そして英雄は帰る -8-
地上ではヒルダの一振りで大量の黒い人間が吹き飛び、ルビィの稲妻をくらって巨人が苦痛に呻く。そこに騎士団の矢が飛び巨人の足に刺さり、槍を振り回してヒルダの援護に回っている。
レイナードは防御にまわり、周りの建物が破壊されないように愛用の楯で、戦いの余波が広がらないように踏ん張って耐えている。
ヒルダとルビィは、アリシアがシスティーに乗っているのを見つけると攻撃を変える。
「これで」
巨人の上半身に向かってロックバスターから衝撃波を放つが、剣によってなんとか受け止められ、そこにルビィの雷撃の網が被さる。巨人の全身を雷撃が襲うが、剣の一振りでちぎられる。だがここで大きな隙を見せた。
「では、マスター行きます」
システィーの言葉にアリシアは剣から高く跳ぶ。アリシアのいなくなったシスティーは上段から振りかぶるようにその身を打ち付けるが、巨人は剣で受け止めた。
「このまま押し込んでしまいます」
だが巨人はシスティーのパワーに負け、鍔迫り合いのまま、重圧に耐えるように片膝をついた。これで巨人は動きを封じられた。
そこにアリシアが巨人の額に着地する。
「一応逃げようとはしたみたいだけど」
劇団の女の子は完全には取り込まれてはおらず、逃げ出したポーズのまま黒いオブジェになった上半身が生えている。もうちょっと早ければこうはならなかっただろうけれど、剣に操られていた上に元が一般人では仕方が無いだろう。
「ではひさしぶりに入ろうねー」
アリシアは青の剣を牛頭に突きたてると、その体はどす黒い空間の中に入った。システィーの本体は外部からの攻撃に特化しているが、操縦用の青の剣は個人的な精神攻撃が出来るようになっている。
魔女時代のエリアスも、この能力を使われて驚かされたことがあった。欠点としては、この青い剣を使いこなせる人間がアリシアしかいないというところだ。
黒い空間は牛頭の巨人の精神の中だ。空間を作っている黒いモノは、召喚されたレラの眷属と取り込まれた人間の負の意志を象徴としている。その為、ねっとりとまとわりついてくるような感覚がアリシアを囲んでくる。
「さて、あの子を探さないとね」
アリシアはこの黒い空間に取り込まれた人間の反応を探知した。
あの場に残っていた20名程度の帝国残党達は、反応が薄いままそこかしこに漂っている。ユリアンとオーレインは明確に意志を保ったままヒルダ達に敵意をむき出しにして、この巨人の精神と共にいる。そしてアリシアからちょっと離れた所に、泣いている女の子がいる。
「あれみたいだね」
アリシアは空間の中を飛び、女の子のところに移動した。
「よし、泣いてないで劇団の皆の所に帰るよ」
女の子を抱き留める。
「わ、私はアリシア様にとんでもない事をしてしまいました」
「何もやってないってば。キミはあの魔剣に操られてただけでしょ?」
「で、でも…」
「あの程度のことでアリシアは怒らないよー。そんな事より、さっきのステージでの姿を見て、キミが舞台の上で演じるボクを見てみたくなったよ。まだモートレルでの公演は続くんでしょ?」
「ですが本物のアリシア様がいらっしゃる町で、私みたいなのが演じていいはずがないです」
「いいのいいの、ボクってばそんなに格好良くない人間だけどさ、行く先々の町の皆に楽しみにされてるアリシアっていうの、見てみたいなー」
「見てみたいのですか?」
「うん。キミのファンだっていう大人が、どの劇がいいかってことで喧嘩しちゃう場面も見てるしね。是非見たいよ」
話をしていく内に、少女の体が黒い空間から離れ始めているので、アリシアは青い剣を振るい、少女を切り離した。
「ルビィが嘘ついちゃってゴメンね。ボクは聖剣なんて持ってないんだ」
「あれは酷いです。でもあんなに大きな剣があるなら、話しに聞くアリシア様の活躍は納得です」
「よしよし、じゃあここから出ようか、って前に」
アリシアはもう一回剣を振るい、青い炎をある方向に向かって飛ばすと、その向こうから悲鳴が上がった。
「ごめんね、元冒険者として今回の件は頭にきちゃってるから」
黒い空間が揺れる。ユリアンとオーレインの取り込まれた精神を直接攻撃したので、同化している巨人にもダメージが入ったのだ。
「じゃあここから出るよ。ちゃんと捕まっててね」
アリシアの体は上昇し、黒い空間を突き抜けて、朝焼けの空に飛び上がる。
「悪いけどこのまま終わらせるね。システィー、行くよ」
アリシアは劇団の少女をお姫様抱っこにして、飛んできたシスティーの柄の先端に立つ。
眼下では内部から攻撃された巨人が頭を抱えて苦しんでいる。
そしてアリシアを乗せたまま上空に移動したシスティーを見たヒルダが、騎士達全員に下がれと命令している。
「随分と派手に帰ってきちゃったなー」
王都から誰かが転移してきているのを確認した。援軍といってももう事件は終わりだけれど、これで王様にもバレるのかー、っと苦笑い。
「じゃあ久しぶり、シューティングスターブレード」
「行きまーす」
アリシアからの魔力を受けてシスティーはまばゆく輝き、一気に加速して巨人の剣を粉々に粉砕しながらその巨体を貫くと、巨人は光りの粒子となって飛び散っていった。
* * *
「何か町も壊れちゃったねー」
広場を中心に建物の一部が損壊し、石畳の地面が剥がれて瓦礫が転がっている。ワイバーンの火球を受けた建物の火事は消し止められたが、色々と修繕が必要になってしまった。
「私とルビィとヒルダが暴れてこの程度で終わったのだから軽いですよ」
人間の姿に戻ったシスティーは笑った。
助け出した女の子は劇団員達が迎えに来て、劇場に帰っていった。
神降ろしに巻き込まれた人達はまだ完全に融合していなかった。巨人が消えた場所に全員転がっていたので、それは騎士団が拘束して連れていった。
「さて、全部じゃないけどオーレインが持ってたアイテムは回収出来たかな」
完全な形で回収出来たのは王者の錫杖だけで、神降ろしに使われた杖はシスティーの一撃のせいで破損した状態だったが、解析自体は出来そうだ。
残念ながら、巨人に取り込まれた偽の聖剣はシスティーが粉砕してしまったので、跡形も無かった。
「さすがに王者の錫杖は持って行けないね」
ラシーン大陸で危険視されている禁忌のアイテムの一つだ。これを一個人が持っていく事は許されない。アリシアは破損した杖だけを持ち帰ることにした。
「魔術基板のデータだけ貰っていくよ。今のボクと先生なら解析出来るからさ」
アリシアは中に刻まれている魔術基板を空中に浮かび上がらせた。
「私や賢者の先生達でも解らないのニ」
「ボクはこれが作られた世界の魔法を習得してるから解るんだよ」
こんな事もあろうかと持って来ていた、デジカメで浮かび上がった魔術基板を撮影した。
さっきのシューティングスターブレイドの余波を受けても破損しない本体の素材はさすがに持って行けないけれど、いつか解析してみたい。
「じゃあこれは学院に戻そう。賢者の人が何人か来てるみたいだし」
久しぶりに手にして解ったけれど、膨大な量の魔力チャージが必要で、ある程度以上貯めないとまともに使えない代物だ。なぜ王都では無くモートレルなのか、なぜ町に結界を張ったのか解った。現状ではモートレルの中の町を囲むだけで精一杯だったのだ。だから今ははただ硬い物体でしかない。
やがて王国の旗を持った騎馬隊が町に入ってきた。そして同じく馬に乗った魔術師達もやって来た。その姿を見て前領主のルハードが挨拶に行った。こういう場面はまだヒルダには早いのだろう。
「あーやだやだ、賢者の先生達来ちゃったよー。ルーちゃんかくまってよー」
「どうかくまえト?」
「ボクは下宿をやめる気は無いからねー」
王都の人間が来てしまっては、もうこの後すぐにアリシアが帰還したことが広まってしまう。そうなると王様から呼び出しがかかるのも時間の問題だ。
「アリシア様、もう少し堂々として下さい。あなたはこの国の英雄なのですから」
「アンナが変な言葉遣いになってるー」
「我は寝に帰るとする」
フィーネは満足した表情でそう告げる。
「ご協力ありがとうございました。落ち着きましたらお礼に窺います」
フィーネの力が無ければ市民の命が危険にさらされていた。手段はともかく、無事に戦場と切り離すことが出来たのはフィーネの手腕による。この町の領主としては何か礼をしなければならない。
「よいよい。ただの戯れよ」
頭を下げるヒルダに、手をひらひら振りながらフィーネはその場から姿を消した。
「私は先に帰りますね」
役目を終えたシスティーも消えた。
残ったのはエリアスだけだ。
「この、…は大きいナ」
ルビィは『この女神は大きい』と言いたかったのだが、『女神』の部分が消されてしまった。エリアスの正体は誰にも伝えることは出来ないのだ。
「エリアスはどうするの?」
「学校があるから帰るわ」
「えー、ボクも学校に行く」
「アーちゃんは今日は帰れないわよ。王都の人への対応もあるけど、ハルキス達への連絡もあるし、この現場も見て貰わないとね。よく解らない魔術が使われているんでしょ」
「あとヒルダと私のご飯も作って貰わないとナ」
「それなら今日は休みという事にしておくわ」
「えー、薄情者」
「久しぶりにアリシアとして、あなたの大切な冒険仲間との時間を楽しむのね」
エリアスも消えていなくなった。さすが女神様、と言いたいが誰も言えない。
「してアリシアよ、この3年間どこで何をしていた?」
ルハードと話が終わり、学院時代にお世話になった賢者様がやって来た。その後ろにはちょっと興奮気味な王国の騎士達が何か言いたげに待っている。
「神様のところでケガを直して、リハビリのついでに神様達が運営している異世界の下宿の管理人をしてます」
あまりにも突拍子もない返しをしてくるので、さすがの賢者も眉をひそめるが
「私もちょっとだけ滞在したのだが、それは本当でス、賢者様。それにそこにおりますアンナマリーお嬢様はもう1ヶ月以上も住んでおりますのデ」
「ええ、この町には存在しない館に私は住んでいます」
「こんな感じの建物なんですけどねー」
アリシアはデジカメに記録していた建物とその周辺を賢者に見せた。こんな事もあろうかとデータも持ってきていたのだ。
「色々な世界と繋がっていまして、神様に選ばれた人だけが住むことが出来るんです。具体的には夢があって頑張ってる人とか、ちょっと休みを取らせた方がいい人なんかです」
デジカメ自体もそうだが、表示された画像は明らかにこの世界には無い建物に家具に、謎のオブジェが多数あったり、町並みもこちらの世界のどこにもない。
「にわかには信じがたいが、異世界というモノについては少なからず文献は存在する。そこについてはまた後日聞かせて貰おう。それでお前はこれからどうするつもりだ?」
「下宿の管理人を続けますよ。神様との約束ですからねー」
「アーちゃんに管理人をやめられると困るわ。騎士団の食事も良くなりかけているのよ。ぜひあっちの世界の料理を持って来て欲しいわね」
「私も屋敷の方に教えて欲しい料理があります。アリシア様の料理はとても美味しい」
「いや、まあ、この前の料理は美味しかったゾ」
「その辺は王や天望の座でも議論する所ではあるが、お前の自由を奪うつもりはない」
「やったー。というわけで王者の錫杖は返します。どうやって盗まれたのかは解らないので、注意のしようが無いですが、仕様上10年程度はまともに使えないですし、解析して効果に対する対応策があればお伝えします」
「お前がか? 魔法の改良は上手かったが研究はあまり得意ではなかったではないか」
「大丈夫ですよ。この錫杖が作られた世界の魔術は習得済みですから。それに入居者の1人はボクよりも詳しいですから、協力して貰ってレポートに纏めます」
「3年で何か変化があったようだな。仕方ない、お前がそう言うのであればやってみるがいい。では一先ずワシはこの錫杖を宝物庫に戻す為に帰るとする」
賢者は王者の錫杖を受け取ると、一旦王都にある魔法学院に帰っていった。
「はー、追い返した。苦手なんだよね、あのおじさん達」
実際の所、アリシアはどこかの組織にいたわけではないので、王にだって国に帰ってこいとは言えない。学院には籍はあるけれど、それは魔導士としてであり、職員や研究者としての所属は冒険開始前に辞めている。
「家に帰っても霞沙羅先生はまだ帰ってこないし、レポートはそんなに急ぐ必要はないかな」
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