迎え撃つ準備を始めよう -2-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
とにかく余裕がありそうで、あまり時間は無い。
純凪さんから提供された戦闘データをどう参考にしてこの危機に臨むのか、早急に検討しないといけない。
「それでなのですが。数は限られていますが、私の方で兵隊用の武器を用意しました。今日はその一部をお持ちしましたが、こちらがリストになります」
「カナタ君、ここまでやっていたのか」
純凪夫婦も驚くやら呆れるやら。
出来る事なら将来にあるであろう、ヤマノワタイ側での事件に備える意味で、この技術を提供して欲しいところだ。
「私にはもういらないお金をつぎ込みましたわ」
「こいつ、本気だったんだな」
これまで色々な組織の仕事を受けることで貰った報酬でもつぎ込んだのだろう。
依頼のあった魔工具などを作る際に紹介して貰った業者から、別の素材を購入することが出来たので、完全に地球用に出来でいる。
カナタ達3人が正義の使者だと思う気持ちは無いけれど、霞沙羅も吉祥院もこれには驚いた。
自分の実験を優先して、勝たせる気も無いカナタ達に引っかかった連中から巻き上げた金を使ったのだ。
そこまで言うのならと、机の上に並べられた魔工具や魔装具を霞沙羅と吉祥院も確認させて貰った。
「あいつを連れてくれば良かったな」
伽里奈の事だ。
実際のところは、こういった戦闘向けの魔工具や魔装具を見る目は霞沙羅達の方が上だけれど、まだ信じ切っていない人間からの提供物だ。危険かどうかを見極めるには、元冒険者の警戒心からくる見解も求めてみたいモノだ。
高位の魔術師として。冒険の中で誰が作ったか解らないダンジョンにも潜って、そこにあるお宝にも触れてきたワケだから、道具類に含まれた魔術の中にその辺りの危険があるかを嗅ぎ分ける感覚は高いのではないだろうか。
何も無ければそれでいい。ただそう信じるに足る、別の視点を持った鑑定の熟練者による意見も欲しい。
ヤマノワタイと地球の魔術を知っているアリサも霞沙羅達と内容に確認を始めたけれど、鍛冶の立場から安心して兵隊達に使わせたい。
ここにいる一部の人間であれば伽里奈が「安らぎの園」に関する多くの事と、先日の二子玉川の件に対処した人間だと解っているし、ここ最近で急に昇級までしたB級魔術師の資格がある。
「後で呼ぶか」
なんというか、カナタ達がいる目の前で伽里奈に見せるのは良くないような気がする。
まだ信用していないけれど、霞沙羅と吉祥院が軽く見ただけでもちゃんとやってくれているのは解ったから、気を悪くされても困る。
だから伽里奈に頼むのであれば、別の相談があるので呼んで、そのついでにちょっと見て貰うようなスタンスが良いだろう。
* * *
結局のところ、また最前線に出て行かざるを得ない霞沙羅と吉祥院には、星堕の剣の中にいる事を内緒にされている両親に対抗するため、カナタが共通魔法を明日から教えてくれるというし、同じように攻撃の要として前線に出でていく榊には、水瀬家が持っている剣術を見せてくれるという。
今は小さな小惑星状態の星堕の剣ではあるけれど、その能力を生かして両親が姿を現すかもしれない。
それだけでなく、生命体も生み出すようだから、水瀬流の戦闘術を反映させている可能性に向けての対策だ。
あの会議の後、純凪夫妻と水瀬カナタ達は別の会議に行ってしまった。
今はもう終わってしまい、今日は解散したけれど、霞沙羅は吉祥院の研究室に留まって、カナタから提供された魔工具と魔装具の確認を命じられていた。
この全てに関しては、星堕の剣に対抗することに特化していると説明を受けている。
どこかで聞いたようなコンセプトではあるけれど、太陽系には存在しない星堕の剣との戦いが終わったらゴミになる仕様でもあるので、技術を残す気は無い事が見えて、なかなかやるなと思う。
地球とヤマノワタイは同じ世界にあるとはいえ、300万光年も離れた、もはや異世界と言ってもいい距離を超えてやってくることは通常では不可能な存在だそうなので、今回限りだろう。
結局、星堕の剣がここまで来れたのは館の廃墟による位置指定と、カナタの両親の魔術によるモノだから、世界は一つという考えに至らない限り再現が出来ない。
「はーい、来ましたよ」
やどりぎ館での今日の仕事を終えて、伽里奈がやってきた。
「純凪さんは自宅に帰っていきました」
今日はエナホが来ていたから、フィーネとシャーロットに遊んで貰って、ご機嫌で帰って行った。
また明日も純凪夫妻は来るのだろう。大変な事になったけれど、地球でのこの戦いが、多分あの2人が生きている間にはもう出会うことは無いだろう、星堕の剣との戦闘経験として、いつかの
時代にヤマノワタイの未来を救うことになれば、今回のことは無駄では無いといったところだ。
「あの3人はどうしたんです?」
「横浜の根城に帰っていったよ。それでだな、お前にはこれを見て貰って、魔術的な危険が無いかどうか判断して欲しい」
「星堕の剣との戦いに向けて、水瀬カナタが作った武器達でありんす」
「そういや榊のヤツはどうしたんだ?」
「夕飯の後に、ヒーちゃんのところで一汗流してましたよ」
魔術関係では何も出来ないから、榊にはいつでも本気で戦えるように、体を温めて貰うのがいい。明日からは、全員が剣術を極めているというカナタ達三人が相手をしてくれるそうだけれど、ウマが合うのかどうかが心配だ。
「ボクってこういう案件で力になれますかねー」
「お前、この前の事件で散々力を発揮したじゃねえか。モートレル事件からずっとカナタの魔工具類に何度も触れてんだから、適任だろ」
「そうですかー」
「アリシア君は霞沙羅がいないモートレル事件で、自分だけで道具の解析をしたんじゃなかったかい?」
魔工具とか魔装具とか、この分野では霞沙羅を尊敬するくらいだから控え目な技術しか持っていないけれど、実際にモートレル占領事件では、カナタが用意した道具を完全では無いなりに見ただけでその性質と機能を分析している。
3年以上も霞沙羅の近くにいるだけに、その程度の能力は持っているのだ。
「じゃあ見てみます」
共通魔法は使用されていない、地球の魔術のみが込められた魔工具と魔装具だ。カナタ製でここまで純粋な魔術基板は初めて見る。
「杖を使い捨てとかよく考えましたね。そういえばラスタルでも使ってましたね」
ある一つだけの魔術に絞って強力に放つこの杖は、この前の鈴、というよりも王者の錫杖のように魔力をため込んでいるけれど、恐らくこの杖もその魔力を使い果たすと、形状が維持できなくなるような仕様だ。
ただ特化型魔法なので、事件が終われば使用することは無い。
「悪用されない作りになっているんですねー」
「地球に残す気は無いんだろうよ。この作りはもったいない気もするが、コンセプトは何かの参考にしたいところだな」
今回用として持ってきたシールもやはり使い捨てだし、痕跡を残す気が無い。今回の事件を乗り越える為だけに製作されている。
まるで幻想獣を参考にしたかのようだ。
「学院にも報告したい技術ですね」
じゃあこれを何に使うのかは今は思い浮かばないけれど、面白いコンセプトだ。
「危険な術式も仕掛けも無いと思いますよ」
例えばこれを一ヶ所に集めて使用して、別の術式が出来上がるような事も無い。
ここしばらく何度も見てきたけれど、人間の精神を支配するような機能も無い。
そもそも術式がそれぞれで完結されているので、何とも繋がることが無い。まあ当たり前で普通ではあるのだけれど、これまでのカナタ製と違って怪しくないことは一目瞭然。
「シールの、またこの部分はもうちょっと見たいですけど、思想とか人格とかいったものは無さそうですね」
以前に霞沙羅では解らなかった、状況の判断材料としての人格データ部分は今回もあるので、余計な部分がないかを確認したいところだ。とりあえず前回とは違っている。どう動くのだろうか。
「概ね、危険は無いと思って良さそうだな」
カナタが言っていたように、今回のシールは人体へのアシストはかなりマイルドに抑えられていて、効果時間が長い。それもあって普通に毎日鍛錬をしているような一般的な兵隊でも、機能が切れた後に倒れるような代物ではなくなっている。
「こいつを褒めたくはないが、本気だったのは解る」
何とも扱いに困る人間だ。当の本人も自分がダメなことは理解している、典型的なマッドサイエンティストと言ってもいい。
目的のために手段を選ばず、その行程では多大な迷惑をかける。悪に与してまで技術と知識を培っていく。そのくせ関わった悪は使い捨てで、何食わぬ顔で敗北をプレゼントしてくる。
そこまでやってきただけあって、出来上がるものの質は素晴らしい。負の面を全て取り払って、使いやすくされている。
しかもいまだに本人達がどういう武装を持っているのかは解らないけれど、相当の魔装具を自作して所持しているのは予想できる。
口は悪いけれど中身はまっとうな霞沙羅には真似できない。
人間性を理解したくはないが、技術だけは純凪さんでさえ信用している。水瀬の家が持つ技術力については、霞沙羅も今から弟子入りしても良いんじゃないかとすら思える。
「あの館に関わってまともなのはシャーロットとアンナマリーくらいだな」
「あれ、ボクは?」
「アリシア君は間違いなくワタシらと同じく、変人側だよ」
「まともな感性したヤツが、あの館を管理できるわけがないだろ」
「えー、ひどいなー」
そもそも4年近く前の魔女戦争の終わりの時に、神に「異世界に行ってください」と言われて「そこなら知り合いがいないからいいですねー」とあんまり考える事も無く即決とか、さすがに考えろよとツっこんだ事がある。
折角アシルステラを救うような活躍をしたのに貴族に出世することを捨てようとしているし、人間の立場でありながら、理由はあるとはいえ人間に危害を加えた女神が泣いているというだけで地球に連れて行こうとするし、このくらいの事を天然でやれないと神が仕掛けた意地悪な罠を破ることは出来なかっただろう。
神ですらも想定外と思う行動をするから、フィーネから気に入られているのも解る。
「今回もボクの出番は無いですよねー」
「ここはお前の故郷でもないし、小樽周辺でも無いから無理に出てこなくていいぞ」
今回は協力者もいるし、時間もそれほど無いから、これ以上イレギュラーな人間を軍事作戦に組み込むのは難しい。
伽里奈には本来の仕事もあるし、カナタのせいで臨時で住民が一人増えているから、短時間でも良いので、作戦前に前線に立つ兵隊達の訓練に付き合って貰うくらいでいい。
やはりここは、伽里奈の自由にゴーレムでもつくって、予行演習を行って貰うとしようか。
今日のところはもう、伽里奈はシールの人格部分を記録にとったので、やどりぎ館に帰って貰うことにした。
「ところで何か忘れてるような気がするんですよねー」
「何の話だ?」
「あのカナタさんに関わった人達の件で。大体の人は処刑されたり逮捕されたりしてますし、学校の今林三兄弟はイレギュラーですけど、良い方向に解決したたんですけどねー」
「あいつに関わった二つの組織は完全に潰れたぜ」
アシルステラの方は、先日のラスタルであった騒動でもって解決したと思っていい。
「窃盗物は引き続き捜査中だし、しょぼい人形遣いもセコい窃盗団も担当の国に引き渡しが決まったでござるよ」
「そうですか。まあそんなモノですかねえ」
伽里奈が気にするという事は何かあるかもしれない。今のところ霞沙羅も吉祥院も思い当たらないけれど、同じ事件に関わっているだけに、一応頭の片隅に置いておこうかと思った。
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