祈りの声を聞く者は無し -1-
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地球 :アリシア
アシルステラ :アリシア
第三波を無事に退けたアリシア達は、第四波の準備が始まる前にさっさと千歳の空軍基地の周辺で、軍の部隊が展開している場所に移動した。
「なんで一気に行かないんだ?」
アリシアは軍に顔が利くワケなんだからと、ハルキスは考えるが、そういうわけにはいかない。
「一応軍の敷地だし、許可は取らないと」
「それにしてもあれは山みたいね」
最上級の幻想獣はまだ肉の山みたいな状態だけれど、それでも高さは百メートル以上ある。恐らくあれが戦闘体勢をとって何かしらの形に変化するのだろう。そうなるとどのくらいの大きさになるのだろうか。
上空に突如として現れた巨大な剣に軍人達は戸惑うも、映像から情報は得ている。だから攻撃をされることはない。
広い滑走路にシスティーは着陸する。刀身の厚さはそこまで無いけれど、そのシルエットはまるで大型旅客機のようだ。
「すみませーん。あれを倒しに来たんですけど、攻撃してもいいですか?」
「来たか、伽里奈=アーシア君だね」
タブレットPCを持った軍人が近づいてきた。画面に映って喋っているのは駐屯地の方にいる、以前に札幌で出会った山縣(山縣)中佐だ。
「新城大佐からの指示は聞いている。あの大佐からの推薦だ、我々としては通さなければならない。ただ訊きたい、君たちはあれを倒すことが出来るのか?」
「大丈夫ですよー。ボクらはあれよりも大きい要塞みたいなのと戦ったことがありますからねー。ね?」
「そうね」
その要塞を幾つか作っても全部攻略された女神エリアスは苦笑い。
「あそこにあるのは先日まで私の部下だった男が含まれている存在だ」
「そのようですね」
あの時はその裏の顔には気がつかなかった。失敗した時に一瞬で被害者側に回ったのだから、演技力もあって頭の回転の速い男だったのだろう。
山縣中佐が知る中でも、自分の部下として函館に配属されてからの仕事ぶりは、魔術師団の人員としては全く問題はなかった。個人の戦力としてもなかなかのモノで、前線に立っていくつもの幻想獣を仕留めてきたくらいだ。
自分の次を任せようかという候補の一人だったのに、とうとうその幻想獣になってしまった。
「これ以上迷惑をかける前に、くだらない野望とともに眠らせてやってくれ」
軍の中の誰が悪いわけではない。こうなったのは部下を見抜けなかった自分と、大人になってもこんな子供みたいなバカな考えを持ち続けた三本木だ。
これまで函館の人々を救ってきても何ら考えは変わらず、それよりもマリネイラの力に魅了され続けたのだろうか。
「まあよくある話ですよ。ボクらの国でも同じようなことがありましたからねえ。じゃあ行ってきまーす」
「マスター、やっちゃっていいですか?」
「アーちゃん的にはもういいんだろうナ」
「システィーはこういうの好きねえ」
「ここならオレらも思う存分やれるしな。頼むぜ」
北海道の空の玄関なだけに発着数の多い広い空港と繋がっている空軍の滑走路だ。札幌市街地のような邪魔な建物はない。今は旅客機もできるだけ遠くに移動している。
大型幻想獣の範囲から外れている空軍の建物や車両や航空機はあるけれど、そのどれもが大きく破損して修理しても使えない状態になっている。
もうこうなれば壊してしまっても問題ない。
幻想獣側もアリシア達が攻撃の姿勢を見せたことに対して、膠着状態のにらみ合いから攻撃に転じてきた。周囲に配置していた多数の幻想獣達が動き始めた。
「一気にいきますけど、避けられたらそっちをお願いします」
システィーも動き出した。
「はいはい、いつもの通りね」
「空中なら任せなさい」
「私がこちら側にいるのが面白いわね。思えば貴方達の旅を向こう側から見ていたのに、今はその中にいるのね」
エリアス本人が直接立ちはだかったわけではないけれど、立ち位置としてあの時はアリシア達を正面から見ていたわけだ。
「向こう側には戻らないでねー」
この英雄様はホントに軽く言うなー、と思う。でもそういう口ぶりで言われると、気軽に考えてしまえる。
「戻らないわよ」
「醤油の件が落ち着いたら、鰹節と煮干しを買いに行かないとダメだから。ボクだとちょっと遠いんだよねー」
「小さい話ね」
小さい話だけど、女神にその程度の能力しか求めていないのが愛おしい。この人間は優秀だから欲深い願望は求めてこない。それはそれで女神としての尊厳に関わるけれど、ただ側にいて欲しいだけだし、好きなことをして嫌なことを忘れて欲しいという気遣いでもあるから悪くは無い。それに今日はちゃんと頼ってくれる。
「じゃあシスティー、やっちゃって」
「いきまーす」
刀身を伸ばして100メートルほどの全長になったシスティーは、その巨体を1メートル程度だけ浮かび上がらせた。
軍人達も何をやる気だ、というわけでもなく、まさかなと冗談のように思う。
幻想獣達がアリシア達の方に移動を開始した所に、システィーがまるで地面を滑るように移動し、それを追うようにアリシア達も前進する。
「みんな、『気』で強化を使ってるし」
一応教えはしたけれど、脚力の増強を行っている。ここはさっきまでの札幌と違って、障害物もないから走りやすい。
一気に接近したシスティーが左から右に180度高速回転すると、その刀身の範囲に巻き込まれた数十体の幻想獣が真っ二つにされた。
運良くその範囲外にいた幻想獣達は思わず飛び上がったけれど、そこになだれ込んできたヒルダの横一閃の衝撃波に巻き込まれて、十体ほどが粉々に砕けた。
続いてハルキスのハルバードの一閃で熱線が飛び、同じ数だけが炭になった。
「むんっ!」
イリーナが地面にハンマーを打ち付けると、数十メートル先の地面が大きく爆発し、巻き込まれた幻想獣がバラバラに砕けた。
「私の出る幕がないわねえ」
これだけでもう、基地に陣取っていた幻想獣の半数が消滅した。
あの時もこうだったと、エリアスは笑ってしまう。
「相変わらずウチの神官ハ」
移動のためにまたもやエリアスに抱かれているルビィも魔術の準備中。
「前に出てはダメな職業よねえ」
「あのおかげでボクが神聖魔法を使わされてたんだよねー」
ライアは横方向に展開した重力の道を、地面に平行になって走って、長く伸ばしたサーベルで幻想獣を切っていく。
「のんびりしてるとボクの出番がなくなっちゃうなー。【氷刃・嵐舞】」
高速で走っているアリシアが魔法を使用する。
氷の刃が大量に混ざった風が竜巻のようにのように変化して通り抜けていき、まだ前進しようという幻想獣を巻き込んで、細切れにしていく。
そして前に出ていた4人が下がってくる。ルビィが広範囲魔術を使用するからだ。
「【雷陣散華・縦裂】」
上空に出現した巨大な雷の塊がいくつもの破片に砕け散ったと思ったら、更に破片が縦に裂けて広範囲に落ちてきた。
「後退しまーす」
全員が、足下に滑り込んできたシスティーの刀身に乗って、後方に下がっていくと、前方で広範囲にわたって、視界が真っ白になるくらいの雷撃の嵐が発生した。
「前進しまーす」
それが終われば、何事もなかったようにシスティーが巨大幻想獣に向かっていく。まだちょっと残っているからだ。
アリシア達が動き出してからわずか1分も経たずに、空軍基地に陣取っていた幻想獣の姿が殆ど消えてしまった。
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