その一撃のために -5-
ここから主人公名の表示が変わります
地球 :アリシア
アシルステラ :アリシア
カナタは祖父から預かった一本の槍を、またコートの中から取り出した。
これの役目は一度だけ。
ようやくこれを投擲する瞬間がやってきた。
「何の力も無いが、すげえ槍だな」
恐ろしく堅く、恐ろしく鋭い貫通力を持った、ただの地味な槍。霞沙羅が見ただけでも、これを作った達人の情熱が伝わってくる。
「すみませんね。一応、これでも娘なモノで」
標的は祖父の娘であり、それを狙うのはその娘である。
出来の悪い娘ではあったけれど、せめてこの世界に居たという痕跡だけはヤマノワタイに残したい。それが祖父の願いだ。
「構わねえよ。お前のタイミングでやれ。それが終わったらとどめを刺す」
吉祥院の方も、ルビィに指示を出して、もう一度{剛威練帯陣符・炎}の準備をして貰い、榊はハルキスとヒルダにも指示をする。
「アリシア君にはこれを使って貰おう」
吉祥院がトライデントを手渡してきた。空霜を操るためのものだ。
「ワタシはキミのようには動けないからねえ」
同じように空霜を貸したことがある霞沙羅は、下で聖法器で攻撃をしているから、今は星雫の剣の制御に慣れているアリシアが最適だ。
「そうですか、ちょっと借りまーす」
青の剣とトライデントを持ったアリシアは高く跳び上がって、システィーの柄の部分に着地した。
「マスターの居場所はここですよね」
「ウチのことも上手く使っておくれ」
「受け取っちゃったはいいけど、よく考えたら、ここが一番目立つ場所じゃん」
かつて周囲にあったビル群や建物はとっくの昔に崩れ落ちているので、空中にいるシスティーと空霜の姿を隠すモノは何も無い。
アリシアはその上に立っているわけで、遠景で映していると思われるカメラに姿が映ってしまう。
放送を確認しているワケでは無いけれど、最近のカメラは侮れない。それに今回も撮影用の軍事ドローンがいくつも残骸の上にいるのも解っている。
「まあいいや」
北海道で散々姿をさらした後なので、正直今更だ。
アリシアは右手の青の剣と左手のトライデントに魔力を送り込む。
システィーは光り輝き、空霜は雷を帯びる。
「ここまで省エネ志向でやってきただけはありますねえ」
ここまで来てもアリシアの魔力はまだ潤沢にある。いつも通り、そんなに消耗していない。
「今日はちゃんと使うよ。ここから逃げるのはエリアスがやってくれるしねー」
これが終わったらハルキス達を連れてさっさとやどりぎ館に帰った方がいい。長居していると騒ぎになるから。とにかく説明が面倒なので逃げる方がいい。
その役目は無限に近い力を持っているエリアスに、今回は任せよう。
防御の方もエリアスに任せて、アリシアはこれまでのシスティーとは比べものにならない速度で飛行させる。
「システィーもフェイントをしないと」
振り降ろすような動きをしたところで、急停止。迎え撃とうとした星堕の剣が持つ刀が空振りして、そこを空霜が腕部分に突撃していき、腕を一本吹き飛ばした。
すぐさまシスティーが急加速で刀身を振り下ろし、もう一本の腕を切り飛ばした。
「どうせ再生するんだろうけどさー。合わせて!」
すぐさまにシスティーを強制短距離転移させたのはエリアスだ。
システィー一本分ほど後退したところから、急加速で突撃をかます。
その間に後退させた空霜に飛び移って、こちらも再度突撃させて、ありったけの雷撃を星堕の剣に送り込んだ。
「む、むおお…」
システィーに刺された上に、全身に電気を流されて怯む星堕の剣。
そして下の方ではハルキスとヒルダと榊による執拗な斬撃が続いていて、イリーナがまた魔力の拳を腹部にたたき込んだ。
ライアはルビィと吉祥院を守ると決めたようで、反撃を迎撃するために弓を構える。
そこに霞沙羅が動き出して、聖法器から伸びている光の刃で切り刻んでいく。
そしてまた
「{剛威練帯陣符・炎}」
「{滅却煌煌}」
吉祥院の魔法が星堕の剣の左胸に突入して大爆発を起こした。
これでかなり欠損したけれど、まだ星堕の剣は倒れない。またもや再生も始まっているけれど、これでいい。星堕の剣の動きがちょっとでも止まればいい。
カナタが左手に持っていた自分用の槍を投擲して、星堕の剣に刺した。体内のことはつなげていたワイヤーを通して探知した。
吉祥院の攻撃を避けて母親の位置は右に寄ったままだ。
「腕だけいただいていきます」
カナタの右腕が、コートと中のシャツの袖が破裂するほどの渾身の力を込めて、祖父が作った槍を、母の居る場所に投擲した。
狙い通りに一直線に、星堕の剣を貫いた槍は、まっすぐに目的のモノを引っかけると、そのまま反対側に抜けて飛んでいった。
「終わりにしてください」
「ああいいぜ」
カナタが槍の回収に向かう中、霞沙羅はアリシアがいるシスティーの所まで跳んだ。
「ちょっくら頼むぞ」
「あーい」
アリシアは再度、システィーと空霜に魔力を送り込む。
「お前、そんなに魔力を残してやがるのか」
「今日の夕飯は沢山作らないといけないじゃないですか」
「あー、そうだそうだ」
今晩は皆でご馳走だ。
今回の霞沙羅も、カナタが色々とサポートをやってくれたから、自分でも珍しいくらいに、消耗が少なめ。
下の方から轟音がした。星堕の剣が修復中の左胸がまたえぐられた。
「アリサさんか。変な草むらも無くなったしな」
堕人と呼んでいた生命体はもういないから、援護のために前に出てきたようだ。
次に頭部が吹き飛んだ。
「うおー、すげえ!」
モガミが掌に圧縮した『気』の放出により、星堕の剣を攻撃したようだ。それを見てハルキスとヒルダが騒いでいる。魔法でも何でも無い、人間の持つ『気』の力だけであんな威力を発揮した技を見せられれば、剣士である自分達でも出来そうと思っても仕方が無い。
やっぱり以前に別の星堕の剣を倒した経験者であるモガミとアリサの強さは相当のものだ。
「お前、あれ出来たっけ?」
「あそこまでの威力は出ないですけど」
「私もだが…。これが終わったら、まあ色々時間を作るか」
見せてと言われるだろうなあ。これが終わればモガミさんはもうあまりヤマノワタイから地球に来る事も無くなるだろうから、教える事が出来るとすれば榊も加えて3人だけだろう。
ちょっと前に、こんなに鍛えて何と戦うのだろうかと、思ってみたら、今日はその「何か」と戦うことになっているので、自分たちは今後も「別の何か」に備え続けるのだろう。だからまだアリシアご一行との付き合いは続いていく。
「じゃあいきまーす」
霞沙羅の方も聖法器の槍に、今出来る最大限の、神の奇跡の力を引き出して、込める。
アリシアと霞沙羅が何かを始めそうなのを察知して、下にいるヒルダ達は星堕の剣から距離をとった。
安全を確認して、先に空霜が動き、星堕の剣の上空まで行くと、雷を豪雨のように降らせて、全身が真っ黒に焦げる程の大ダメージを負わせた。
でもまだまだ、焦げた表面から脱皮するように、下から新たな体が出てくる。
「じゃあシューティングスターブレード」
光り輝くシスティーが流星のように、星堕の剣に突撃して、その体を大きく削り、光に変えていく。
さらに追い打ちをかけるように、その先に見えた球体のようなモノに、アリシアは魔剣の魔力の刃を打ち込んで傷つけた。
「あれが中心部ですよ」
「そういやお前は中身を見たんだったな」
「ほんのちょっとの時間でしたけど、本体の中心部は覚えましたよ。じゃあ日本の英雄、新城霞沙羅大佐、終わりにしてください」
「終わりにしてやる。うおおおっ!」
これまで以上に巨大な光の刃となった槍を、霞沙羅は目の前にある球体に振り下ろしたが、切り裂いた途中で引っかかった。
「!?」
「それでいいんですよ。手を離してここから離れますわよ」
目的のブツを回収したカナタが、システィーの上に乗ってきた。
「その槍が終わる時ですの。以前は星雫の剣を一本犠牲にしてしまいましたが、聖法器ならまた作ればいいのです」
「解った」
霞沙羅は聖法器から手を離し、アリシアはシスティーをバックさせた。すると聖法器の槍は輝きだして、まぶしい光で星堕の剣を小惑星ごと包んでいく。
そしてその光が無くなった時、旧新宿に鎮座した巨大な小惑星は跡形も無く消え去っていた。
「お前、すげえな」
これで聖法器は失われてしまったけれど、これもカナタによる、何も残さないというコンセプトあっての事。地球でこの槍が活躍することはもう無いから、無くなっても関係は無い。使い捨てだからこその終わらせ方だ。
精魂込めて作った聖法器をこの一撃のために使い捨てにするとは、同じ鍛冶として霞沙羅にはもったいなくて出来ない考え方だった。でも今後は考えてもいいかもしれない。
目の前には旧新宿の廃墟だけが広がり、余計なモノはもう何も残っていない。
システィーが3人を乗せたまま地面に降りて行く。役目を終えた空霜も人間体になって降りて行く。
「星堕の剣を相手に、私の準備があったとはいえ、ここまで短期間に、被害もここまで少ない状態で終わった事の方が奇跡ですよ」
管理人時代の純凪夫妻からも、多大な被害と犠牲が出たという事を聞いている。2人が経験した流星戦乱は解決までに長い期間を要して、霞沙羅の厄災戦と変わらないくらいの被害が出たものだ。
「一般に語られることは無いでしょうが、ヤマノワタイの歴史に残しておきますか。また何十年後か何百年後か、あのゴミ屑星はいずれ来るでしょうからね」
今日集まったメンバーと同等の状態になることは無いだろう。だからまた苦しい戦いになるだろうけれど、その為の準備はしておこう。
現場に出てきた女神は計算から外すとして。
「お前達はどうするんだ?」
「アオイとソウヤも下にいますからね。今日の所は実家に帰って、これを埋葬しますわ」
布に包まれているのは、母親の腕だ。もう既に生きながら20年も離別した存在に興味は無いけれど、祖父と祖母のため、出来の悪い娘の一部を早く渡した方がいい。
「ボクはここから逃げますからね」
「今日は逃げられても、明日は逃げられないぜ。とにかく、早く帰って飯でも作ってろ、管理人。酒も忘れずに冷やしておけよ。ここんとこ飲めてねえんだからな」
今日はこの場から逃げても、色々バレてしまっているので、関係各所からだけで無く、まあ世間的にも色々と問い合わせが来るだろう。
ここまで目立ってしまっては吉祥院家と空知家でもカバーは無理。多少は事実をねじ曲げてくれるだろうけれど、アリシアの強さとシスティーは隠せない。エリアスは多分、自力で誤魔化してしまうだろう。
ルビィ達は表に出せない分、自分が出るしかない、かもしれない。
嗚呼、さようなら、国立小樽魔術大学付属高校。
どうせもう学生としては学校には行けないし、そもそも行く必要も無いのだ。
でも心残りはあるなあ。
「じゃあ帰りましょうか、私の夫、英雄アリシア様」
エリアスはアリシア達6人とシスティーだけをやどりぎ館に連れて帰った。
読んで頂きありがとうございます。
評価とか感想とかブックマークとかいただけましたら、私はもっと頑張れますので
よろしくお願いします。