トラブルの後始末 -1-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
「ところで一つ解決しておきたいことがあるのですが」
霞沙羅達が軍本部に戻ると、カナタがこんな事を言いだしたので、アリシア達は慌ててアシルステラに向かう事になった。
「何でそんなことをしたんだ!」
さすがに純凪夫妻も怒った。
栗栖ユズリハの件だ。
クリスなんて、よくある名前が名字だったものだから、アリシアも記憶喪失だからと必要以上にツッコミを入れようとは思わなかったけれど、ようやく彼女がアシルステラとはズレのある妙な言動をすることに納得がいった。
時々食事に行く料理屋さんの娘さんだというので、純凪夫妻はこんなことをしてくれたカナタに怒りながら王都ラスタルにやってきた。
「そう言われましても、我が家の敷地で無断で風邪薬の大量服用で自殺をしようとしていたところを解毒して、遺書的に彼女の希望だという異世界とやらに送り込んであげたんですのよ。命があるだけでも感謝しかないでしょうに」
当然のようにカナタは全く動じることは無い。
「警察に引き渡すとかあっただろう?」
「家に帰したところでどうせまたやりますわ。調べたら魔術師養成学校に入りながら夢ばかり見て、マンガまで描いて、ろくに勉強もしていなかったとか。それで成績が伸びないで悩むとかあり得ないでしょう。だったらきちんと魔術師をしている人を見て、己の甘さを心に刻ませてやろうという、この努力を惜しまない天才魔術師からのサービスですわ」
そう言われてしまうと部外者のアリシアもクリスならぬ栗栖の擁護をしたくなくなってくる。
特に今がそうだけれど、小樽で生活をする中で、周りにいる魔術師の卵達はそれぞれの才能はともかく、みんな真面目に勉強をしている。それを目にしているから、少しでも手助けになるかもと学校を良くしようとしている途中だ。
それを真面目にやってないのに、当然結果も出るはずもない成績を苦に自殺をしようとしていたと聞いたら、あんまりかわいそうだとは思えなくなってきた。
ただまあアシルステラに放置という処置はやり過ぎではある。
「変なことばっかり言うと思ったら、ヤマノワタイの子だったんですねー。本棚にあったあの本は魔術の教科書だったのかなー」
それは高位の魔術師であるクラウディアにも中身が解らないはずだ。
クラウディアだって魔術師としての研究心があるわけだから、彼女が解読すると決めた魔導書っぽいものを、無理に見せて貰おうとするのは悪いなと思ったので触らなかったけれど、表紙くらい見れば解っただろう。
「アリシア君も会っていたとは思わなかった。しかし無事で良かった」
「なんか、アシルステラでの生活を楽しんでるみたいですけどね」
ヤマノワタイからアシルステラでの生活となるとかなり不便だと思うのだけれど、それでも使いにくい台所に適応するような努力はしていたから、楽しかったんだろう。
魔法が使えないことをあれこれ言うような人もいないし。
魔法学院の前までいくと、ちょうどルビィが中に入っていくところだった。
「む、異世界の英雄と、なんかこの前いた傭兵じゃないカ」
「ルーちゃん、クラウディアいる?」
「今日は講義があるから、今は研究室にいると思うゾ。しかしこれはどういうメンツなんダ?」
「栗栖を元のほ…、世界に戻す為に来たんだよ」
「妙なことばかり言うと思ったら、異世界人だったのカ」
もはやルビィに異世界人と言っても驚かなくなっている。けれど多分ずっと、異星人ですというのは内緒だし、この文明では想像も出来ないだろう。
「こっちの、いやー、全員がヤマノワタイの人だから」
「な、なんだっテ?」
全員でクラウディアの部屋に行くと、ちょうど栗栖も講義の手伝いでやって来ていた。
魔術は出来ないけれど、講義ではサポート役として教材を手にして解説の手伝いをしたり、生徒に資料を配ったりをしていたりする。
「あ、あれ、純凪さん。あとその後ろの人って水瀬カナタさん? え、あれ、なんでこんな有名人が?」
そこまで聞けば、ヤマノワタイの人間だというのが解った。
「クリス、知り合いなの?」
「まあこの子を拾ってくれたエルフもいる事ですし、事情を話しましょう」
カナタはどうして栗栖がこんなところにいるのかを手早く説明した。
「というわけでいったん帰るぞ」
「ユズちゃんの捜索願も出てるし、家の人も心配してるのよ」
本人的には生まれ変わった、というようには感じていなかったけれど、なんとなく希望していた異世界に放り込まれていたことと、まさか故郷から迎えが来るとは思わなかった。
確かにここにいるアリシアは魔物の襲撃時にヤマノワタイの名前を出したけれど、他にもこんな簡単に出入りができる人達がいたことには驚きだ。
「クリスって名字だったのね」
「ユズリハの方が名前です」
「それでどうするの? 家族がいるのならきちんと話しをするべきだと思うわよ。どういう世界かはわからないけれど、ここみたいにある程度育った人間が急にいなくなっても、なんとなくどこかに移り住んだか死んだのかと軽く考えるような社会ではないのでしょう?」
「ク、クラウディアさんは、私のこと、どうでした?」
「あなたがいて助かってはいるけれど、少なくとも放っておいていい状況ではないでしょう? 家族と話をして解決してからどうするのか決めてきてね」
一ヶ月以上も姿を消して、家庭の方はともかく、学校の方はどうなっているのかとか、そういうのは確認してきた方がいい。
「あなたの人生が優先よ」
「…」
「あなた、私が言ったことをどう思っているんですの?」
あの時は変装していたけれど、周りにいる魔術師を見なさい、と前回の別れ際に言われた。
ヤマノワタイ最高の魔術師と言われる水瀬カナタは自分がなぜ自殺をしようとしたかを知っているから、考えろと言ったわけだ。
本当は6年も親の野望をくじくために各地の魔法を研究し続けた身から見て、彼女のいい加減な考え方がただムカついただけだけれど。
「向いてなければ進路を変えればいいですし、やる気が出たというのなら、まあ何かしら誤魔化して差し上げますわよ。私とアリサさんが口添えをすれば、不在だった期間も教育者達は誰も文句も言えないでしょう」
「…はい」
例えば、成績で悩んでいたのでカナタが魔術的な仕事を手伝わせていた、とでも言えば行方不明期間は不問になるだろう。
水瀬家の世間での評判はともかく、魔術師としてはそのくらいの影響力はあるのだ。
「そうカ。しかしクラウディアはどうするのダ? 私と違ってちょっとは生活能力はあるのだが、カーレーンでも使用人がいたのだろウ?」
「それについては、ウチの宿泊部屋をしばらく使えばいいと思うけど。家事も掃除もボクがやるから心配はいらないよ」
「う、羨ましイ」
強引ではあるけれど、運営側であるフィーネが扉をこのラスタルに接続することも出来てしまう。
あくまで臨時措置なので、長期滞在は出来ないけれど、クリスがいない間は、アリシアの客人として、とりあえずやどりぎ館を寮代わりに使って貰えばいい。
「向こうの世界はさ、ちょっとまた厄介事が出来ちゃったから、それが解決したら霞沙羅さん達も暇になるだろうから、一週間とか泊まりに来たら?」
「また事件が起きているのカ。今度は何ダ?」
「この人達のほ…、世界から侵略者が来ちゃってねー」
「ヤマノワタイから何が来たんです?」
自分の故郷の何者かが事件の発端となっているのなら、住民の栗栖としても気になる。
「星堕の剣ですわ。地球という場所ですが、それで純凪さんと私が手助けをしようとしているといった具合ですか」
「ひえー」
ヤマノワタイでは栗栖が生まれる少し前に解決した事件だけれど、その痕跡もまだ残っているし、学校の歴史の授業では必修の重大事件を引き起こす侵略者だ。
戦災資料館もあって、未経験者であってもこれまでの戦いを振り返ることも出来る。
有名な英雄夫婦と、陰の功労者が揃っているのはそういう事なのかと、なんとなく理解した。
「言っておくけど、ヤマノワタイは平和よ」
「そうですか」
ついにお迎えが来たかという思いと、家に帰れるというなんとなくの安心感から、栗栖は大きなため息を一つすると、一旦自宅に帰ることに決めた。
不便な場所だったけれど、ほんの少し、実家の家業で培った料理スキルと、趣味でやってた漫画スキルが披露できたのは良かったと思っている。
それとファンタジーな世界を見たり描いたり、エルフと知り合いになったり、異世界に来たという満足感はある。そしてこの経験は何かに使えるだろう。
でも中途半端な状態で帰る事にはちょっと後ろ髪を引かれるのは確かだ。
これから2年間もこのクラウディアはどうするのだろうか。全くではないけれど、一人で生活は出来そうに無い。短いながらもお世話になったのだから、せめて次の人が決まるまでは付き合いたいなとも思う。
アリシアがいるから行き来できるのだろうと、異世界人であってもクラウディア的には話次第では帰ってきてもいい、という態度なので、栗栖は一旦自宅に帰ることにした。
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