれた。
「他のお客さんに取られちゃう前にね」
「ありがとうございます」
後日カレーを作る予定があるので、その時に使うにはちょうどいいと、その割引品を購入することにした。
それにしても一部分の色がちょっと悪くなっているだけで割引とか、料理をしてしまえば変わらないのに、日本人は勿体ない事をする。おかげで安く買えるけれど、日本に来て3年以上が経った今も釈然としない。
ともかく、目当てだった特売のお肉も手に入れたので、今日の買い物はこれにて終了。エリアスにもちょっと持って貰って、やどりぎ館に帰った。
* * *
「夕食なのにフィーネさんがいませんね」
今日の仕事を終えたアンナマリーが帰ってきて、温泉からあがったところで夕食となった。
霞沙羅はまだ横浜に出張中で不在だが、フィーネの姿も無い。それで今日は4人と一匹だけの夕食だ。
「フィーネさんは札幌のバーで飲んでくるって」
すすきのにある、隠れ家的なお店と言っていた。以前にお店のオーナーさんが占いに来て、フィーネのアドバイス通りに場所や内装を決めてオープンしたら、今では連日満員の有名店になったので、そのお礼として今日は奢られに行っている。
「な、なんかその、プレッシャーが」
この食卓に部外者のフィーネでもいれば、アリシアにちょっかいを出したりするので少しは緊張感もほぐれるのだが、憧れの英雄とその魔剣、とエリアスという、アシルステラの関係者だけなので、アンナマリーは言いようのないプレッシャーを感じている。
「そんなー、今までもこんな事あったじゃん」
今日のメニューはオムライスとサラダとスープ。
丸くて深さのあるお皿の真ん中に、フワトロ加減の残った薄焼きタマゴを纏ったオムライスが鎮座して、周囲をトマトクリームに囲まれ、その上にはエビフライが2本乗せられている。
子供向けっぽい食べ物だけど、アンナマリーはオムライスが好きだ。
これを憧れの英雄アリシアが作ってくれているのだ。館に来て最初の頃は、フラム王国から来た自分に配慮してくれたりと、色々と手を煩わせたりもした。
それでも伽里奈、いやアリシアは管理人として当たり前のように、アンナマリーがこの館に馴染めるようにと、日本側の料理にも慣れるように工夫をしてくれた。
自分としては憧れと、恐れ多い人だけれど、だからこそ、仕事の疲れを癒やして欲しいと思っているアリシアの意志を尊重しないと、逆に失礼なんじゃないかと思う。
それにこんな気持ちだと、心を込めて作ってくれる料理を楽しめない。
「あ、アリシア、様」
「呼び捨てでいいよー。伽里奈でもアリシアでも」
「わ、解った。じゃあ普段は伽里奈と呼ぶ。でも魔法や剣を教えて貰う時だけは、憧れのアリシア様でいて欲しい」
「ええー」
「もう、それで納得してあげなさい」
「マスターはアンナさんからの敬意も受け取った方がいいですよ」
アリシアがこの下宿をリラックスが出来る、自宅のような雰囲気の場所にしたいのは解るけれど、憧れの人から多くを学びたいという真面目な気持ちも尊重した方がいい、とエリアスとシスティーはアンナマリーの考えの後押しをする。それにアリシアだって、馴れ馴れしいだけではなくて、ある人物に対しては敬意を持っているのを見ている。
「あなただって霞沙羅のことを先生と呼んだり呼ばなかったりしてるでしょ? 人から学ぶ事がある時には、受け取る側にも態度っていうモノがあるのよ」
年上なのでアリシアが「霞沙羅さん」と呼ぶのは気にしていないけれど、「霞沙羅先生」と呼ぶのはやめて欲しいと言われている。
霞沙羅はアリシアを管理人でもあり弟分のようにも見ているので、確かに大学の講師はしているけれど「先生」とは呼ばれたくないと、ずっと言われている。お互いに教えたり教えられたりという仲なので、一方的に尊敬して欲しいと思っていない。
「そうだった。じゃあそうしよっか…」
「んん、じゃあそういうことで、か、伽里奈、夕飯を食べるぞ」
「食後にはシャーベットがあるからねー」
「お前やるじゃねえか」
シャーベットは大好きだ。あんな冷たいモノ、貴族であっても、そうそう食べる事は出来ない。
「あ…」
「リンゴにする? オレンジにする?」
シャーベットが出る、と嬉しさのあまり調子に乗ってしまったアンナマリーに対し、やっぱり伽里奈は怒らなかった。
こんなに馴れ馴れしい管理人はどうかと思うけれど、とりあえず自分の敬意は受け取ってくれたようだし、これまで通りこの変な英雄と付き合っていこうと決めた。
あとは今日の夕飯を楽しく味わう事にしよう。
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