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新しい日々の始まり

 日が昇り、朝になった。


 事件の後は町の人達に挨拶をして、ヒルダの連絡用の鏡を使ってハルキス達に連絡をした。3人はやっぱり怒っていたけれど、近いウチに会う約束をした。


 「会ったら殴らせろ」とは言われたけれど「会いたくない」とは言われなかったので、3年の空白はあっても元冒険者仲間でいてくれるようで、そこは安心したアリシアだった。


 やがて騎士団や役所の人達は町の大工達と強力しながら破損状況の確認や、瓦礫の撤去などを始めた。


 城壁に設置された結界装置はエリアスが破壊した分を除いて、ルビィを中心にした学院の人間で全てが撤去されたのだが、これもまたぱっと見では理解が出来ない技術が使用されていたそうで、早速学院に持ち帰る事になってしまった。


 一人取り残されたアリシアはというと、王宮からの使者にも事情説明を終えて、とりあえず後始末をしてくれている人達のお昼ご飯を作っている。騎士団の厨房を使っているのだが、これまで何回も新メニューを提案してくれている実績があるので、担当者達ももう慣れたモノで、アリシアの指示に従ってくれている。


「ソースは茹でた麵にかけるだけだから」


 見た目もボリューミーなミートボールのスパゲティーだ。今日は部外者の人も含めて、更に大量に作らないといけないので、大きな鍋で作ったミートボール入りのソースを茹でた麵にかけるだけという簡単なものにした。後はガーリックバターを作って、ガーリックトーストを添えたお昼ご飯だ。


「随分とスパイシーな香りですね」


 スパゲティーは指示だけして見守りながら、伽里奈は町で集めてきた香辛料やハーブをゴリゴリとひたすら粉末にして調合している。さながら魔法使いがポーションでも作っているように見えるが、れっきとした調理の一部なのだ。


「カレーって食べ物だよ。災害があったり、なんかのイベントとかだと定番の食べ物なんだー。大量に作れて美味しいからね」


 冒険中にこの大陸にはどういう食材や素材があるかをメモしていたのだが、向こうの世界のどの素材と互換性があるのかもこの3年で研究済みで、まあこんなモノだろうという素材は手に入ったので、カレー粉を作成中している。


 カレーといっても日本のようにお米を炊いて食べるという文化はこの辺にはあまりないので、ナンを作って、それと食べる形式にした。


 炊かないだけでお米自体の需要はあるので、後日にどう炊けるのかは試して、それでカレーライスを作ろうと、今日は時間が無いので妥協する事になった。でもナンはパンみたいな物だし、美味しいから、こちらの世界の人にはまずはこの食べ方でいいとは思う。単にカレーライスにはならないというだけだ。


「アーちゃん、この結界装置のここのところだガ」


 カレー粉作りでゴリゴリやっている側でルビィが結界装置の不明点を尋ねてくる。


「王者の錫杖と同じ世界の魔術で動いていて、この世界で使えるように変換する機能がついてるね。これをアシルステラ仕様にすると」


 伽里奈はとりあえず、これと同等品の術式を指で空中に描く。結界は錫杖のような複雑な式ではなく、魔導士であれば理解出来るレベルだ。ただ完全に一致しているわけではないので、あくまで類似の式だ。


「錫杖の方にも異世界の術式そのままが刻まれてたけど、これにも同じ変換用の機能が搭載されていたね。それでこっちの世界で動くようになってた。さすがに魔術基盤が大きすぎて複雑だから、今は説明出来ないけどねー」


 魔術の変換機能がついているというだけでも驚きだ。なぜこんなモノがこの世界にあるのか、それが疑問として浮かび上がる。


「こういうのって、ボクのいない3年で見たり聞いたことある? 他の国でもいいよ」

「いや、無いゾ」


 ルビィにくっついてきた学院の人間も首を横に振る。


「何で急にこんなのが出てきたんだろ?」

「私はアーちゃんがこれを一目見てスラスラ答えるのが不思議でならなイ」

「あの舘に住む人の手助けも管理人の仕事だからねー、それぞれの世界の魔術を覚えるのも必須なんだよ。今回不在の霞沙羅さんって人がいるんだけど、他世界の魔剣とか聖剣の製造と整備をしてるから、その人と色々話をしたなー。おかげで最近は向こうの軍人さんに魔法を教えてるから」

「羨ましすぎるゾ」

「機会があったら紹介するよ。皆の武器を見たいって言ってたからねー」

「アリシア様、焼き上がりました」


 厨房の方では甘い匂いをその身に宿したカステラが焼き上がった。オーブンから出てきた焼きたてのカステラをアリシアは風の魔法で正確に六十四分割した。


「そんな魔法の使い方まデ」

「元々やってたじゃん。それを料理用に落とし込んだだけだって。1つの真空の刃を分割して規則正しく並べただけ。これを使って、会食の時にあったポテトチップを作ってるんだから。あ、ポテチも作ろう」


 魔法のアレンジの基準が料理というのは、冒険中と変わっていないが、技術が上がっている。あんなに細く芋をスライスするとかどれだけの制御能力があるのか。


「それで、誰かがこっちの世界に紛れ込んでるね。異世界とかはボク達みたいな魔術師には非常識じゃないけど、結構すごいのが出入りしてるみたい」

「それって今回の件の調査はアーちゃんがいないとダメな話なんじゃないカ?」

「かもねー」


 久しぶりに帰ってきた世界で、結局また関わらないとダメなのかー、とがっくりする。こうやって料理を移植するのは楽しいと思うけれど、あの賢者達と絡むのは面倒くさい。インドア派の魔術研究マニア達はどうにも苦手だ。


「アリシア様、そろそろお昼の時間です」

「魔法の件はまた後でだねー」


 ガーリックバターを塗ったパンも次々にトーストが終わって積まれている。


「ルーちゃんも食べていくんでしょ?」

「ヒルダが一番手に並んでいるナ」


 いつの間にか食堂に入ってきたヒルダがもうカウンターの前に陣取っている。その後ろに並んでいる騎士団のメンバーは領主様の行動に苦笑いを浮かべている。


「領主として、騎士団メンバー向けの食料事情改善を進める身なのよ、私は」

「いつまでも腹ぺこキャラだナ」

「必要ならそこに粉チーズがあるからスプーンでかけていってね」


 お楽しみなランチが始まった。


  * * *


 スパゲティーは好評で、お腹を満たした人達の協力もあって調査と修復は午後も続いた。現場にはおやつのポテトチップとカステラも出ていって、カレーの方も順調に調理が進んでいる。アリシアが調合した粉から茶色いスープへと変わっていき、どういう料理なのかが解った厨房の人達は、その味に期待するように鍋をかき混ぜている。


「お前なら王者の錫杖が理解出来るというのだな」


 あれから学院からも何名も訪問者があった。学院のトップ、「天望(てんぼう)()」という地位にある賢者達は特に、あの王者の錫杖を解析出来るというアリシアに質問をしに来た。町はまだ被害確認と後処理をしているというのにちょっと気が早すぎる。


「概要はさっき記録して確認しましたけどね、後は先生が下宿に帰ってたら2人で検証しますよ。それで対応策があればそれもレポートに纏めます」


 この台詞を何回言ったことか。


「アーちゃんが積極的にレポートを纏めるとか、昔はなかったナ」

「お前が先生と呼ぶその人物はそれほどの実力者なのか?」

「色々と教えて貰いましたからね。ボクもこっちの魔法を教えましたけど、それでボクの魔剣を改良してくれましたから」


 2人はアリシアから出されたアップルパイとロイヤルミルクティーを味わいながら、カウンターの向こうにいるアリシアと話をしている。


「ナンは後でボクが暖めますからね。どんどん焼いて下さい」

「解りました」

「すごいいい匂いがするナ」


 嗅いだこともない匂いが厨房に溢れている。だがこのスパイシーな香りを放つ茶色のスープは絶対に美味しいに違いないと解る。


「アーちゃんの、あの冷蔵の札の解説をお願いしたイ」

「なんで?」

「王宮の騎士団も使いたいと言っているからだ。食料の保存は、国王からも依頼があるのだが、どうしてもお前の魔法の調整が出来なかったのだ」

「ルーちゃん、冒険中にちゃんと教えたじゃん。イリーナも回復魔法を誰にも教えてないし、結構ショックだったんだよー」

「いやその、アーちゃんほど料理に頭が向いてる人間は天望の座もいないかラ。誰も温度の調整が出来なかっタ」

「イリーナ君も聖都に持って帰ったはいいが、他の宗派には伝えることは出来なかったそうだ」

「だからこないだ解説をつけたんだけど」

「その事も含めて、お前には色々と聞きたいことがある人間が多数いる。その為に一度学院に顔を出すのだ」

「わかりましたー。でもボクだって生活がありますからね」

「ところでなんでアーちゃんは学校に通っているんだ」

「向こうの世界を知るためだったんだけど、料理の授業があるの。軍の食料部署に就職する人もいるから、そこで大勢に作るって事を学んでるの。今更だから、魔法の専門コースには関わってないよ」

「そりゃアーちゃん、6年も前に学院を卒業してるんだかラ。やめていいんじゃないのカ?」


 元々は自宅の宿屋だったり、冒険中に少数人の料理を担当していたけれど、魔女戦争時にご一緒した国からの討伐隊などの料理にも携わったりで、大人数向けに作る料理という事が次の目標になって、今はそれが高校に通う一番の理由になっている。


「授業のおかげでここの騎士団に対応出来てるんだからね」


 野外演習での料理やこの食堂でのいくつかの料理、そして現にカレーの鍋がいくつもグツグツと煮込まれているのは、その結果なのだ。


「だからたまにしか行けないかなー」

「学院に帰る気は無いのか?」

「どうですかねー。家にはアンナマリーもいますから、これからはこっちに顔は出しますけど」


 賢者とて強制は出来ないから、今のところはアリシアが納得出来る状態で話すことしか出来ない。ただ、王者の錫杖については解析をしてくれるようなので、まずはそこから繋いでいくほか無い。


「とりあえず私が窓口でいいカ、賢者様?」

「ああ、そうしてくれ」


 3年も姿を消していたとはいえ、子供の頃からの付き合いと、2年の冒険の信頼もあるから今はルビィが最適だろうと、賢者も任せることにした。


  * * *


「はい、並んで並んでー」


 今日1日頑張ってくれた人達に、ラシーン大陸で初となるカレーが夕飯で提供された。


 具材は豚肉と芋と人参とタマネギというスタンダードなもので、中辛に仕上げられている。


 この世界では存在しない、スパイシーで食欲を誘うこの香りは、誰もが「美味しいに決まっている」と飛びついてきた。


 騎士団の鍛錬用のグラウンドに、あるだけのテーブルと椅子を出して、騎士団も市民の協力者の差も無く、思い思いに座って食べ始めている。


「あ、アリシア様の料理が食べられるなんて」

「アリシア様って、噂通り料理上手なんだな」

「有り難く頂きます、アリシア様」


 劇団の人は、今日は公演をやめて、被害にあった市民を元気づけるために町の一角で、セットはないけれど、ネタとして持っている演劇をやってくれていたから、ヒルダに招かれてカレーを食べている。操られていたアリシア役の女の子も、そんなことは忘れて美味しそうに食べている。


 アリシアの料理は劇中でも必ず語られる要素ではあるが、初めて本物を食べることが出来て、美味しい料理がどれだけ人の心に響くものなのか、食べた全員が改めて噛みしめる事となった。


「こちらでもカレーが食べられるようになるんですね」


 アンナマリーもこちらの世界で作られたカレーを受け取って感慨深げにしていた。


「とりあえずナンでだけどね」


 カレーの入ったお椀にナンが2枚という状態だが、香り自体は下宿で出るカレーと同じに仕上がっている。館ではこっちで出来る出来ないという話になるけれど、ちゃんと形にしてしまえるその腕前には驚くしか無い。


「アンナマリー、これは美味しいのか?」

「ええ、間違いなく美味しいです」


 女性騎士隊もカレーを受け取って席に着いた。


「アーちゃん、これは間違いなく食堂で出せるわよね」


 もう食べ終わったヒルダが食器を返しにやって来て、満足そうに言ってきた。


「全部こっちの材料で作ってるからね」


 無論、これまでの料理も全てモートレルの材料で作ってきたから、カレーも問題なく出来る事がこれで解った。軍の演習でこれをカレーを最初に作った時に、絶対に持ってくるぞと思ったモノだ。


「アリシア君、これは絶対に教えて貰いたいね」


 レイナードも満足したようだ。


「王都でも食べたいゾ」

「それはおいおいねー」


 今日はずっと料理を作り続けているから、なかなか疲れた。調理道具も下宿ほどの便利さはないし、特に火力の調整はまだ勘が戻らない。それでも人の手を借りて上手くいった。


「とりあえず、色々と検証する事が出てきたかなー。でも霞沙羅先生が横浜で対応してる事件ってなんなんだろ?」


 数日後に霞沙羅が何を持って帰ってくるのか、それは今のアリシアには思ってもみないものだった。

読んで頂きありがとうございます。

評価とか感想とかブックマークとかいただけましたら、私はもっと頑張れますので

よろしくお願いします。

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