忘れていたあの事 -5-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
「先生、喧嘩を売られたからにはやっていいのか?」
ハルキスはやる気満々だ。ヒルダ達も武器を手にしてゆらりと立ち上がった
「あのバケモンは自由に狩っていいが、人間は生かしてくれよ。四肢はちぎっていいぜ」
「これで出来るかしら」
イリーナはハンマーを振り回し始めた。
「失敗しても、ワタシらが仕留めた事にするから、そこまで気にする事はないでござる」
「まあ軍で起きた事件であれば俺達にはその程度の権限はある。ヒルダも適当にやっていいぞ」
一応は遠慮をしているようだけれど、人を何人か切り刻んだところで心を病むような、ちゃんとした人権のある世界から来た人間じゃない。
「それは助かるわね」
練習用とはいえ、ヒルダが大きなバスタードソードをブンブン振り回すと、金星の虜達はどこか不安そうな顔をした。とにかく目つきが違う。霞沙羅達を殺しに来たハズの自分たちよりも、殺しに慣れているような感じがする。
ここにいるのは霞沙羅達3人だけではないという情報は得ているけれど、ハルバードやバスタードソードなど、実際に見ると圧がすごい。
伽里奈は何となくだけれど、これはいい機会になるのではと、ハルキス達を止めなかった。
彼らが霞沙羅達3人の為に、頼んだら来てくれるようになっているので、この先何があるか解らない。それならある程度、こちらの世界を体験した方がいい。
「私はどうするの?」
「エリアスは防御でもしてあげて」
エリアスはもうよっぽどのことでも起きない限り人間に攻撃しなくていい。
「もう一度聞くが、本気でここにいる全員とやるんだな? 投降するなら法律の範囲内で丁重に扱うぜ」
「あ、当たり前だ。我々はこの時を狙っていたのだ。投降など…、何を言う」
「あんな古くさい武器に騙されるな! あいつらは拳銃一つ持っていないではないか!」
「お、おーっ!」
襲撃者の間でもくじけそうになる心を鼓舞しようと必死になっている。
何と言ってもこっちには拳銃だけでなく、アサルトライフルもマシンガンもライフルもある。魔術もあるし、幻想獣には飛び道具があるのもいる。
霞沙羅達は、魔術師も混ざっているけれど手持ちの武器しか持っていないので、距離さえ保てば手も足も出ない。と、若干気圧されてしまった己達を奮い立たせる。
現代日本だというのに、やけに古い服装の人間がいるのが若干気になるけれど、あんなのに舐められるモノか。
「お前らは運がいいぞ。誰とやってももれなくあの世に行けるからな」
どう頑張っても誰にも勝つことは出来ない。少なくとも軍人なら、なぜこの状態で戦いを挑んでくるのか不明だ。
それだけ金星の虜は追い詰められているのか、それともなんとかなると思ったのか。普通ならこの状況からの逆転は無いだろうが、それは彼らの基準の話。
「じゃあやるか」
地球人が3人、ヤマノワタイ人が3人、アシルステラ人が6人、それぞれの武器を持って動き出した。
「やれ、全員だ!」
リーダーの男がランタンを地面に投げつけて割ると、それが合図のように幻想獣は勝手に動き出した。
「撃て撃て」
何かをされる前にやってしまえとばかりに、全員が銃器を一斉に撃ってきた。
「すげえ音がするな」
「音の割には飛んでくるのは小さいモノばかりね」
音には驚いたけれど、ハルキス達は飛んでくる弾丸を初見にもかかわらず見切って、イリーナはエリアスがやるまでも無く、防御用の障壁を張った。
吉祥院はいつもの杖の防御壁でガードする。
カナタは体の表面に『気』の膜を張って、豆鉄砲のような弾丸が当たるのも気にせずに歩いて行く。
「前時代的な武器ですわねえ」
カナタが指を鳴らすと、全ての銃器が爆発した。
「な、何が」
「火薬を爆破しただけですわ」
カナタにとっては魔術と言うほどでもない、微弱な発火現象を銃器の位置で起こしただけ。
「さあ軍人なら子供の玩具に頼らず、鍛えた肉体で事を成してご覧なさいな」
「後で教えて貰いたいでござる」
「なんとなくだが、応用すれば弓の弦を燃やせそうじゃないカ」
魔術師の2人は今の魔術が気になった。
「じゃあ行くか」
目障りな銃弾が飛んでくることも無くなったので、障壁をやめて、ハルキス達が一気に動き出した。
今日は魔剣ではないけれど、『気』を纏わせた練習用の武器であれば…、いや、そんなモノが無くても当たればそれで終わる。
とりあえず突っ込んできた幻想獣に手当たり次第に襲いかかっていく。
「おおりゃーっ!」
ハルバードの一閃でまずはワニのような一体がバラバラに砕け散る。
「見た目が仰々しいだけね」
バスタードソードの横薙ぎで、大きな蟹が数体粉々になった。
「手応えが無いわね」
ハンマーの一振りでクマの胴体が破裂して灰となって消えていった。
「な、なんだあいつらはっ!」
ハルキス達の余りにも何も考えていない容赦の無い攻撃に、戦闘服姿の襲撃者だけでなく、心なしか知能の無いハズの幻想獣もひるんだような気がする。
その間にライアが空中から舞い降りてきて、剣や刀に武器を切り替えていた数人の腕を次々と掴んでへし折った。
「アリシア、こんなものでいい?」
「うん、ライアはそういうの得意だからねー」
やり過ぎな気がするけれど、まあしょうがない。伽里奈は、痛そうにしているので雷の魔法を飛ばして気絶させてあげた。
「ああいう世界なんだなあ」
伽里奈は地球の常識を解っているから、なるべく破損無しで制圧しようとするけれど、ファンタジー世界の住民達はさすが容赦が無い。
苦笑いしながら、霞沙羅と榊も動き出した。
「ひ、ひいっ!」
「ど、どうします?」
見たことも無いくらいのヤバい連中だけでなく、霞沙羅達まで動き出したのを見て、金星の虜達は急に浮き足立ち始めた。
「どうするったって、ここまで来たらやるしかないでしょ」
いつの間にか背後に移動していたアオイが、数名を蹴り飛ばして無理矢理戦闘エリアに押し込んできた。
同じように、もう片方のグループに行ったソウヤも押してきた。
「ま、待てっ。我らを殺すと情報がっ! 話をしようじゃ! ないかっ! 話せば解るっ!」
圧倒的な力で蹂躙されていく仲間達を目の当たりにして、早くもリーダーである曹長は怖じ気づき命乞いへと移行した。
「大丈夫ですわ。頭の中を覗くのは私の得意分野ですので。レアな死体でも可」
カナタが一人の女性の頭を掴んで、投げ込んできた。
「安立桃姫、三十二才、独身。親に変な名前をつけられてそろそろ年齢的に憂鬱気味。投資信託でホスト代を稼ぐも、結局溶かして入信に至る。北の大地に思い人が…」
「わああ、やめてえっ!」
カナタに頭の中を覗かれて、桃姫さんは頭を抱えて悶えた。
「いい加減お前らには飽き飽きしてんだよ。さあ喧嘩を売ったからには崇拝するマリネイラ様のために倒れるまでやれよ」
「とはいえゴミは全て灰になったでござるよ」
連れてきた幻想獣達の姿はもう無い。半分くらいの人間ももう地面に倒れ伏している。
もういいやと、ひと仕事を終えた伽里奈達は、ピザを食べ始めている。
「お、お前らは何者なんだっ!」
「今更どうでもいいだろ」
「く、くそっ。たとえ我らがやられても、まだどこかで同志達がっ!」
「後でこいつに頭の中を覗かせるから、黙ってろ」
霞沙羅はリーダーの男を蹴り飛ばして黙らせた。
* * *
軍関係者に端を発する事件発生という事もあって、誰なのかという説明が面倒な事になるハルキス達はアシルステラに帰り、襲撃をして来た人間達の多くは連絡を受けてやって来た横須賀基地の人間達に連れて行かれようとしている。
さっき今回のリーダーが言った言葉で、伽里奈はようやく先日からモヤモヤしていた事の答えを見つけた。
「思い出した。函館から来た、札幌駐屯地で暴れちゃった少尉さんてどうなったんです?」
「3人で殴り倒したヤツか。結局あの時のサーベルはどこかであの女が細工したって結論だったんだが」
結局、サーベルは調査のために取り上げられてしまい、危険物とされて溶かされたと聞いている。
しばらくは軍の観察があったし、本人もそれをおとなしく受け入れていた、と霞沙羅は聞いている。
結果はおとがめ無し。
カナタが関わって、その後許されることになった数少ない人物の一人。
今林三兄弟は伽里奈が上手く制圧して、その後に人生の目標を見つけて、今は真面目に学生をやっているけれど、少尉はその後どうなのだろうか。
これまでの話しを聞くと、カナタは悪意を持って望んだ人だけに声をかけて、魔工具類を勝手に作ったような事はしていない。
だとしたら少尉はサーベルを細工された被害者ではないという事になる?
「今どうしてるんでしょうね?」
「そりゃあ…、今も函館にいるんだろ? …聞いてみるか」
伽里奈が妙なことを言い出したので、霞沙羅は函館に連絡を取ることにした。
上官から信頼もされていたので、何も無ければ良いのだけれど。
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